愛のカタチ

涼風すずらん

第1話兄の結婚

愛奈まなの作品には愛がないよね」


 友人に言われた言葉を反芻する。愛、愛とは何だろう。もちろん意味はわかる。わからないのは何をもってして愛なのか。

 答えをその友人に求めることはできるが、彼女はちょっと意地悪だ。まともに聞いても適当な言葉を並べ立ててはぐらかすだろう。


「愛、あい、アイ、I……」


 何度つぶやいてもよく分からない。『愛』って何だ?

 真っ先に思い浮かぶのは恋愛だ。しかし作品に対して恋愛感情をもった覚えはない。そもそも恋なんてしたことないから恋愛感情がわからない。


 プルルルル……


 固定電話の音がマンションの一室に響き渡る。この電話にかけてくるのは一人しかいない。ちょっとからかってやろうと思い受話器を取る。


「もしもし?」

「愛奈、俺だよ」

「俺なんて人は知りません」

「おいおい意地悪言うなよ」

「冗談よ、兄さん。で、何の用?」


 彼の名前は吉木愛十よしきあいと。双子の兄だ。今は京都に住んでいる。


「実は、結婚することになったんだ」

「え!」

「驚いたか? もちろん嘘じゃない。エイプリルフールは昨日だからな」

「結婚式挙げるの?」

「挙げないよ。お金かかるの嫌だろ? 身内だけ集まってご飯食って、記念撮影をするだけさ」


 兄の浮かれた声を聞くのは久しぶりだ。よほど良い人に出会ったのだろう。兄は、その結婚相手を愛しているのだろうか。


「ねぇ兄さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、真面目に答えてほしいの」

「ん? 何だ?」

「兄さんは彼女を愛している?」

「当たり前だろ? 愛してなかったら結婚なんてしないさ。……愛奈、悩み事でもあるのか?」

「まぁ、ちょっとね。それより、身内だけ集まるってことは私も行かなきゃダメよね。どこに集まるの?」

「ああそれなんだけど、向こうの父親が足が悪くてね、あまり遠くに行けないんだ。だからこちらから彼女の家に行こうと思ってる。交通費は俺が出すからさ、悪いけどこっちまで来てほしい」


 兄から結婚相手の家の住所と日時を聞いて電話を切る。シンと静まり返った部屋をぐるりと一周しながら再び『愛』について考える。

 兄は彼女を愛しているとハッキリ言った。きっと相手も兄のことを愛しているだろう。しかしなぜ愛そうと思ったのかわからない。

 愛奈と愛十は双子で、昔はお互いの考えていることが手に取るようにわかっていた。しかし、成長するにつれて理解できなくなり、今では本当に双子なのかってぐらいわからない。


「……聞いてみようかな」


 一人で考えていても答えは出ない。新しいノートを引っ張り出し、油性ペンでタイトルを書く。


『愛のカタチ』

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