第八章 極光の眠り姫 編
第255話 寝不足
『第八章
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ガタゴトと揺れる馬車の中。綺麗な鼻歌が響き渡る。
馬車は次の目的に向けて順調に向かっていた。もうあと少しで到着するだろう。
中には一人の女性が座っていた。美しい女性だ。
肩が大きく露出したイブニングドレス。スカート丈は足元まであるロングドレスだ。
シンプルで清楚なデザイン。色は紺色。所々に散りばめられた銀色の宝石のスパンコール。光の角度や見る方向によって赤や紫や緑といった光が浮かぶ。まるで星空に浮かぶ
連絡窓が開き、御者が顔を覗かせた。
「ドラゴニア王国の王都が見え始めましたよ。そろそろ到着します」
鼻歌を中断させ、ドレスを着た女性が朗らかに答えた。
「そうですかぁ~。ありがとうございますぅ~」
歌うように語尾を伸ばしたゆったりとした声。聞く者を魅了する美声だ。
再び鼻歌を歌い始め、窓の外に目をやる。
ドラゴニア王国の王都を囲う頑丈な防壁が見えていた。
「……元気ですかねぇ~、シランくんはぁ~」
頬に笑みが浮かび、鼻歌が楽しげに弾み出す。
「早く会いたいですぅ~」
ガタゴトと揺れる馬車の中。軽やかな歌と共に柔らかな羽が舞う。
▼▼▼
ぐ、ぐはっ……死ぬ……本当に死ぬ……。
体力が……魔力が……生命力がぁ~! 寿命がすり減ったぁ~!
「朝ごはんを食べないと元気が出ませんよ、殿下!」
栗色の髪。黄金の
羽だけ消失させた淫魔のソノラが朝ごはんを食べていた。
彼女はニコニコ笑顔。お肌も髪もツッヤツヤ。みずみずしいオーラを全身から感じる。
俺はよぼよぼの老人のように、ソノラの手作りの朝食をゆっくりと口に運ぶ。
「どう、ですか?」
「……美味しいよ」
「そうですか。よかった……」
うん、美味しいのだが、疲労でそれどころではない。腕をあげるのも億劫だ。
昨夜、俺はソノラを使い魔契約を結び、別の意味でも結ばれた。
一晩中愛し合っていたのだが、サキュバスを甘く見過ぎていた。
激しい運動をしても、俺から体力や魔力を吸収して回復。そしてまた激しい運動。その繰り返し。
俺だけが一方的に貪られ、ソノラは俺の限界が来るまで延々と回復できるのだ。
正直、死ぬかと思った。
それに性を司る悪魔のサキュバスだ。最初はぎこちなかったものの本能が理解しており、テクニックがすんごいこと。瞬く間に技術を習得して途中からはもうエロエロだった。
可愛くて綺麗で妖艶で艶美だった。そして、凄かったぁ。
一晩中愛し合った結果、俺はミイラに、ソノラはツヤツヤの絶好調に。
俺は何とか生き延びたのだ。生きてるって素晴らしい!
