第217話 一日目のデート

 

 とうとう開幕した親龍祭。

 俺は父上からお願いされたので、王都の街に遊びに来ている。

 王都の街はいつも以上に人が多い。各国から親龍祭のために訪れているようだ。

 これだけ人が多いとはぐれて迷子になってしまいそう。

 観光客で賑わう道。客を呼び込む店員の大声。屋台から漂う美味しそうな香り。

 誰もがワクワクしている。そして、チラチラと上空を眺める。また神龍が現れないかと期待している顔だ。


「また出てこないの? 龍さん」


 ここにも期待している少女が一人。俺の頭をペチペチと叩く猫耳幼女。セレネちゃんだ。

 母親のテイアさんが肩車されている娘を不安そうに見上げている。


「セレネ、にぃにぃの頭をポンポンしちゃダメよ。優しくナデナデしてあげて」

「はーい! なでなで~なでなで~」


 うむ。とても気持ちいい。セレネちゃんはナデナデの才能がある!

 くっ! こういう妹が欲しかった! 俺にいるのは生真面目な兄弟と男性陣を玩具にする姉だけ。セレネちゃんは理想の妹だ。

 俺は今、セレネちゃんテイアさん親子とデート中だ。

 婚約者たちは四人とも忙しいって。ジャスミンとリリアーネは実家から呼び出され、ヒースとエリカは公務。

 特にジャスミンとリリアーネは、親龍祭の三日目と四日目に開催される『働く女性コンテスト』を観に行くために実家と取引したと聞いた。だから、今日と明日はご両親と動くという。


「シランさん、セレネが申し訳ありません。重くありませんか?」


 テイアさんが何度も確認してくる。肩車は俺から申し出たことだ。手を繋いでもセレネちゃんの背丈では何も見えないし危ない。抱っこするのもいいけど、セレネちゃんは前を見ようと身体を捩る。そうすると、残りは肩車しかない。


「大丈夫。孤児院のちびっ子たちで慣れてるから。何度も見ただろう? 俺が登り木と化したのを」


 何と言っていいのかわからない様子で、テイアさんは苦笑いを浮かべた。

 肩に座っているセレネちゃんはとても楽しそうにはしゃいでいる。いつもと違う高さにご満悦だ。


「テイアさんも迷子にならないように気を付けて。はぐれたら大変だから。服のどこかを掴んでもいいぞ」

「そうですね。そうさせていただきます」


 日長石サンストーンの瞳を潤ませ、少し恥ずかしそうなテイアさんが、俺の二の腕辺りに手を添えてきた。寄り添うようにとても優しく。

 甘い香りが漂うくらいの距離で気恥ずかしさを覚える。


「じゃあ、どこか行きたいところはある?」

「セレネはねぇ、輪投げしたい!」

「輪投げ? いいぞ! どこでやってるかなぁー?」

「にぃにぃあっち!」


 頭がペチペチと叩かれ、とある方向が指差される。俺からは見えないが、セレネちゃんから輪投げをしている出店が見えているらしい。


「よし、行くか!」

「きゃー!」


 楽しそうにはしゃぐセレネちゃん。危ないから大人しくしましょうね。

 親子連れでにぎわう輪投げのお店に着いた。店のおっちゃんにお金を支払って、セレネちゃんが可愛らしく輪を投げる。

 何度も投げるが棒に入らない。すかさずテイアさんがセレネちゃんのサポートに入る。

 店のおっちゃんはニコニコ笑顔で何も言わない。親のサポートはオーケーのようだ。

 親子が、せーのっ、と息を合わせて投げた輪は、綺麗に棒に入った。テイアさんとセレネちゃんは笑顔でハイタッチ。

 この笑顔を見ることが出来て本当によかった。テイアさんと出会った頃はやせ細っていて、栄養失調と風邪を拗らせたことで死にそうだったから。


「おめでとう、嬢ちゃん。ここから好きなものを持っていっていいぞ」


 ニカっと笑ったおっちゃんが提示した景品の中から、セレネちゃんは子供用のヘアクリップ型の髪留めを選んだ。花のデザインで三つ入っている。


「セレネ、じっとしててね。ママが付けてあげるから」

「んっ!」


 パチッと音がして、セレネちゃんの髪に花の髪留めが咲き誇った。テイアさんがもう一個付けようとしたら、セレネちゃんはブンブンと首を横に振って拒否する。母親の手から奪って、そのまま差し出す。


