第316話 発生源

 

 四方八方から冒険者や騎士たちの雄叫びが聞こえてくる。

 セレンの歌の影響だろう。

 王都に蔓延していた負の感情が吹き飛ばされ、ライブ会場並みにテンションがぶっ壊れた熱狂が支配している。盛り上がりすぎて怖いくらい。


「おっ? 一曲目が終わりましたね」


 冒険者パーティ《パンドラ》のリーダーである白装束に身を包んでだ俺は、建物の屋根の上で頭上を見上げた。冒険者バージョンの俺は敬語口調だ。

 優雅に歌っていたセレンの歌が途切れた。

 だが、気分は高揚したまま。歌の影響はまだ続いている。

 呼吸と声を整えると、彼女はまた歌い出した。

 一曲目は気分を高揚させて元気を与える軽快な曲。しかし、二曲目は正反対。

 厳かで神聖な歌声ながらも、背筋が凍る不気味さがある。


『《呪歌・鎮魂歌レクイエム》』


 味方ではなく敵に影響を与える音色。

 一曲目の《勝利の歌》が味方に対する強力な強化バフを施すなら、二曲目の《呪歌・鎮魂歌レクイエム》は敵に対する強力な弱体化デバフを与える。

 効果はすぐに表れた。


『ピキュァァアアアアアアアアアッッッ!?』


 甲高い苦悶の悲鳴があちこちでまき散らされた。

 奇怪な肉塊のモンスターが苦しみ悶えてのたうち回っている。震えて動けなくなった個体もいるようだ。

 この好機を見逃すはずがない。

 強化された冒険者や騎士が、弱体化したモンスターに襲い掛かる。

 結果は明らかだった。

 あれだけ手を焼いていたモンスターがあっさりと駆逐されていく。


「やれる……俺たちはやれるぞ!」

「力が……溢れてくるぅ!」

「今まで苦労していたのは何だったんだ……」

「次よ次! かかってこいやぁー! ヒャッハー!」


 冒険者たちが嬉々として戦っているのは良いのだが、最後の魔法使いの女性……せっかく美人なのに勿体ない。ヒャッハーはないでしょ。

 見ないふりをしつつ、屋根の上を移動。向かう先はモンスターの発生地点だ。

 王都内に出現するモンスターの発生源は幸い一ヶ所である。

 ここをどうにかすれば王都内に出てくるモンスターは居なくなるはず。


「んっ? ここは黒翼凶団の儀式が行われた場所?」


 モンスターの発生により周囲は壊滅しているが、そこはほんの数日前に訪れた場所だった。

 テロ組織の黒翼凶団がケマと手を組み、悪魔転化の禁術でソノラが淫魔となってしまったあの地下からモンスターが湧きだしている。

 ……これは偶然か?

 地脈を利用していたから、モンスターが引き寄せられた?

 わからない。取り敢えず、モンスターを何とかしなくては。

 次から次に溢れ出すモンスターに攻撃。細胞の一つも残らず消滅させる。


「何者だっ!?」


 猛烈な闘気を纏った武人が疾風の如く出現したのはその直後だ。

 殺意と警戒を宿した瞳を鋭く尖らせ、剣を俺に向けている。荒々しい威厳と覇気を感じる。


「ストリクト・ヴェリタス公爵閣下。私は《パンドラ》です」


 超武闘派の貴族ヴェリタス公。リリアーネの父親だ。

 モンスターの鎮圧に公爵家当主自らが出陣しているらしい。

 ……バレないように幻術による隠ぺいを強化してっと。

 冒険者の登録証を見せると、ヴェリタス公は警戒を解いてくれた。


「むっ。Sランク冒険者か」

「はい。こちらの状況を伺っても?」

「よかろう。この場は我がヴェリタス公爵家の騎士が防衛している。が、正直とても厳しい。出現数に討伐が追い付いていない状況だ。指揮はあの腹黒女狐……ゴホン! グロリア公だ」


 誤魔化せてませんよ、ヴェリタス公。腹黒女狐って言いきってるし。

 グロリア公は確かにその通りだけど……おわぁっ、急に寒気がっ!?

