第9話 営業のつもりが大道芸?怒涛の連敗セールス!

 あれから……


 愛しの王子様ことレディルと別れたあの後、リーザロッテは国境に近い森の空き地にまずは家を建てた。

 もちろん魔法を使ってチョチョイのチョイで出来た……はずもなく、苦労の連続だった。

 まずは何度も魔法を使って木を倒し、これまた魔法で削って板材を作った。それをプッティと二人でえっさかほいさと運んで組み立てる。魔法を使っても結局は素人大工なので、組み立て中にジェンガよろしく崩れたことなど数知れず。

 それでもしまいには「リーザロッテ・ハウス」と呼ぶにはおこがましいものの、掘っ立て小屋が何とか完成した。

 住居が出来れば次は生活手段である。

 家の近くには小川があったので飲み水や入浴に事欠くことはなかったし、森に分け入れば木の実や野菜の類は採取出来た。川には魚もいた。

 しかしそこは年頃の女の子で、やはりお菓子が食べたかった。お菓子を作るには砂糖やバター、小麦粉や塩が要る。調理用のオーブンも要る。日用品も足りなかった。髪を梳る櫛だのコスメも欲しかった。そんなものが何でもかんでも都合よく魔法でポンと出せるのはチート設定の異世界ラノベくらいである。

 近隣の村には雑貨屋を見かけたが買い揃えようにもお金がない。別れ際にレディルがくれたお金があるにはあったが、それはリーザロッテにとって初恋の王子様がくれた大切な宝物だった。絶対に使えなかった。

 そんなこんなで、どうやってお金を稼ぐか思案の挙句、トロワ・ポルムの村で魔法を使った「よろず屋」で商売しようとプッティが言い出したのである。


「そ、そんなの無理っ! 無理無理無理っ!」


 小心者のリーザロッテに客商売など途方もない難事業だった。しまいには「魔法でお金を偽造とか出来ないかなぁ」とか相変わらず情けないことを言い出す始末。

 頭にきたプッティから次の瞬間、彼女の脳天へ制裁の薪ざっぽが炸裂したことは言うまでもない。


「いったぁぁぁぁぁい!」

「謝れ! 天国のお婆ちゃんに手を突いて謝れっ!」

「ぷげげーっ! またデッカいタンコブがああー! おお、痛い痛い……」


 かくして「魔法少女リーザロッテの何でも屋! よろず請け負います! 開店記念大特価セール!」と大書したプラカードを掲げた魔法少女はトロワ・ポルムの村に颯爽と……というか、しょんぼり現れたのだった。


「とざい、とーざい! トロワ・ポルムにお住いの皆々様。西の果てより来ましたる万能魔法使いリーザロッテ、本日初商売でござぁい! 壊れ物の修理から夫婦喧嘩の仲裁、雨乞いから悪魔祓いまで、なんでもお任せあれ! 今ならお安くいたしますよぅ!」


 村人達は、見知らぬ少女が広場にひょこひょこと現れ、怪しげな立て札を持ったのをうろんげに見ていたが、やけっぱちになった彼女が突然叫び始めたのでびっくり仰天、飛び上がった。

 リーザロッテといえば、半泣き顔で身悶えせんばかり。今すぐリーザロッテ・ハウスへ飛んで逃げ帰りたかった。

 だが大声を出さないと、後ろからプッティの薪ざっぽが飛んでくる。すでに後頭部にはリハーサルの際に喰らったでっかいタンコブが出来ていた。

 プラカードを掲げた魔法少女は村の中を練り歩き始めた。リーザロッテの後ろからは薪ざっぽを抱えた魔法人形がふんぞり返って尾いてゆく。時折、色とりどりの紙吹雪を撒き、小さなお手製のラッパを賑やかしにパプーと吹き鳴らした。


「とざい、とーざい! トロワ・ポルムにお住いの皆々様ぁぁ!」


 もちろん、応える村人など誰もいなかった。この村に突如狂人が現れたとしか思えない。皆、それぞれの家の中に逃げ込んだ。扉を閉め、彼女が通り過ぎてゆくのを息をひそめて待つばかり。


「ママー、あのお姉ちゃん、ヘン」

「しっ、見るんじゃありません!」


 指さした小さな娘を慌てて抱きかかえ、母親が家の中に消えてゆく。

 バタン! と閉じられたドアを見たあたりでリーザロッテとプッティは、いきなり始めた商売宣伝が大失敗だったことをようやく悟った。

 しかし時すでに遅し。気が付けば、廃村のように無人と化した広場にただ二人。


「みなさん、怖くありませんよ! ただの魔法少女ですよ!」


 呼べど叫べど反応はない。村の中をただ風がぴゅるるーと虚しく吹き抜けてゆくばかり。


「アカン。こりゃあきまへんで、リーザロッテはん」

「だからイヤだったのにぃ……」


 かくしてものの見事に滑ったことを悟った二人はすごすご立ち去るしかなかった。

 そして、冒頭の情けない場面へと繋がる訳である。


「うう、取り付くシマもない……」

「しょうがねえ。リーザロッテ、明日もう一回出直そう」

「うん……」


 そして、翌日。


「トロワ・ポルムにお住いの皆々様! 性懲りもなく魔法少女リーザロッテ、参上いたしましたぁぁ! あっ、そこのステキなオジサマ逃げないでぇぇ!」


 キャバレーの呼び込みじゃあるまいし。

 今にもずり落ちそうなチューブトップに貧相な胸を無理やり寄せて盛ったバニーガール姿のリーザロッテが「うふっ♡」と、しなを作って呼びかけると、通りがかりのステキなオジサマならぬ農夫のオッサンは真っ青な顔でスッ飛んで逃げてしまった。

