第285話 ダンスの終わり

 

「《屠龍閃とりゅうせん》!」


 空間すら焼き焦がす炎の閃光が龍の爪のように何本も襲い掛かる。

 帝国最強は空間すら切り裂くか。この斬撃を避けたら結界すら切り裂き、訓練場も穿つだろう。


 ―――そしたら超面倒なことになる!


 すると、俺が取れる手段は一つ。

 力には力で対抗! …………ランタナの脳筋思考が移ったかな?

 まあいいや。俺は白銀のナイフを構えて一閃。


『龍爪・銀閃』


 白銀に輝く斬撃が飛ぶ。斬撃が通った空間は

 空間を焦がす荒々しい力任せの斬撃と、違和感もなく軽々と空間を切り裂く鋭い斬撃がぶつかり合う。

 揺れる。震える。空間が軋む。ガラスが割れるような甲高い音が響き渡る。

 攻撃の余波が俺たちを襲った。俺は炎をナイフで切り裂き、白銀の光をブーゲンビリア元帥は弾き飛ばす。

 俺たちは空間の異常が収まる前に飛び出した。ナイフと槍がぶつかり合い、更に空間が蜘蛛の巣状に罅割れる。それもすぐに空間の修正力によって修復される。

 槍を振り回しながらブーゲンビリア元帥は歓喜に哄笑する。


「アハハハハ! この空間を穿つ一撃で、何度弟タンジアの大剣を砕いたことか! これに耐えるか! これほどの強者であったとはな! アハハハハ!」


 神速の突きをナイフで逸らす。刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。だが、それも一瞬のこと。すぐに刹那の応酬を繰り広げる。


『…… 一つ聞いても良いか?』

「一つで良いのか? 戦っている間ならいくらでも答えるぞ!」

『……何故貴女は強さを求める?』

「そんなの決まっているだろう?」


 ブーゲンビリア元帥は辛そうに微笑む。そして咆えた。


「愛する者を守るためだ!」


 彼女は地面を蹴って飛び上がった。

 空中では即座に行動を移せない。恰好の的だ。

 俺はナイフを振り抜く―――が、それは空を切った。


『……なっ!?』

「ふむ。ぶっつけ本番だが出来たな。便利な技だ」


 移動したブーゲンビリア元帥は、空中で体勢を整えると、猛烈な蹴りを放った。

 くっ! ランタナが見せた技か! ランタナでも習得に数時間かかったぞ! それを初見で一発で成し遂げるとは恐ろしい才能だ。

 俺は咄嗟に腕で防御するが、蹴りの勢いに負けて吹き飛ばされる。そのまま訓練場の壁に叩きつけられた。


『……かはっ!?』


 衝撃で壁が抉れ、瓦礫が降り注ぐ。肺の中の空気が吐き出された。

 何という威力の蹴り。腕の骨が折れたぞ。壁に叩きつけられて肋骨も何本か逝った。

 瞬時に傷を回復。そして、お返しと言わんばかりに地面を蹴った。


『《雷脚》』


 瓦礫を吹き飛ばし、身体に電気を纏って紫電の速度で疾駆する。

 電気を流し、筋力や神経を無理やり活性化。強引な加速や強烈な電撃に身体が悲鳴を上げるが、驚異的な回復力が全てを癒す。自壊を前提とした攻撃だ。

 一瞬でブーゲンビリア元帥の懐に潜り込む。


「なにっ!?」


 目には目を、歯には歯を。蹴りには蹴りを、ランタナの技にはランタナの技を……なんちゃって。

 懐に潜り込んだ俺はもう攻撃の動作は終わっている。俺は彼女の無防備なお腹を蹴り抜いた。


『《震脚》』


 足の裏から放たれた衝撃波がブーゲンビリア元帥の腹部を貫通する。

 ランタナがタンジア元帥に行った内部破壊攻撃。だが、俺はランタナのように優しくない。


「がっ!?」


 身体が『く』の字に折れ曲がったブーゲンビリア元帥はたまらず吹き飛んだ。

 さっきの俺のように壁にめり込む。瓦礫に覆われ見えなくなった。しかし、すぐに瓦礫は吹き飛んだ。

 槍を支えにして立つ彼女。服はあちこち切り裂かれ、ペッと口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 縦長になった紅玉ルビーの瞳は、今もなお戦意喪失せずに爛々と輝いている。

