第310話 駆け抜ける赤の魔女

 

 一旦王都の上空に転移した俺は、眼下で行われている戦闘を観察した。

 奇怪な物体が東西南北の四方向から蠕動しながら迫ってきている。

 冒険者や騎士たちが何とか食い止めている状態だ。いつ前線が崩壊してもおかしくない。

 人が多く集まる王都の広場では……金髪を煌めかせながら駆け抜ける風の乙女をすぐに見つけることが出来た。

 ジャスミンは愛用の剣ではなく、短剣で戦っている。

 剣はどうしたんだろう……?


「って、俺が持ってるんだった!」


 デートの前にジャスミンの剣を預かって、そのまま渡せていない。

 危ない危ない。真っ先にヒースの下へ向かわなくてよかった。

 俺はジャスミンに届くように魔法で声を飛ばす。


『受け取れ、ジャスミン・グロリア』


 そう言って、ジャスミンの剣を彼女の少し前に突き刺さるように投げつける。

 一瞬動きを止めたジャスミンだったが、即座に剣を握り、目の前のモンスターを殲滅し始めた。目を見張る殲滅速度だ。戦う彼女も美しい。

 彼女は大丈夫だろう。

 俺は魔力を辿って闇が迫る王都の街を飛んだ。




▼▼▼




「フウロ! ラティ! 急ぐよ!」

「「 はい! 」」


 赤髪の女性が陽が落ちた王都の街を駆け抜ける。

 街の中に溢れるモンスターを冒険者の三人は見つけ次第攻撃。

 人や植物や動物やモンスターの特徴が見て取れる身の毛もよだつ醜悪な怪物だ。

 あらゆる生物の特徴を持ちながらも、どの生物にも似ていない。まさに世界のバグ。癌のよう。

 フウロの槍がその奇怪なモンスターを切り裂き、ラティフォリアのモーニングスターが押し潰す。

 しかし、モンスターは死なない。スライムのように溶けて集り、復活しようとする。

 なおも動きを止めない肉塊を、アルストリアの灼熱の炎が燃やし尽くした。

 灰になってやっと脅威が消え去る。

 三人は足を止めず、人の流れに逆らう。


「どうして街中にモンスターがいるのっ!?」

「空からか……」

「もしくは地中……でしょうか?」

「そんな知恵があるの!? というか、気持ち悪い!」

「「 同意します! 」」


 生物の臓器にも似た吐き気を催すほど気持ち悪い物体なのだ。本当は近づきたくもない。視界に入れたくもない。

 だが、倒さなければ自分が取り込まれて喰われてしまうのだ。そんな死に方だけは絶対に嫌だ。

 炎を操りながらアルスの美貌が嫌悪で歪んだ。


堕魂ロストより気持ち悪いんですけど……」

「そうなのですか、アルス様?」


 アルスは呪われたフウロを助けるためにダンジョンに潜り、そこで不死者アンデッドの最終形態である堕魂ロストという現象を目の当たりにしたことがある。


「あれはね、人の負の感情を凝縮して濃縮した感じ? 本能が恐怖するの。絶望しか感じないの。でも、これはただの生物の混ぜ合わせ? 生理的に受け付けない。あぁ鳥肌立つ。気持ち悪い!」


 嫌悪感を丸出しにして、ブルリと身震いしたアルスはしきりに腕を撫でる。


「次、来ました!」

「三体です!」

「あぁもう! 灰になれ!」


 コンッと杖で地面を打った。灼熱の炎が吹き出し、狡猾な蛇のようにモンスターに襲い掛かる。


「「「 オオオオオオォォォォ…… 」」」


 高音でもあり低音でもある不気味な悲鳴が背筋を震わせる。

 見た目も声も動きも全てが気持ち悪い。

 思わずアルスは顔をしかめる。


「おえぇ……」


 ブルリと震えた肉塊は周囲の建物を巻き込んでのたうち回る。しかし、火は消えない。アルスが炎を操っているのだ。


 ぐちゅり!


