第256話 エロ爺
ヨロヨロとしながらも城へやって来た俺は、急に腕を掴まれて部屋に引きずり込まれた。
これが女性だったら嬉しかったんだけどな……。
「シランよ! 良いところに来た!」
引きずり込んだのは、70を過ぎた白髪の好々爺。
俺の祖父のカエサル・ドラゴニアだ。
ニカっと笑ったお爺様はまるで少年のようだった。見た目は老人、心は永遠の悪戯少年でエロガキ。
未だに現役のお爺様は超元気だ。
「どうしたんですか、お爺様」
まあ、これからの予定もないし、お爺様とお喋りするのも良いだろう。
ソファに座り、促されるままにお茶やお菓子を食べる。
どうやら、お婆様たちはいないらしい。
「ちょっとしたお喋りをしようかと思っての。そろそろもう一人やって来る予定なのじゃが……おぉ! 丁度来たようじゃ」
言葉の途中でドアが開き、お爺様の本来のお喋り相手がやって来た。
お爺様に似た雰囲気の老年の男性。穏やかで人柄が優しそうな印象だ。ピンクの線が入った白の法衣を見に纏っている。
胸にはハートを貫く
彼は、ドラゴニア王国の北西に位置するラブリエ教国の国教ラブリエ聖教のトップ、そしてお爺様の大親友、プラムス・アルメニアカ教皇猊下だ。
「フォフォフォ。来てやったぞ、カエサル」
「なんじゃい、上から目線で」
「お客様なんだから当たり前じゃい!」
「ふんっ! 誰がお前なんか!」
言葉は喧嘩腰ではあるが、お互いニコニコ笑顔。口元は上がりっぱなし。嬉しさや楽しさが声音に乗って伝わってくる。
たぶん、お互いに照れ隠し的なやり取りなのだろう。仲の良いことで。
というか、俺は一体何を見せられているんだ?
「おやおや。これはこれはシラン殿下ではありませぬか」
「ふふん! 儂の孫じゃ! 儂に似て格好良かろう?」
「お久しぶりです、プラムス教皇猊下」
「お久しぶりじゃのぉ。よく似ておる……カルプルニア嬢に」
「なんじゃと!? 耄碌して頭がボケたか? それとも目が霞んでいるのか? 老眼か? どう見てもカルじゃなくて儂似じゃろうて!」
なんかお爺様が教皇猊下に詰め寄っているが、教皇猊下は飄々と聞き流しているなぁ。
で、お爺様たちのじゃれ合いを俺はいつまで眺めていればいいんだ?
「まったく、耳まで遠くなったか。まあ良い。まずはちょっとしたお喋りでもしようかの」
そうやって始まったのはおじいちゃん同士のほのぼのとした優しい話。
嫁や孫自慢から始まり、最近の日課は散歩だったり、草花を育てるのが楽しいという話だったり、やっぱり女性は可愛いというエロ話だったり、このお茶にはこのお茶菓子が合う話だったり、最近発見した自分の性癖だったり、隠居生活の楽しさだったり、教皇はいつまで続けるつもりかといった進退の話だったり……。
途中、いくつかおかしい話があった気がするが、俺は聴きに徹していた。
「―――そう言えばプラムス、今代の聖女ちゃんは元気かのう? 今回は連れて来てないみたいじゃったが」
「ラヴちゃんか? 元気も元気、チョー元気じゃな。毎日毎日聖書や恋愛の手引き書を執筆しておるよ」
ラブリエ聖教の教義は『人を愛すること』だ。自分を愛し、他人を愛する。愛こそが世界を救う、というのが格言だ。
宗教らしくない宗教で、簡単に言うと恋愛相談所?
だから、聖教が自ら恋愛の指南書を出版してもいる。恋愛小説もあるらしい。
「聖女ちゃんは今年いくつじゃ?」
「それがのぉ、30じゃ! この間とうとう30歳になってしもうた! 聖書の執筆に忙しいという理由で男っ気も無し! どこかに良い
何故そこで俺に視線を向けるのだ、教皇猊下。
そうか、聖女は30歳なのか。名前はなんだったっけ?