 そろそろ試合ダンスもフィナーレの時間だ。


「……最後だ」

『……ああ』


 ブーゲンビリア元帥の肌に赤い光が浮かび、紅の槍が炎に包まれる。俺も力を溜めて白銀のナイフに注ぎ込む。


「ヴァルヴォッセ帝国元帥ブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ」

『……ドラゴニア王国暗部 『白龍』』


 それ以上の言葉はいらない。俺たちは同時に地面を蹴り、訓練場の中央で紅と白銀がぶつかり合った。空間が軋み、砕け散る。


「ハハッ! 楽しいな!」


 彼女は笑いながら槍を振るう。空気や空間ごと穿つ。

 俺はずっと思っていたことを口に出した。


『……本当に楽しんでいるか? 無理をして笑っているようにも感じるぞ。先ほどの我の問いへの答えから推察するに、貴女は愛する人を亡くしたか』

「っ!?」


 一瞬、ほんの一瞬だけ彼女の顔が凍り付く。動揺が露わになる。

 ……やはりか。

 ハッタリは上手くいったようだ。彼女の動作に遅れが出た。

 地面を踏みしめ、片手で槍を放つ―――その直前、更に一拍動作が遅れた。


「なにっ!?」


 彼女の足元。彼女の影から闇が伸びて足に絡みついていたのだ。

 強引に影を引き千切るが、僅かな遅れは致命的だった。

 ずっと激しい戦闘ダンスを続けていた俺たちの動きが止まる。

 少しの沈黙。先に口を開いたのはブーゲンビリア元帥だった。


「……ワタシの負けか」


 自らの首筋にナイフを突きつけられ、ブーゲンビリア元帥は潔く言った。


『……引き分けではないか?』


 彼女が片手で放った槍を俺は避け、抱きしめるように密着してナイフを突きつけている。そして、彼女のは、真っ直ぐに俺の腹部に添えられていた。

 これが殺し合いだったら、俺の腹部は貫手ぬきてでぽっかりと穴が開いていただろう。

 しかし、ブーゲンビリア元帥は晴れやかな表情で首を横に振る。


「貴殿の攻撃はワタシの首を刎ね飛ばしていただろう。ワタシの攻撃は腹を貫いただけ。それくらいでは貴殿は死なないだろう? だからワタシの負けだ」


 今までの獰猛な戦意が嘘だったように闘気が消失する。

 お互いに武器を下ろして少し距離を取る。

 これは試合だ。礼に始まり礼に終わる。


「戦闘中に動揺するとはワタシもまだまだだな。感謝する。これでワタシは―――」


 一礼していた彼女が頭をあげた。紅玉ルビーの瞳が輝く。


「―――さらに強くなれる」


 この女性はどこまで強くなるつもりだろうか? 恐ろしいなぁ。

 俺は礼を返すとボロボロになった訓練場を修理する。そして、張り巡らせた結界を消失させると、無言のまま空間に溶け込むように消えた。

 別れの挨拶は必要ないだろう。彼女もそう望んでいる気がした。

 訓練場内の無人の部屋に転移すると、椅子に座り込んで大きな息を吐いた。


「あ゛ぁー……づがれだぁー」


 こんなに疲れることをするとは思わなかった。

 お風呂に入ったのに汗や土でドロッドロ。あぁー気持ち悪い。

 しっかし、強かったなぁ。化け物レベルで強かった。彼女が本気を出したら一撃であの訓練場は半壊するだろう。

 もう二度と戦いたくない。


「しばらく動きたくないー。でも、汗で気持ち悪いー。風呂入るかぁ……確かこの建物には騎士が使うお風呂があったよな?」


 気配探知っと。おっ! 近くに騎士は誰もいない。誰も使用していない。ナイスタイミング!

 お風呂を使わせてもらおう!

 そうと決まれば、暗部の衣装を脱いで普通の服を着て部屋を出る。向かう先はお風呂。

 男湯に入って服を脱ぎ脱ぎ。

 服を脱ぐのも億劫だ。脱いだまま転移すればよかった。

 パンツに手をかけた瞬間、俺は固まった。男湯に入ってくるある気配を感じたのだ。

 俺は即座に物陰に隠れる。

 な、なんで? ど、どうして? どうしてここにぃー!?

 侵入者の衣擦れの音が聞こえる。

 一瞬、全ての音が消え、沈黙が訪れる。そして、隠れた俺に向かって、服を脱ぎ捨てながら彼女、ブーゲンビリア元帥は言い放つ。


「―――ふむ。出てきたらどうだ? 隠れし者よ」


 おずおずと進み出る俺。俺が男であることを知ってもなお、堂々とボロボロの服を脱ぎ捨てる彼女。

 俺は一つ言いたい。



 ここは男湯だ!









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シラン対ブーゲンビリア元帥の勝負は決着!

次回は美女とお風呂!

この展開は誰も予想できなかったはず・・・


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