男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往!

ニセ梶原康弘@カクヨムコン参戦

Episode.1 ある日、森の中、王子様に出会った

第1話 情けない初登場!リーザロッテは腹ペコでしにそう

 魔法少女リーザロッテは死にかけていた。


 死にかけていた、といっても魔王との戦いで瀕死の重傷を負っていた訳ではなく、魔女裁判に掛けられ処刑台の上にいた訳でもない。恋煩いで死にかけていた訳でもない。

 ついでに言うと、この世界には魔王なんていないし、魔女裁判なんて開かれたことはただの一度もない。恋に至ってはまだ始まってもいない。

 だが、深い夜の森の中で切り株の上にぐんにゃりとへたり込んだ彼女は確かに死にかけていた。何故かというと……


「くおぉ~ぐぎゅるるるるるぅ~」


 お判りいただけただろうか、空腹である。


「死ぬ前にパイが食べたかった。甘酸っぱいサクランボのパイをお腹いっぱい……」

「食い物があったら死なんわ!」


 情けない今際の言葉に、彼女のお供がオロオロしながら悪態をついた。身長は五十センチ足らず、青い瞳に金色の髪をした活発そうな魔法人形である。可愛らしい容姿とは裏腹に恐ろしく口が悪そうだ。


「そんなこと言ったって食物なしで今日で三日。もう一歩も動けにゃい……」

「しっかりしろッ」


 人形はお腹など空かないが、魔法で繋がっているリーザロッテが死ねばただの人形に戻ってしまう。「と、とにかく何か食物を探してくるから待ってろ」と言ったものの当てがある訳でもない。リーザロッテは「もういいの、昨日もそう言って見つからなかったじゃない」と力なく首を振り、人形は「あああああヤバイよ、マジでヤバいよ……」と、頭を抱えた。

 それでもこの土壇場で「もうダメだわ。目の前が暗くなってきた……」という主人の譫言に「夜なんだから暗くて当たり前だろ!」と容赦なくツッコむのは忘れない。


「おい見ろ! 向こうから明かりが近づいて来る!」

「きっとあの世からの迎えだわ。私を天国へ連れて行ってくれる素敵な王子さまが……」

「たわけー!」


 だが驚いたことに「そこに誰かいるのか?」と、小さなランプを馬上に掲げて近づいて来たのは王子様のような容姿の少年だった。

 長身で白地に青の軍服姿、整った精悍な顔立ち。白銀の髪と紫の瞳は明らかに高貴な血統を示している。

 今まで「素敵な王子様」を想像でしか見たことのなかったリーザロッテは一瞬空腹を忘れ、うっとりと見惚れてしまった。


「何か話し声がすると思ったら……こんなところでどうしたんですか?」

「王子様、白馬に乗った王子様だわ……」

「正確には『元』王子だけど」


 苦笑しながら少年が馬から降り立つと先ほどの人形がちょこちょこと近寄り、彼の足に縋りついた。


「お願いです。リーザロッテを……リーザロッテを助けて! コイツ、お腹が空いて死にそうなんです」

「へっ?」


 思いがけない訴えにキョトンとした少年は、リーザロッテのお腹から鳴った「きゅるきゅる……」という情けない音に、ようやく事態を把握した。

 馬に乗せた小さな行李を慌てて降ろすと中から火打石、折り畳み式のコンロ、石鹸状の固形燃料などを取り出した。

 そして「もう少しだけ頑張って!」と励ましながらコンロを組み立て、小さな鍋を乗せ、大急ぎで食事の支度を始めた。彼がコンロに火をつける傍らで人形も周辺から枯葉や小枝を燃料にと懸命に拾い集め、炊爨を手伝った。鍋に注いだ水筒の水を沸かし、携行食の塊を溶かすと即席のお粥が出来上がってゆく。

 その間、鳴り疲れたお腹の音は次第に小さくなり、魔法少女餓死へのカウントダウンを告げていた。


「リーザロッテ、しっかりしろ。ほら……」


 人形がお粥を乗せた一匙をリーザロッテの口に突っ込む。


「おうっ……!」


 それは正に起死回生の一匙だった。

 「あぢぃ!」と「うめぇ!」を混ぜ合わせた意味不明な奇声が上がり次の瞬間、魔法少女リーザロッテは……生き返った!

 胃の腑に落ちたのは何の変哲もない、乾燥した塩煎り麦飯をお湯で戻したお粥だったが、それはこの世にこんな美味しいものがあったのか! と、思うほどの口福を彼女にもたらした。

 蠕動した胃袋が次を要求する。リーザロッテは渡された匙を引っ掴むや、お椀を口につけ、高速回転モーターのような勢いで中身を喉へと掻き込み始めた。

 女の子らしからぬ食べっぷりに人形はホッとしながらも呆れたように見つめ、少年は「急いで食べるとお腹を痛めるよ。ゆっくり食べて」と声を掛けた。

 だが、それも耳に入っていないようだった。わんこそばよろしく、お代わりの椀が差し出される端からリーザロッテは取り憑かれたように食う、食う、食いまくる。食べても食べても、枯渇した胃の奥が次を寄越せと要求し、彼女はそれに抗うことが出来なかった。

 結局、リーザロッテが我に返ったのは、小さな鍋に入ったお粥をすべて自分一人で平らげてしまった後だった。

 空になった鍋の向こうには、苦笑気味に笑う少年の顔がある。


「あの……あなたの食事は……」


 蚊の鳴くような声で尋ねると、彼は「貴女のお腹の中だよ」と答え、そのまま噴き出した。


「な、何て失礼を! ごめんなさい」

「別にいいよ」

「あああ、ごめんなさい……」


 泣きそうな顔でリーザロッテはペコペコ頭を下げ始める。


「いいって。どうせ明日の朝には僕、城に戻れるし。お腹空いてたんでしょ?」

「その通りですが……うう、お恥ずかしい」


 項垂れた魔法少女は蚊の鳴くような声で自己紹介した。


「おかげで助かりました。何とお礼を申し上げてよいのやら……私の名前はリーザロッテ。リーザロッテ・プレッツェル。見ての通り、旅の途中で死にかけてたマヌケな魔法使いでございます。ハイ……」


 行き倒れた上、情けないお腹の音まで聞かせ、挙句の果てには羞恥心を置き忘れた食べっぷりまで披露してしまった。ここに至ってはもはや取り繕いようなどあるはずもない。

 リーザロッテはしょんぼり立ち上がった。小柄で可愛らしい童顔は年の頃一五歳ほどに見える。色褪せたストロベリーブロンドの髪を背中まで伸ばし、薄汚れたワンピースを着ている。ボロギレじみた黒マントを羽織っていて、その容姿は魔法少女というより流民のようだった。

 ただ、目だけが違っている。クリクリした大きな瞳は見る者の心まで明るく照らしそうなパライバ・トルマリンに輝やいていて、それはこの少女の内に秘めた何ごとかを現わしていた。

 彼女はしおしおと魔法少女の挨拶……両手でスカートの裾を摘まんだカーテシーのポーズを執った。


「そんな畏まらないでいいって。でも偶然、僕が通りかかって良かった」


 上品に微笑んで応えた少年は「僕はレーベンスディルファー・フォル・レストリア」と名乗った……

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