第92話 脚本完成


「なんとか完成」


 グデーッと、お兄ちゃんは、床に寝そべった。


 スマホに、無線でキーボードを繋ぎ、執筆。


 仮だが初稿は出来たらしい。


「お疲れ様でした」


 凜ちゃんが微笑む。


「アイス食べたい」


「最近暑いですしね。一応モナカと抹茶を買ってありますけど」


「さすがです。日高さん」


 それから、


「モナカ」


 とリクエスト。


 凜ちゃんのタブレットに、初稿を転送させながら、モナカを食べるお兄ちゃん。


 たしかにモナカは寝転がりながら食べられる。


 凜ちゃんは、テキストデータを受け取って、熟々と読む。


「どうだ?」


「流石と言いますか」


「無難だろ」


「ええ。けれど演劇には向いてますよ」


「じゃ、後宜しく」


 とりあえず、と凜ちゃん。


「まずはプリントアウトして演劇部の部長さんに読んで貰いましょうか。それから第二稿を……」


 中々気合いの入り方。


「飯~」


「蕎麦で宜しいでしょうか?」


「冷たければ何でも」


「ではざる蕎麦で」


 私も便乗する。


 お兄ちゃんの初稿を読みながら、ざる蕎麦をすする。


「――私は貴女様の期待には応えられません」


 ズキン。


 心的外傷が出血した。


「…………」


 蕎麦をズビビ。


「けどまぁ」


「何?」


「お前がシンデレラか」


「ダメ?」


「超可愛いから役不足。その気になればシェイクスピアの演劇も有り得るだろ。四大悲劇とか?」


「むしろ役者不足では」


「お前の可愛さは、文章で表現できん。コレは事実」


「お兄ちゃんだけだと思うけど……」


「拙も出来ませんよ」


 そこ。


 便乗しない。


「けど執筆は速いよね」


「そりゃ元ネタが在ればなぁ。別段、零から十を造れって言われるほどの無茶ぶりに比べれば……な」


「そんなことが?」


「仕事やってると色々あるもんだ。正直殺意を覚える外注先も一つや二つじゃきかない」


 蕎麦をズビビ。


「演劇」


 演劇?


「楽しみにしている」


「ハードル上げないで」


「俺の脚本がどうなるかは興味ある」


「あ、そっち」


「一番は陽子の晴れ姿だが」


「あう」


「ドレス作ってるのは……夏コミのアイツだろ」


 春人ね。


 春人=アンデルス。


「アレはアレでな」


「一つの才能だよね。本当に、衣服にかけては妥協もしないし。任せて大丈夫なんじゃない? 多分予想以上の成果を上げるよ」


 お兄ちゃんも凜ちゃんも、春人の技術は舌を巻いたらしい。


「アトリエ持ってんだろ?」


「そうだね」


「高級マンションで、二部屋ぶち抜いて、片方をアトリエ?」


 あ。


「金持ちか?」


 正しい推論だ。


 私も言われて気付いた。


 でも。


「さすがというか。なんというか」


 でも……春人の御両親は……。


 ――いない。


 そう聞いた。


 じゃあアレは……親の財産?


 一人で手芸やっている男の娘。


 ――春人は今……何を思っているんだろう?


 少し、そんなことを思った。


「とりあえず初稿は出来たから」


 お兄ちゃんが話を戻す。


「修正があれば言ってくれ。すぐ直す」


「ええ、然程時間をおかず返答出来ると思います」


 凜ちゃんはニコニコと笑うのみ。


 この二人は絵になるなぁ。


「陽子さんも頑張ってくださいね?」


 はあ。


「微力を尽くします」


「宜しい」


 蕎麦をズビビ。


「あと一週間は仕事したくね~」


 お疲れ様です。


 お兄ちゃんってのも大変だ。

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