第257話 お忍びの依頼

 

 お爺様と教皇猊下との実に有意義なエロ談義が終わった後、暇になった俺は城の中を適当にブラついていた。

 父上や母上、姉上や兄上も他国の客人たちをもてなしている最中だろう。祭りを案内しているのかもしれない。変に関わると外交問題となるので、近づきたくはない。

 ヒースやエリカもフェアリア皇国での仕事があるらしいし、ジャスミンとリリアーネも実家に呼び出されて忙しそうだ。

 さて、俺は何をしよう? 親龍祭の期間中は王都に出かけて貴族たちが引き起こす問題に対処するよう父上に言われているのだが。


「あっ! シラン兄様! いいところに!」


 声が高い少年が俺の名前を呼んだ。俺を兄様と呼ぶのは一人しかいない。弟のアーサー・ドラゴニアだ。

 アンドレア母上に似た綺麗な顔立ち。よく言えば中性的、悪く言えば女顔。男らしい凛々しい姿に憧れるアーサーは幼い顔が若干コンプレックスらしい。

 まあ、母上たちや姉上たちがアーサーに女装させるからかもしれないが。


「兄様! 少しお願いがあります!」


 周りに誰もいないことを確認して、隣の少女と目配せをし合い、俺の耳元で小さく囁いてきた。

 アーサーに付き従うのは物静かな可愛らしい令嬢だ。メリル・リースト伯爵令嬢。アーサーの婚約者。


「やあ。久しぶりだな、メリル嬢」

「はい、お久しぶりでございます、シランお義兄にい様」

「ぐはっ!?」


 不意に俺は大ダメージを受けて四つん這いに崩れ落ちた。


「ど、どうしたんですか兄様!」

「どこかお加減でも……?」


 オロオロと心配する二人。

 俺は何とか立ち上がって、万感の思いでアーサーの肩を叩き、しみじみと思いを述べた。


「俺はメリル嬢みたいに可愛い妹が欲しかったんだ……!」

「あ、あぁー。兄様の気持ちはわかります……すごく……」


 長年、姉上たちから愛情という名の理不尽な我儘に付き合わされてきた俺とアーサーは、遠い目をして明後日の方向を眺める。

 可愛いからと行われる着せ替え人形(女装)、俺が自由に動けるからと、アレを買って来い、コレを買って来い、と命令されて使いっ走りに……まあ、お金は渡されたけど。

 俺とアーサーは大人しいメリル嬢を眺めて、目にうっすらと涙を浮かべる。


「いい子だな、メリル嬢は」

「はい、僕にはもったいないくらい超良い子ですよ」

「大事にするんだぞ」

「はい、そのつもりです」

「そして気付いたら、アーサーもメリル嬢の尻に敷かれているんだろう……」

「なんですか、その不吉な予言は!?」


 そんなことは絶対にない! ……ないよね、とアーサーも自信なさげだ。

 俺は兄として弟に告げよう。これが優しさだ。


「アーサー、恋人や夫婦の円満のコツは男が女性の尻に敷かれることなんだぞ。いいか、女性に逆らうな」

「実感が籠り過ぎていて怖いですよ! 兄様、一体何があったんですか!?」

「…………知りたいか?」

「いいえ! 知りたくありません!」


 ちっ! 即答で拒否しやがった。まあ、知りたいと言われても教えなかったけど。

 俺たちには俺たちの、アーサーとメリル嬢には二人の関係がある。俺たちを参考にしても意味がない。お互いにいろいろと探っていかなければ。

 それが恋人とか夫婦の生活というものだろう。


「だが覚悟しておけよ、アーサー。ドラゴニア王家の女性、そして王家に嫁ぐ女性は皆、強い女性だ。これは初代から変わらない運命だ」

「うぐっ……た、確かに……」


 運命というよりも呪縛か? もはや呪いと言ってもいい。

 ただ、全員素敵な女性なんだよ。過去の女性陣は、国王である夫を支え、もしくは女王として民の絶大なる人気を得ながら君臨したという。王族に関係する女性で、お金を好き放題に使用して豪華な生活をした、という話は聞いたことが無いのだ。

 俺たち兄弟がコソコソ喋っていても、メリル嬢は機嫌を損ねることも割り込むこともなく、ただ笑顔で俺たちを見守っている。本当にいい子だなぁ。


「んで、俺に何をお願いしたいんだ?」


 脱線したというか俺が脱線させた話を元に戻した。

 あっ、とアーサーが本来の話を思い出した。


「実は、お忍びをしたくて。折角の親龍祭なんですから、王都の街を散策したいんです」

「で、俺に手を貸して欲しいと」

「はい。お願いできませんか?」

「……メリル嬢もか?」

「もちろんです」

「お忍びデートか……」

「うっ、そ、そうですよ!」

「初々しい反応だな」

「うるさいです!」


 おっと。揶揄いすぎた。弟の照れ隠しのパンチが飛んできた。

 弟と将来の義妹のお忍びデートか。

 ここは兄として一肌脱がなければ!


「よし、いいだろう! このお兄様に任せとけ!」

「流石兄様! こういう時に役に立ちます!」

「シランお義兄様、ありがとうございます!」


 うんうん。メリル嬢の感謝の気持ちだけで十分だ。他は何もいらない。ぜひウチの弟をよろしく頼む。


「じゃあ、いつものように俺の部屋でお忍び衣装に着替えてこい」

「「 はい! 」」

「宿屋のポリーナ嬢とも楽しむんだぞ」

「だから、何故知っているんですか!?」


 顔を真っ赤にしたアーサーは、キッと俺を睨むとメリル嬢の手を引っ張ってお忍び衣装に着替えに行った。メリル嬢は立ち去る時に笑顔で会釈。本当にいい子だよ。

 さて、弟のデートだ。


 ―――これはこっそりと覗かなければ!


 親龍祭の期間中は気分が高揚して犯罪や乱闘が起きやすい。だから、弟を守るためにこっそりとついて行く必要がある。

 べ、別に弟たちが気になるから出歯亀をするのではない。弟たちの安全を守りたい兄の優しさなのだぁー!

 でも、一人で行動するのも寂しいなぁ。誰かいないかなぁ。


「取り敢えず、アーサーの護衛である近衛騎士団の第十一部隊にコッソリ護衛するようにタレコミに行こうか」

「もちろん、第十部隊にもタレコミをしますよね?」

「第十部隊は……って、ランタナ!?」

「はい、ランタナです」


 いつの間にか、気配もなく隣にランタナが立っていた。いつから隣にいたんだ!?

 ランタナはいつも通り職務に忠実で真面目な表情だった。引き結ばれた唇。そして、優しい輝きを放つ琥珀アンバーの瞳。

 何という絶好のタイミング!


「ランタナ! 今からデートしよう!」

「はい! ………………はいぃっ!?」


 ランタナの驚く声を俺は初めて聞いたのだった。



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