第114話 一人ぼっちは寂しい
デートを終えて帰宅。
私は春人の部屋で、晩飯を食べていた。
寿司だ。出前。ウニを頬張る。あぐあぐ。うむ。美味。
「お金持ちなのね」
億ションに住んでるんだから、他にあるかって感じだけど。
「お父さんとお母さんが……遺してくれたから……」
既に居ない故人……か。
「親が居ないから大人を求めるの?」
「えと……うん……」
「虚しくない?」
「大人の人は、みんな優しくしてくれるから」
「そりゃそんだけ可愛ければね」
既に普段着に着替えている。
それでも春人は可愛い。
前髪をヘアピンで纏めるだけで、至高の男の娘の出来上がりだ。
正直……ズルい。
私もそれなりにそれなりなはずなんだけど、春人の美貌の造形と精緻さと繊細さはあまりに群を抜いている。
「お父さんとお母さんは……服飾デザイナーだったんです……」
あー。
「パリコレで出会って……結婚しました……」
フランス人のハーフか。
「海外を飛び回っていて……ろくに子育てもせず……」
「……………………」
「僕は……アトリエの……型紙や布を見て……育ちました……」
父子鷹か。
「でも……ある日……飛行機の墜落事故で……」
南無阿弥陀仏。
ポロポロと、涙を零す春人。
純粋で、清澄な、それは慟哭。
「親の愛を……僕は知りません……」
「…………」
「だから名残はこのアトリしかなくて……アトリエだけが……両親の遺産……」
「…………」
「破ればいいのか……燃やせばいいのか……」
ま、たしかにね。
「けれどそれじゃ心は晴れない……気付けば僕は……チョークで生地に……線を引いていました……」
「裁縫の始まり?」
「です……」
涙。
感性も手伝ったのだろう。
パリコレに通用するデザインの名残が遺されれば、ソレに見合った審美眼も付いてくる。そこに両親への憧憬が乗れば才能に火が点くのは必然だったわけだ。
「多大な遺産だけはあったので……生活は苦じゃなかったですけど……」
心の穴。
「両親と会話するには……縫うしか無くて……」
欠落を埋める代償行為。
「作った服を着て……ネットに上げると……皆が可愛いって……」
にゃーるほど。
「可愛い……会いたい……抱きたい……そう言われるのが嬉しくて……」
「だから今があると?」
「はい……」
「強姦されたらどうするの?」
「ソレも良いかなって……」
ヤバい。
誰がって私が。
私は『その手の話に弱い』のだ。
捨て身とも取れる自己同一性。
それを拾い上げるためなら……私は操すら売り渡す。
「春人」
「なん……」
最後まで言わせなかった。
キスで口を塞いだから。
一秒。二秒。三秒。
クチュッと淫音がして、唾液の糸が、互いの唇を繋げる。
「ふぇ……ぁわや……」
春人は分かりやすく赤面した。この純情さが、不吉を招くのだ。大人の男性には垂涎の的だろう。全く以て度し難い。人には言えないけど。
「一人ぼっちは寂しいよね」
「うん……」
「じゃあ私が一緒に居るから」
「陽子さんが……?」
「うん。いる。一緒に居る」
「本当に……?」
「本当だから、自分を大切にして?」
「えと……」
「私がいるから。春人を見てあげるから。だから馬鹿な真似は止めて?」
「見てくれるの……?」
「うん。私の全てを差し引いて」
「ほん……と……う……に……?」
「自分を傷つけないで。それが私には一番痛痒する」
「でも僕は……」
「何?」
「何も出来ない……。何も返せない……」
「春人が春人で居るだけで良いの。それは貴いことだから」
「僕で……いいの……?」
「春人が良いの」
「好きでいて……」
「なんなら付き合う?」
「そういうの……ズルい……」
「そっか。じゃあ考えていて」
「どうして……そこまで……」
「環境人格……かな?」
「……?」
わからないでしょうよ。
私だって持て余しているのが現状だ。
あれから時間が経ってどうにかなったかと思えばそんなことはなかったし。
けど……それでも……春人の孤独は看過できない。
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