第323話 赤と紅の再会

 

「たっだいまー。フウロもラティも荷物持ちお疲れ様」

「これくらい何ともありません」

「アルス様、手洗いうがいをしてくださいね」

「わかってるー!」


 アルストリアとフウロとラティフォリアの三人は、冒険者ギルドからの依頼を受け、今日の復興の手伝いを終えてアパートに帰りついたところだ。

 《魔物の大行進モンスター・パレード》から数日が経った。

 親龍祭の最終日や歌姫セレンのライブは今回の事件により中止。閉幕の式典も断念せざるを得なかった。

 王侯貴族や役人、復興に携わる一部の者は、今なお忙しなく働いているが、ほとんどの国民は落ち着きを取り戻しつつある。

 破壊された街の復興もすでに始まり、王都周辺の安全確認も行われ、通行に問題ないことが結論付けられた。

 親龍祭にやって来ていた観光客や各国の要人も帰国の途に就き始めている。

 ラティフォリアに言われた通り手洗いうがいをしようとアルストリアが洗面所に向かおうとした時、ダイニングテーブルに座る一人の侵入者に気づいた。

 真紅の美女は親しげに片手をあげ、


「おかえり、ワタシの可愛いアルス」

「ビ、ビリア姉様っ!? 何故ここに!?」

ワタシの妹が見ないうちにもっと可愛くなっているじゃないか! 元気そうだな。安心したぞ!」

「もがもがっ!?」


 可愛い妹へのシスターハグ。ブーゲンビリアの豊満な胸にアルストリアの顔が埋まっている。

 あまりに柔らかくて弾力のある胸が顔に密着して呼吸ができない。鼻と口が塞がれている。

 今日のブーゲンビリアはサラシを巻いていなかった。

 苦しい。息ができない。

 懐かしい感触と思いながら、慣れた様子でアルストリアは即座に手足をばたつかせて姉に訴える。


「おっと、すまない。ついアルスが可愛くて」

「ぷはっ! し、死ぬかと思った。久しぶりのおっぱいハグ。やっぱり姉様の爆乳は凶器……」

「凶器とは酷いぞ。こんなもの戦いの邪魔だ」

「……姉様、あたしに喧嘩売ってる?」


 恨みがましい潤んだ妹の上目遣いに、シスコンの姉はノックアウト。堪らずに抱きしめて、アルストリアは二度目の窒息に陥る。

 窒息死は免れたが、ブーゲンビリアが離してくれない。仕方がないので抱きしめられたまま話をする。


「姉様、久しぶり」

「ああ、久しぶりだ」

「で、どうしてここに?」

「うぅ……久しぶりに会った妹が反抗期になっている。反応が冷たい。もっとワタシのことを心配してくれても良いではないか」

「だって、姉様が元気じゃないところを想像できないし……。風邪もひかず、部下たちをちぎっては投げちぎっては投げていたんでしょ?」

「さすがのワタシも部下をちぎることはしていないぞ。吹き飛ばしてはいたがな!」


 あっはっは、と笑う変わらない姉にアルストリアはホッとする。

 何だかんだ言って、姉との再会は嬉しかったし、ずっと気になっていたのだった。


「ビリア姉様。さっきの質問に答えて。どうしてここに住んでいることがわかったの?」

「んっ? そこのフウロとラティに聞いたからだが」


 いつの間に、と無言の詰問を行うが、フウロとラティフォリアは一礼して別の部屋に移動した。空気を読んで姉妹二人きりにしてくれたらしい。

 そういうことじゃない、とアルストリアは思う。後で問い詰める必要がある。


「アルス。ワタシがアルスを帝国から追い出した後のことを教えてくれ」

「二人から聞いたんじゃ……まあいいか。いいよ、姉様。でも、一つだけ訂正して。姉様はあたしを追い出したんじゃなくて逃がしてくれたの!」


 そして、アルストリアは帝国を出た後に経験したことを姉に話していく。

 ブーゲンビリアは一言も口を挟むことなく、時々相槌を打ちつつ、妹を抱きしめ、頭を撫で、頬擦りもしながら聞いていた。


「――というわけ」

「そうか……そうだったか」


 全てを聞き終わったブーゲンビリアは、妹の身体をむぎゅっと抱きしめる。


「呪いが……解けたんだな」

「うん。恋人もできた。姉様も会ったでしょ? どうだった、あたしの恋人は?」

「ふむ。戦闘力は申し分ないな。だが、ワタシはまだ認めたわけじゃないぞ! 次はあの仮面を剥がしてやる!」

「仮面? あぁー、まだ名乗り出てないんだ」


 シランってそういうところあるよね、と年下の恋人のことを思う。柵も多そうだし、ブーゲンビリアの性格を考えると当然かもしれない。


「あまりイジメないでね。あたしの好きな人なんだから」