 一五歳の少女では無理のあり過ぎた「色気で呼び込み作戦」は、かくしてものの見事に失敗。


「やっぱり駄目かぁ……」


 そりゃそうだ。

 更に翌日。


「トロワ・ポルムの明るい未来の為に誠心誠意頑張ります! よろしくお願いいたします。どうかリーザロッテに清き一票を!」


 無人の広場からタスキを掛けた魔法少女が選挙活動する政治家よろしくメガホンで呼び掛けていた。もはや当初の目的を忘れ、完全に方向性がおかしくなっている。

 更にその翌日。


「おめでとうございます! トロワ・ポルムの皆様、ご覧ください。世にも珍しい魔法少女の皿回しでござぁい!」

「本日はいつもより一枚多く回しております!」


 最初に始めた商売の呼び込みはどこへいったのか。トロワ・ポルムの村民の関心を得ようと必死のあまり、リーザロッテとプッティはウケを狙って滑ってばかりの芸人みたいになっていた。

 当然と言えば当然であるが、奇人変人のイメージがすっかり定着してしまったリーザロッテの前に誰も出て来るはずがなかった。村の広場へ彼女が姿を現すと、それまで歓談していた主婦達は逃げ出し、子供達は悲鳴をあげ、商売をしていた者も店を畳んで引っ込んでしまう。


「……」


 言い出しっぺのプッティもついに「万策尽きたよ、もー!」と、無人の広場にしゃがみこんで頭を抱えた。リーザロッテといえば、その横で首でも吊りかねない顔をしている。


「『とても人見知りだけど打ち解ければみんないい人なんだ』って自国民を紹介したレディル様の言葉は一体なんだったのかしら……」

「くっそー。リーザロッテ、こうなったら最後の手段だ。一軒一軒、蹴破って売り込むぞ!」

「ま、待って、プッティ! それはさすがに……ん?」


 いよいよ物騒なことを言い始めた相棒を慌てて止めながら、リーザロッテは道端に落ちていた新聞の切れ端に気がついた。


「なになに? 『レストリア王国全権代表団、ズワルト・コッホ入り。帝国との外交会議に臨む』」

「おっ、外交団の端に王子様が映ってるぜ」

「きゃーっ本当だわ! レディル様ぁぁぁ」


 瞳を♡にして思わず「はぁぁぁぁ~ん!」と身体をクネクネさせたリーザロッテだったが、その笑顔はたちまち「むむっ!」と強張る。

 何故なら外交団を迎えるズワルト・コッホ側の閣僚の中に、あの魔法少女が映っていたからだった。


「リーザロッテ、見ろよ。この会談の立役者はアイツだと。記事に『会議になかなか応じぬズワルト・コッホだったが、外交参与のルルーリア・マギカ嬢の強い働きかけでようやく実現した』って書いてあらぁ」

「ぐぬぬ……」

「あの腐れ魔女、王子様に恩を売ろうとして上手いことやりやがったな」


 プッティの横で同じように「おのれぇぇぇ!」と、リーザロッテは怒りまくったが……しばらくするとその顔は寂しく陰っていった。

 この数日、自分がやってきたことが急に虚しく思えたのだ。


「リーザロッテ?」

「……」


 王子様は自分の国を大国の脅威から守ろうとこうして立派に頑張っている。

 自分を下賤と蔑んだ魔法少女は、自分の高い身分を利用して外交の場をしつらえて……

 それに比べ、この小さな村にさえ受け入れてもらえない自分はなんだろう。憧れの人を助けたいと思っても、こんな場所でバカ騒ぎをしているだけで何の力にもなれない。

 そんな身分違いの距離と己の無力さを感じたのだ。


「プッティ、もう諦めようか。私達、この村にはもう迷惑なだけみたいだし」

「リーザロッテ……」

「ここまでやらかしちゃったもん。しょうがないよ。別の場所でやり直そう」


 空元気で笑顔を作り「明日、ここを出て別の村へ行こう」と立ち上がると、お供の魔法人形も渋々同意したらしく「リーザロッテ・ハウス、せっかく建てたのになぁ……」と、肩を落とした。

 こうして、二人は一度は住み着こうと思った場所を離れることにした。

 白い眼で見られることに慣れたつもりでも、こんな時はやっぱり心の中に淋しい風が吹く。

 だが、リーザロッテはまだ希望を失っていなかった。

 今日は駄目だった。

 でも明日にはいいことが待っているかもしれない。行き倒れた森の中で素敵な王子様に出逢ったみたいに……

 気落ちした相棒へ「どうせもともと行く宛なんかないんだもの、どこから始めたっていいじゃない」と笑いかけると、プッティもようやく「それもそうだな」と気を取り直した。


「これくらいでくじけるリーザロッテ様じゃねーぜ。待っててね、私のレディル様ーー!」

「これにておさらばだ。あばよ、トロワ・ポルム村のへなちょこども!」


 小さなコブシを突き上げ、お供の人形と共に気勢をあげながら、魔法少女はふと想いを馳せる。


 あの人は今、どこでどうしているだろう。

 いつかまた出逢えたら……


 目尻にちょっぴり滲んだ涙を相棒に見つからないよう、そっと拭いながらリーザロッテは頭上に広がる青空を見上げた。



 一方、その頃……

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