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした。ソノラ、美味しかったよ」
「お粗末様です。そして、殿下、いろいろとごちそうさまでした!」
「お、お粗末様……です」
妖艶な笑みで微笑まれたらドキッとしてしまうだろうが。心臓に悪い。
すっかり大人の色気ムンムンになっちゃって……。これはこれでありです。
朝食を食べ終わると別行動だ。俺は城へ行かなければならない。ソノラは俺の屋敷に住むらしいので荷造りだ。
このアパートを手放すわけではないので、取り敢えず貴重品や多少の着替えを持っていくらしい。
玄関に見送りされる俺。
ソノラは前のサイズのTシャツを無理やり着ているので胸がぱっつんぱっつんになっている。豊満な身体にはサイズが小さく、おへそがチラリと覗いていた。短パンからは肉付きの良い素足が露出し、栗色の艶やかな髪はいつも通りポニーテール。うなじや首筋が眩しい。
「あの、殿下。その……」
顔を赤くしながらもじもじとするソノラ。恥ずかしそうに微笑みながら手を小さく振った。
「行ってらっしゃい!」
「ああ、行ってきます」
行ってきます、行ってらっしゃいのキス。なんか新婚の夫婦みたいだ。
ソノラに見送られて外に出た。眩しい朝日を浴びる。とても気持ちいい。
背後でドアがバタンと閉まった。
伸びをして歩き出そうとした瞬間、ふと近くに人の気配を感じた。
視線を向けると、燃えるような赤い髪の女性が幽霊のようにひっそりと立っていた。
「おはよ、シラン……」
「お、おはよう。アルス」
ソノラの家の隣に住む
寝不足なのか目の下にはくっきりと隈が出来ていた。
俺はジト目で睨まれる。ちょっと怖いんですけど。
無言でフラフラと寄ってきたアルスは至近距離で立ち止まった。顔を伏せていて表情はわからない。
「……ばか!」
「ぐはっ!?」
可愛い罵倒と共に、鳩尾へ抉るような右フックをお見舞いされた。
ミシリ、とめり込み、俺は堪らず悶絶。
「ぐふぅっ! うぐぅ~!」
「あぁースッキリした! やっと寝られそう」
えーっと、どゆこと?
というか痛い。食べたばかりの朝食が逆流しそう。
「今度は近所迷惑にならないようにね! 一晩中丸聞こえ!」
あぁーそれは申し訳ございません。素直に謝ります。
防音の結界を張るのをすっかり忘れていた。
うわ。気まずい。
「じゃあ、また今度デートしようね。おやすみ~」
ふぁ~ねむねむ、と大きな欠伸をしながら、嫉妬や怒りをぶつけることもなく、何事もなかったかのようにアルスは部屋に戻っていった。
今から寝るのだろう。おやすみなさい。また今度デートに誘います。
ガチャリ、と新たなドアが開いたのはその直後のことだった。
俺が出たばかりのドアが少し開き、ソノラがちょこんと顔を出していた。
「えーっと、殿下? 四つん這いで何をしてるんです?」
「いや、ちょっとな……」
流石に、このタイミングでアルスのことは言い出せなかった俺でした。
読者様からのリクエストSS!
エルネストがマリアを看病するシーン!
……本当に何故、このSSを思いつかなかったのだろう?
『お似合いの二人』
王太子エルネスト・ドラゴニアの妻、リナリア・ドラゴニアは侍女に呼ばれて王族のプライベートエリアにある寝室に向かっていた。
部屋の侍女たちと目配せ。彼女たちが申し訳なさそうに一礼する。
はぁ、とため息をつきつつ、リナリアはドアを開けた。
ベッドに入って起き上がっていたのは専属秘書官のマリア・ゴールド。黒翼凶団の事件に巻き込まれ、肋骨三本の骨折、全身の打撲、その他数か所骨に罅が入るという重傷を負ったのだ。
幸い、治癒魔法やポーションによって回復しているが、病み上がりということには変わりない。
ドアに背を向けてベッドの隣に座っているのはマリアを看病していたリナリアの夫、エルネストだ。
二人とも読書をしているようだ。
否、よく見ると手元の紙は本ではない。
「この
動きづらいドレスに高いヒールを履いていながら、疾風と化して神速で駆け寄ったリナリアは
「あ、あの、リナリア様? 私はもう大丈夫ですよ?」
「こういう時くらいしっかりと休みなさい! ただでさえ、真面目過ぎるほどに仕事を頑張っているのですから! 身体を大事にしなさい! エル! 看病せずに仕事をするのなら執務室に行きなさい!」