「これはママの!」


 あら、と目を瞬かせたテイアさんは、嬉しそうに自分の髪にパチッと付けた。セレネちゃんとおそろいの花が咲く。

 二人ともとてもよく似合ってる。


「セレネ、ありがとね」

「んみゅ~」


 頭を撫でられたセレネちゃんは気持ちよさそう。親子のほんわかとしたやり取りに心が癒される。

 そして、セレネちゃんは最後の一つを小さな手で掴み、俺に差し出した。


「これはにぃにぃの!」

「えっ? 俺の?」

「うん!」


 猫耳をピョコピョコさせながら月長石ムーンストーンの瞳で上目遣い。最後にニパァっと微笑まれたら付けるしかないじゃないか。

 恥ずかしいけど、女の子用の花の髪留めを自分の髪にパッチンと装着。

 絶対に似合っていないと断言できる。でも、セレネちゃんが、お揃いー、と嬉しそうだからいいか。

 どんな高価なアクセサリーよりもこの髪留めのほうが価値がある。大切にしよう。

 セレネちゃんを再び肩に乗っけた。テイアさんが寄り添う。


「セレネちゃん、わたあめ食べたくない?」

「わたあめっ! 食べりゅ! りんご飴も! チョコバナナ!」

「そんなに食べたらお腹壊すわよ」

「むぅ~! ママァ~!」


 必殺! セレネちゃんのおねだり攻撃! 潤んだ瞳がテイアさんを襲う。

 しかし、母親には効かない。あっさりと無効化した。


「全部はダ~メ」

「むぅ~! なら半分こ! セレネとママとにぃにぃで半分こ!」


 ほうほう。知恵が回りますな。

 三人で分けるのなら半分じゃなくて三分の一だ。まあ、それくらいならいいんじゃないか? 滅多にないお祭りだし。

 う~ん、と悩んだテイアさんは、仕方がないわね、と結論を出す。


「わかった。セレネとママとにぃにぃで半分こね。ママとの約束よ」

「んっ!」

「よし。セレネちゃん、テイアさん、行くぞー!」

「きゃー!」

「あぁもう。セレネ危ないわよ! にぃにぃから落っこちちゃうわ!」


 頭にお揃いの髪留めをつけた俺たち三人は、わたあめとりんご飴とチョコバナナを買いに向かうのだった。

















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一方その頃……



虹「あ~あ。シラン様とデートしたいなぁ」

メイド「デートをするために今日は公務なのですよ、姫様。最初に仕事をして後から遊ぶか、最初に遊んで後から仕事をするのか、という二択で前者を選んだのは姫様ではありませんか」

虹「そうだけどさぁ~。エリカはデートしたいって思わないの?」

メ「それは思いますが、今朝は旦那様と二人っきりで語り合いましたからね。ベッドの中で抱きしめ合って。実に素晴らしい時間でした。ちなみにお互い裸です」

虹「なにそれ詳しくっ!」




母「ジャスミンちゃん、可愛くなったわねぇ」

紫「ちょっとお母様! 離れてください! 頬擦りしないで!」

母「最近は全然家に帰って来てくれないからお母さん悲しいのよ。ところでどうなの? シラン殿下とは。昨夜も愛してくれた?」

紫「まあ、それなりに」

母「ふふっ。上手くやってるようね」

紫「それでお母様、これは一体何ですか!?」

母「似合ってるわよ、ジャスミンちゃん! その紐♪」

紫「お母様!」

母「ごめんごめん。冗談よ。それ、ジャスミンちゃんのために用意した男の理性をぶっ壊す下着なんだけど、いる?」

紫「……ください」





父「ほら、リリアーネ! お前が好きなお菓子を用意したぞ。これは親龍祭の期間中だけらしい。珍しいぞ」

蒼「……ぷいっ!」

父「た、偶にはパパとお喋りをしてもいいだろう?」

蒼「……ぷいっ!」

父「む、昔はお父様大好きって抱きついてきたのに……。今は……今はあの男がぁああああああああああ!」

蒼「また私の大好きなシラン様のことを悪く言うのですか? そんなことを言う人は大っ嫌いです」

父「ぬぉぉおおおおおおおおお! 私のキューティービューティーラブリーリリアーネがぁあああああああ! おぉぉおおおおおおおおおおお!」



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