えーっと……そうだ! ラヴグッド様だ。
「おぉシラン! 教国の聖女ちゃんを娶らんか?」
「どうです? 30でも見目麗しいですぞ。男性経験も皆無!」
「ほほぅ。胸は? 巨乳か?」
「大きくもなければ小さくもないのぉ」
「なんじゃそれは。まあシランには関係ないの! 恥骨筋フェチじゃから!」
「なんとマニアックな! でも、よくわかるぞぉ! 良いよのぉ、恥骨筋」
おいコラエロ爺ども。何を勝手に盛り上がってる?
「娶りませんよ。俺にはもう婚約者たちがいるんですから」
「恋多きシラン殿下もラヴちゃんはダメなのかのぉ……いい子なんじゃがのぉ……」
チラッチラッとおじいちゃんに見つめられても何も心は動きません。
「大体、ラブリエ聖教的に大丈夫なんですか? 俺、いろいろとよくない噂が多いですよ」
「それは大丈夫ですぞ! ラブリエ聖教の根本は愛! 数多の女性と浮名を流すシラン殿下はまさに教義の体現者! 我ら信者の眼は誤魔化せませぬ。シラン殿下のお隣にいらっしゃる女性は皆、幸せそうな笑顔を浮かべているではありませぬか!」
そ、そうか? まあ、愛した女性には笑顔でいて欲しいよな。涙を流す時も悲しみじゃなくて嬉しさで泣いて欲しい。
「シラン殿下を聖教から聖者認定でもしようかの?」
「それは良いな!」
「止めてください。絶対にしないでください!」
「「 それはフリかの? 」」
「違います!」
くっ、仲が良すぎだろ。流石数十年来の親友同士。
はぁ、とプラムス教皇猊下は疲れきったため息をついた。
「じゃが、信者の中には邪な考えを持つ者もおるのが現状じゃ。女性を物として扱い、自分の欲望を発散させることが全て、じゃと。まったく、嘆かわしいことじゃ。セックスは愛し合う行為じゃというのに。子は宝じゃというのに……」
「絶対にそんな奴はおるの。それが人間じゃ」
ど、どうしよう、このしんみりとした気まずい雰囲気。
取り敢えず、話題を変えよう。
「きょ、教皇猊下はどんな女性が好みなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた! 儂はの、小さくて、ロリロリしてる小柄な女性が大好きじゃの! 胸はもちろんペッタンコ!」
は、はい!?
「シラン、覚えておくが良い。こやつは貧乳好きのロリコンじゃ」
「貧乳好きで何が悪い! ロリコンで何が悪い! 熟れる前の青い果実こそが至高よ! どこぞの脂肪の塊が大好きなジジイにはロリの素晴らしさが分からんと思うがの!」
「はぁ? 乳こそが女性の象徴! 大きければ大きいほど素晴らしいじゃろ! あの乳に顔を埋めることこそが至高! 揉みしだくと零れ落ちんばかりの質量とその柔らかさこそが至福! ロリコンは黙っておれ!」
睨み合うお爺様と教皇猊下。仲が良いのやら悪いのやら。
話を振ったのは悪かったけど、下ネタは止めません? まだ朝ですよ。
「「 さあ始めようか、エロ爺! 当初の予定のおっぱい談義を! 」」
「あのぉ~帰っていいですか?」
「「 ダメじゃ! 」」
その後、大いに盛り上がって、いつの間にか俺も混ざって意見を交わし合うほど白熱したエロ談義は、やって来たお婆様と聖教の枢機卿によって中断し、二人のエロ爺はどこかへと引きずられていった。
どうやら、二人は仕事をサボっていたらしい。お爺様たちらしい行動だ。
まあでも、俺は有意義な時間を過ごしたのだった。
やはりエロは男の元気の源だ!
<おまけ> エロ談義の一部を抜粋
「巨乳が正義!」
「貧乳が神!」
「教皇のお主が神と言っても良いのか? お主の国が崇めておるのは
「儂、教皇じゃからいいんじゃも~ん!」
「キモいぞ、変態爺」
「なにをぉ~! 乳臭い爺!」
「そう言えば、リシュリュー宰相は巨乳好きだったような」
「なんじゃと!? 我が同志がいたのかっ! 早速この場に呼び出さねば!」
「いやいや、仕事中に呼び出すのは止めましょうよ、お爺様」
「わ、我が同志は知らぬか、シラン殿下! YES,ロリータ! YES,タッチ! を信条としている同志は!?」
「騎士の誰かぁ~! コイツで~す!」
―――ということがあったとかなかったとか。
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