リナリアは思わず頭を抱える。夫がここまで馬鹿だとは思わなかった。
ちなみに、エルネストはあまりの痛みに声も上げられないくらい悶絶中。
ふっ、と力を抜いたリナリアは優しい笑みを浮かべてマリアの手を握った。
「マリア。私は貴女の味方よ。だから何でも言ってちょうだい。本が読みたいのなら持ってきます。お腹は減っていませんか? 何か食べ物でも用意しますよ。それともこの馬鹿の愚痴大会でもします?」
呆気に取られていたマリアは、突然、ふふっと笑い声を漏らした。
「やはりお二人はよく似ていらっしゃいます。同じことをエルネスト様にも言われました」
「ほう? ということは私の愚痴でも言うつもりだったのですか?」
エルネストは涙目で首をブンブンと横に振って否定。
ドラゴニア王国の男性陣は女性の尻に敷かれる運命なのだろう。エルネストもリナリアには頭が上がらない。
「そ、それはありませんでしたけど、仕事に関しては私がエルネスト様にお願いしたんです。どうも落ち着かなくて……」
貴女ももう
よく働く真面目なマリア。エルネストとよく徹夜して夜を過ごしている。
最初は、二人が愛し合っているものばかり思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば仕事。仕事仕事仕事。性的なことは一切皆無。時折寝落ちしてお互いの寝顔を観賞するくらいだろうか。
次期国王であるエルネストを支えるには優秀な女性でなければならない。その点、マリアは人柄もよく、優秀で、リナリアがぜひ第二夫人と薦めるくらいだった。むしろ、積極的に裏から手を回して外堀を埋めている。
お似合いなのに、全然二人の仲が進展しない。何度リナリアは呆れ果てたことか。
「……あの、エルネスト様? リナリア様? 私がここに居てもいいのでしょうか?」
「当たり前だろう?」
「何を当たり前のことを言っているのです? むしろ、この部屋から出ないでいただけるといろいろとありがたいのですが」
エルネストのお手付きという噂の確固たる証拠となるから、と若干リナリアの笑顔が黒い。
実際は、手は出されていないが、この際に深い仲になってくれたらなお良し、などとも思っており、これでも進展しないようなら自分と彼の閨事に引きずり込もうかしら、と計画も立てているのだが、それは置いておこう。
「で、ですが、私は犯罪者の妹で……」
「だから何だというのです? 貴女が犯罪を犯したわけではありません」
「そうだ。俺がマリアを手放すわけがないだろう?」
よく言った、とリナリアは思わずガッツポーズ。これで仲が進展したら……。
「マリアほど仕事ができる優秀な女性はいないからな。マリアがいなくなったら俺は過労死するぞ」
この馬鹿夫がっ、ここは告白するところでしょ、とガッツポーズで握ったままの拳でぶん殴ろうかと思ったが、リナリアは何とか我慢した。
絶好の想いを述べる告白シーンだったのに。全て台無しだった。
マリアは絶対に堕ちていたはずなのに。
「エルネスト様……!」
あ、あれっ? なんか堕ちてません? とリナリアは頬を赤くするマリアの顔を思わず凝視。女の勘が言っている。あまり表情に出ていないが、これは恋する乙女の顔だと。
エルネストの生真面目さも、マリアのキュンとするポイントも、リナリアには理解が出来なかった。
まあ、お似合いと言えなくもない。
取り敢えず、特に理由はなかったのだが、夫の頭を殴っておく。
「痛い! どうして殴るんだ、リナ!」
「えーっと、何となく?」
「なんだそれは……まあいい。マリア、一つ聞きたいことがあったんだが」
「はい、何でしょう?」
「この書類のここについてなんだが……」
「ああ、それはですね……」
気が付けば自然な流れで仕事へとのめり込む
はぁ、と呆れたため息をついたリナリアは、二人の邪魔をしないようにそっと部屋を出た。
そして決心する。
「二人を強制的に休ませるために、手錠をつけて縄でベッドに縛りつけなければ!」
よく仕事中毒者の夫を強制的に休ませる
この日を境に、ベッドに縛りつけられるエルネストの隣に、マリアの姿があったとかなかったとか……。
<SS完結>
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