第90話 脚本


「俺に書けってか?」


「そう相成ります」


 何かと言えば、「脚本」だ。


 凜ちゃんは厚顔に――あるいは不貞不貞しくとも言ってよかろうか?――お兄ちゃんにソレを求めた。


 いやまぁ確かにこれ以上の選択は無いだろうけども。


 あらゆる意味で役不足と相成る。


 お兄ちゃんは、その手のシナリオライターとして名を馳せているのだ。


「いいけどな。おぜぜは?」


「生徒会から出ます」


「一応プロなんだが」


「そこは友情パワーで乗り越えましょう。正義超人よろしく」


「で、お題目は?」


「シンデレラです」


「ベタだな」


「ですね」


 我が家での事。


 凜ちゃんはこちらに視線を振った。


 匿名ではあった。


 けれど彼には誰の発案かバレてるらしい。


 それなりの会話はしたしね。


 その辺の読み違えを凜ちゃんがするとは思えないし、何よりの発案であることに後ろめたいことは然程無い。


 今日の夕飯は、ちゃんぽんでした。


 麺と豚骨スープ。


 山ほど盛られた野菜の数々。


「うむ。美味」


「シンデレラね」


「書けますか?」


「お題目が最初にあるなら」


 つまり、「引き受けた」とのことだろう。


「大丈夫?」


「脚本は書き慣れてる」


 演技までの削ぎ落としもバッチリらしい。


 ズビズビ。


 ちゃんぽんをすする。


 食後。


 私は梅昆布茶を飲んでいた。


 凜ちゃんはタブレットで、サラリーマンの仕事。


 お兄ちゃんは執筆だ。


 お二方は忙しいらしい。


 仕事をするって大変なことなんだなぁ…………なんて思うのは私が学生だからだろうか? 少なくとも働く身分で無いのは確かだけど。


『春人は大丈夫?』


『陽子さんのは採寸してますし』


 そうだったわね。


 忘れてはいないけど。


 春人は衣装係になった。


 製作の一部だ。


 シンデレラのドレスと、王子様の礼装。


「自分が作る!」


 と断固主張しておりました。


 美術部と演劇部にも協力を頼み、着々と動きつつある。


「私がシンデレラかぁ」


 陰キャが、陽キャになる物語。


「あまり他人事と言えない当たりが……」


 業の深い。


 オンマカシリエイジリベイソワカ。


「うがー!」


 執務室でお兄ちゃんが吠えていた。


「オリジナル展開入れてぇ~! 陽子がシンデレラなら、もっと可愛く超ハッピーエンドで終われるだろ!」


 止めてけつかれ。


 普通で良いのよ。普通で。


 五十鈴とラブロマンスかぁ。


 あまり気乗りしないんだけど。


『異性』というより、『懐かれたワンコ』が私の印象としては強い。


 ま、「好きでいてもらえることは大切だけど」とも言う。


 どちらにせよ関係のない話でもある。




「――――――――」




 ズキンと、精神が錆び付く。


 お兄ちゃんの弱さを、私は知っている。


 だから心配事はソレのみ。


「そのはずなんだけど……」


 たまにわからなくなる。


 お兄ちゃんのせい?


 凜ちゃんのせい?


 春人か五十鈴のせい?


 少し考える。


「ふ」


 梅昆布茶の湯気を口から吐き出す。


 うむ。


「美味し」


 それは確かだった。


「ガラスの靴を履くために足を削って」


 物騒なアイデアが聞こえてきた。


 たしかに原典はそうだけども。


 もうちょっと暖かみのある脚本プリーズ。


 そう願わずにはいられなかった。


 シンデレラ……灰かぶり……か。


 その意味で、お兄ちゃんには少し難しいエピソード。


 そして同時に簡便なエピソードでもある。


 まぁ基本、烏丸茶人の執筆は、ハッピーエンドだけども。

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