「ふっ。善処する」


 こりゃ無理だ。獰猛に微笑む姉を見て、ごめんね、と心の中でシランに謝る。

 その時、どこかの誰かが悪寒を感じたとかいないとか。


「姉様もそろそろ相手を見つけたら?」

「アルスが結婚するまで、ワタシは結婚するつもりはない――が、子種を貰いたい相手は見つけたぞ」

「えっ? 嘘っ!? 誰!?」

「この国の第三王子だ。シランと言ったな」

「ごふっ!?」


 思いがけない名前にアルストリアは盛大にむせた。まさか姉の口から恋人シランの名前が出るとは。

 そこでふと思い出す。


「あぁーそう言えば、ビリア姉様は一緒にお風呂に入ったんだっけ? 納得」

「何故それを知っている?」

「本人に聞いたから」

「そうか。知り合いらしいな。ワタシは彼の力の一端を見た。あの血を皇族に取り入れるのは有益だ」

「ビリア姉様……」

「そんな顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ」


 悲しげに曇ったアルストリアの頭を優しく撫でる。

 アルストリアは姉のおかげで政略結婚などの皇族の責務から外れた。しかし、ブーゲンビリアはそうはいかない。今はまだ元帥という地位や帝国最強の肩書のおかげで融通が利くが、いつ政略結婚や好きでもない相手の子を産むことになるかわからない。

 強い者と交わり、その血を取り入れる。それがヴァルヴォッセ帝国の皇族の義務。


「あたしは、ビリア姉様も幸せになって欲しい。ニンファ姉様の分も……」

「ニンファイエア……優しい子だったな。ははっ。今のワタシを見たらお説教されそうだ」

「自分を蔑ろにしてはいけませんよってね」


 二人はもう亡くなってしまった姉妹のことを思い出す。

 懐かしい。彼女の死は二人に大きな影響を与えた。


「姉様。一つ聞かせて。シランとの子供は本当に欲しい? 損得ばかり考えていない?」

「……シランには好意を持っているが、やはり損得が大きいな」

「そっか。もし損得関係なしにシランとの子供が欲しくなったらあたしに言って。全力でサポートするから。あたしの勘だと姉様とシランはくっつきそうなんだよねぇ」


 シランは生粋の女誑しだし、とアルストリアは小さく呟く。

 尊敬して姉と仲良く一人の男性を愛して暮らす未来は悪くない。むしろ良い。

 最近読んだ官能……ではなく恋愛小説作家オブシーンの作品にもそういうシーンがあった。少し憧れていたのは彼女だけの秘密。

 そんな妄想に浸る妹を、姉は慈愛の笑みを浮かべて見つめていた。


「アルストリア……大きくなったな」

「えっ? うん……ビリア姉様はまた胸が大きくなった」

「おっ、やはりわかるか?」


 あっはっは、とブーゲンビリアは豪快に笑い、ムスッと拗ねたアルストリアは目の前の巨乳に顔をグリグリと押し付けることで苛立ちを発散させる。

 少し分けてくれてもいいのに。実の姉妹なのに不公平だ。

 その後、沢山お喋りをした二人だったが、束の間の姉妹の再会はここで終わり。ブーゲンビリアは戻らなければならない。


「アルス。そろそろワタシは帰らなければ」

「うん」

「体調には気を付けるんだぞ。もし何かあればワタシはすぐに駆け付ける」

「姉様も気を付けて。くれぐれも無茶はしないで」

「…………」

「即答してよ!」

「多少の無茶をするのがワタシだ」


 姉を玄関まで見送る。


「何もないと思うが、父と弟にはくれぐれも気をつけろ。何を考えているのかわからん。念のため、アルスのことをシランに頼んでおく」

「近づきたくない人ナンバー1とナンバー2じゃん。お願いされても絶対に嫌!」


 やはりそうか、とビリアは苦笑。

 今日別れたらしばらく会えそうにもない。

 最後に一つ、アルストリアに聞いておかなければならないことがある。


「アルス――今、幸せか?」


 急な問いかけに一瞬面食らったアルストリアは、姉に満面の笑みを浮かべて少し自慢げに答える。


「もちろん! 最っ高に幸せ!」


 最高に幸せか、と彼女の言葉を噛みしめ。ブーゲンビリアも美しく微笑んだ。

 紅榴石ガーネット紅玉ルビーの瞳が重なる。

 しばしの別れの時だ。


「愛しいアルスに――」


「大好きな姉様に――」



「「 グリフォンの導きがありますように! 」」


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