 ガクガクブルブル。

 え、えーっと、グロリア公爵家が指揮を執っているのなら安心だな。軍事謀略が得意なグロリア公に任せて、俺たちは俺たちの役割をすればいい。

 元凶をぶっ潰す。単純明快!


「少なくない数のモンスターが抜けられてしまった。くっ!」


 苦々しい顔のヴェリタス公。苛立ちと共に剣を振るって斬撃を飛ばす。

 奇怪な肉塊が数体消し飛んだ。

 ……さすが武闘派の公爵。弱体化しているとはいえ、あっさりと倒しますか。

 しかし、溢れ出してくるモンスターの数のほうが圧倒的に多い。数体消し飛んだとしても大して変わらない。


「少し待て」


 険しい顔でヴェリタス公が眉間に皺を寄せる。

 何か考え込んでいるというか、まるで頭の中に声が響いているかのよう……なるほど、念話か。

 誰かとやり取りをしている間に俺はこの場を詳しく探ってみよう。

 軽く状況を把握したら念話は終わったらしい。


「すまない。私は行かなければならない。危ない場所があるらしい」

「そうですか。あっ、これを持っていってください」

「これは?」


 渡したのは一つのポーチ。

 ポーションなどの回復アイテムが大量に入ったアイテムボックスだ。


「ポーションが入っています。使ってください」

「……感謝する」


 一礼して、ヴェリタス公はモンスターを蹴散らしながら援護へと向かった。

 さて、蠕動するモンスターを攻撃しながら観察する。

 黒翼凶団が使用した祭壇があった場所から毎秒10体以上飛び出すモンスター。

 最初はモンスターが地中を移動しているのかと思っていたが、この感じは……増殖? いや、分裂か?

 中心部に一体モンスターがいて、それから分かれて増えている気配だ。

 あの中心の一体が発生源? ならば、アレをどうにかしたら王都に溢れるのは止まる?

 そして確実なのは、ここから溢れるモンスターと、王都の外を襲うモンスターの発生源は別であるということ。


「……はぁ。最悪ですね」


 奇怪なモンスターの形からも何となく感じていたが、この《魔物の大行進モンスター・パレード》は自然発生ではない。人為的なものだ。

 数日前に壊滅した黒翼凶団の儀式跡地から発生しているのがその証拠。

 俺が訪れた時にはモンスター発生の兆候はなかった。

 魔法陣で地脈を利用したとはいえ、こんな市街地のど真ん中でモンスターが数日で自然発生する可能性は限りなくゼロに近い。


「もしかすると――」


 脳裏をよぎるのは、儀式のときに消え去った気配とヒースたちを攫った謎の暗殺者集団。

 何が狙いだ? この国? ヒース? フェアリア皇国? それとも、他の国?

 親龍祭の裏で何者かが暗躍しているようだ。

 もういろいろありすぎて頭が痛くなる。ため息をつきたい。


「今はモンスターをどうにかする必要がありますね」


 周囲は俺のことなど誰も気にしていない。

 ならば、使い魔を召喚しても大丈夫だろう。


「力を貸してください、ビュティ」


 召喚されたのは白衣を着た紫色の髪の美女。抜群のプロポーションを惜しげもなく披露している。

 眠そうな半分閉じたの目とポワポワしたオーラから不思議ミステリアスな雰囲気。

 てっきり幼女姿だと思い込んでいた俺は、思わず素で問いかけてしまう。


「どうして美女バージョン?」

「……おー? ちょっと超絶美人な研究者として動いていたから。どやぁ!」


 自慢げにポヨンと胸を張る彼女の顔には、褒めて褒めて、と書かれている。

 何をしていたのかわからないが、取り敢えず、ビュティの頭を撫でることにするのだった。


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