 水っぽい音がして肉塊が溶けた。

 いや、溶けたのではない。燃えている体から無事な肉体を切り離したのだ。


「分裂……?」


 奇怪なモンスターは刻まれたプログラムを実行する。

 肉を喰らい、魔力を喰らい、成長して増殖する。

 強引な分裂によってエネルギーが枯渇している。ならばエネルギーを近くから得なければならない。

 一番近くなエネルギー源。それは、膨大な魔力を持つアルスだ。


「なぁっ!?」


 その身体からは想像もできないほど素早く跳ね飛んだ肉塊は、アルスを上から押し潰し、取り込もうとする。

 フウロもラティも、アルスでさえも行動が間に合わない。

 アルスが押し潰される―――


「《戦塵爪・烈火》!」


 一瞬にして肉塊が細切れになった。そして、切り口から発火し、瞬く間に灰となって燃え尽きる。

 全ては一瞬の出来事。

 呆然とする三人の前に、軽やかな動きで一人の女性が着地した。

 肩や背中、腹が大きく露出したほぼスポーツブラのトップスとホットパンツのみを身に纏っている狼耳の女性だった。

 極限まで布面積を減らし、防御を無視して動きやすさだけを突き詰めた戦闘スタイル。

 冒険者ギルドの超人気受付嬢。フェンリルの獣人。シャルだ。


「油断したらダメですよー、アルスさん」

「あ、ありがと。助かった」


 ローザの街で共に皇子プリンスリッチに立ち向かった戦友だ。

 シャルは戦闘用ブーツでコツコツと地面を叩き、部分的に獣化させた手から爪を伸ばす。


「アルスさんたちはどちらへ向かう予定でしたか?」

「一応ギルドに……」

「その必要はありませんよー。出来れば王都の外の防衛に加わっていただけると助かります」

「街のほうは!?」

「幸い何とかなってます。避難誘導もバッチリですし、高位の冒険者が対応していますよ。今日の昼に冒険者の皆さんと避難訓練をした甲斐がありました!」


 避難訓練をしたその日に《魔物の大行進モンスター・パレード》とは何という奇跡。


「その代わり、避難に人手を取られて西門の防衛が危ないんですよ」


 ならば、と西門へ向かおうとした時、アルスたちの足が止まった。

 西の空に奇怪な物体が浮かんでいる。モンスターだ。歪な肉の羽を羽ばたかせて空を飛んで王都に攻め込もうとしている。


「空飛べるの!? それは反則!」


 モンスター相手にルールを守れと言っても無駄だろう。

 数百体のモンスターが王都に降り注いだらひとたまりもない。最悪の想像をしてしまう。

 シャルでさえも顔を青くしていた。

 絶望に染まったその時、世界が赤く染まった。

 轟音が轟き、深紅の炎が空間を焦がす。一瞬にして空を飛んでいたモンスターは塵となって消滅した。

 少し遅れて熱波が襲ってくる。


「あれは……帝国のグリフォン部隊!?」


 ドラゴニア王国の空を帝国のグリフォン部隊が飛んでいる。ヴァルヴォッセ帝国が保有する空軍だ。

 彼らを率いるのは元帥ブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ。

 グリフォン部隊は隊列を組んで空を飛んで侵入しようとするモンスターを撃墜し始めた。

 先陣を切るのは赤いグリフォン。その背中から人が飛び降りた。深紅の光を纏って西の防壁の外へと消えていく。

 即座に深紅の爆炎が立ち昇った。衝撃波が地鳴りを起こす。


「流石ビリア姉様……西に行く必要が無くなったわね」


 どんなに遠くでも実の姉は見間違いようがない。あの炎も、あのぶっ飛んだ攻撃も。

 彼女が防衛に加わったのなら西門はもう安全である。


「シャルさん! 次に危険な場所は?」

「え、えっと、北です!」

「北ね! フウロ、ラティ、行くよ」

「……おぉー。ちょっと待った」


 駆けだそうとするアルスを緊張感のない声が制止した。


「誰!?」


 聞き覚えのない声にアルスは首をかしげ、従者のフウロとラティは警戒する。シャルも歯を剥き出して唸っている。

 いつの間にか近づいていたのは白衣を着た紫色の髪の美女。眠そうな目は半分閉じ、ポワポワと不思議なオーラを漂わせている。


「……誰って超絶美人な研究者?」

「「 はい? 」」


 自称”超絶美人な研究者”とアルスとシャルの三人は、全く同時にコテンと首をかしげた。






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本文でも述べましたが、第299話のシャルの冒険者たちへの提案は【避難訓練】でした。

ヒースの救出は次回! たぶん!

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