第190話 真実
ダンジョン探索六日目。アルスと共に69階層までやって来ていた。
最終階層である70階層まであと少し。階段はもう見えている。
しかし、その前でモンスターの一団と出会い、激しい戦闘が勃発した。
召喚系モンスターが次々に下僕を呼び出し、『
もう一種の《
狙いは俺たちだけじゃない。モンスター同士も戦っている。だから、流れ弾が鬱陶しい。攻撃がぶつかり合って、予期せぬ方角から襲ってくる。
「あぁもう! あと少しなのに!」
アルスが炎で牽制しながら叫んだ。目の前に階段が見えているからもどかしいのだろう。
たどり着くためには、この乱戦を掻い潜るか、モンスターを倒すしかない。
一番早いのは、倒す方法か。疲れるけど仕方がない。
体内で力を溜めていく。膨大な魔力が渦巻き、俺の周囲が白銀に輝く。
「えっ? ちょっとっ!?」
ギョッと目を見開いたアルス。俺は気にする余裕はない。
溜め込んだ力を一気に爆発させる。
「《
カッと視界が真っ白に染まり、爆風や魔力の衝撃波によって、モンスターたちが一瞬で消し飛んだ。ドロップアイテムだけが残る。
もちろんアルスは無事だ。驚いて尻もちをつき、
疲労を感じるが、今はドロップアイテムを拾い、早く次の階層に降りなければ。
70階層はボスモンスターしか存在しないはず。ボス部屋の中に入らなければ、安心して休むことが出来る。
全部拾い、まだ呆然としているアルスを連れて70階層に行く。
「一旦休みましょう」
「……なんで? 目の前にボスがいるじゃない」
「今ので少し疲れました。
「……わかった」
俺たちは結界を張り、テントを用意して休憩する。
焚火型の魔道具の前で軽食を取りながら、俺たちは黙って炎を眺める。
今飲んでいるのはハチミツを混ぜたホットミルク。昂った感情が静まり、ハチミツとミルクの甘さが疲れを癒してくれる。ちょっとしたキャンプの気分。
俺とアルスの間に流れる沈黙が気まずい。昨日の魅了の件もあり、こうやって休憩している時は無言が多い。
アルスは険しい顔つきで、服の上からネックレスを触っている。
「アルストリアさん」
俺は思い切って声をかけた。そろそろ問いかけてもいい頃だろう。最後のボス部屋の前だ。今聞かないでいつ聞くんだ。
「……なぁに?」
アルスは怪訝そうな顔で少し警戒している。
「そろそろ本当のことを教えてください」
「本当のこと?」
「ええ、依頼のことです。実家からの命令って嘘ですよね? 仲間の二人もいませんし」
「そ、それは……人質として……」
言葉は最後まで続かず、ゆっくりと消えていった。俯いたアルスは、膝を抱えて顔を隠す。
ずっと隠していた感情が表に出る。
彼女から感じ取れる感情は、後悔と焦りと自分自身に対する怒り?
「はぁ……やっぱりわかっちゃうよね。ごめんなさい。実家からの命令っていうのは真っ赤な嘘。でも、このダンジョンを攻略しなきゃいけないのは本当なの。狙いは……」
「70階層の確定ドロップアイテム『
そう、とアルスは顔を上げないまま小さく頷いた。
ほぼ全部の呪いを解くことが出来るらしい。解けないのは超強力な呪いくらい。
世界樹の果実や不死鳥の涙など伝説上のアイテムに比べれば、入手しやすいアイテムだ。まあ、超珍しいけど。地上で
攻略難易度が高いから、市場に出回るのは数十年に一度くらいだ。前回市場に出回ったのは、記録ではたしか3、40年くらい前。値段は十数億だったらしい。
そのアイテムが欲しいってことは、誰かが呪われているってことだろう。
「自分の呪いを解くためですか?」
「あたしの? 違う違う。あれっ? 呪いのこと言ったっけ? ……Sランク冒険者ならわかるか」
はぁ、と深いため息をつくアルスは、体育座りで顔を隠したまま、自分の腕をギュッと握りしめている。
「
「えーっと、ダンジョンに潜り始めて六日目の夕方ですかね。17時過ぎた辺りです」
顔を上げたアルスは唇を噛みしめ、
「あたしのパーティメンバーの名前はフウロとラティって言うの。先日、あたしたちは三人で依頼を受けていた。墓地に出現する
「呪いを放ったわけですか。そして、メンバーのどちらかが呪われてしまったと」
「そう。あたしを庇ってフウロが……」
ポロポロと涙を流すアルス。
フウロさんは目つきが鋭い女性だったはず。なるほど。だから、解呪のアイテムを求め、60階層のボスだったリッチを一撃で葬り去ったのか。納得した。
そして、自分の責任だと感じたアルスは、自らアイテムを手に入れようとしたということか。
「アルストリアさんが急ぐってことは……」
「そういうこと。死期が決まってるの。『十五夜の死呪』って聞いたことある?」
俺はゆっくりと頷いた。『十五夜の死呪』は十五回目の夜に必ず死んでしまうという強力な呪いだ。死ぬまでの間に、ありとあらゆる苦しみと痛みが襲うという。苦痛に耐えられず、発狂してしまう人もいるとか。
使用が禁じられた呪いだ。だが、モンスターはそんなこと知らないし気にしない。
「ラティが付きっきりでフウロを看てるの。ラティは治癒術師だから。フウロの苦痛も少しは楽になるはず……」
「何回目ですか?」
「今夜で十二回目の夜」
アルスが焦っていた理由もよくわかった。そして、時間を問いかけた理由も。
大切な人が死にそうなのだ。不安にもなる。でも、ただ絶望して諦めるのではなく、フウロさんを救うために自分に出来ることをしている。アルスは偉いと思う。
アルスのことだから、黙って飛び出てきた可能性もゼロではないけど。
今から
「あたしのせい。全部あたしのせい……あたしのせいでフウロが……死んじゃったらどうしよう」
「大丈夫です。全て上手くいきます」
俺は力強く言った。不安で押しつぶされそうなアルスを元気づけ、安心させるためにはこういう口調がいいだろう。
涙で濡れた
「本当? 本当にそう思ってる?」
「ええ。フウロさんも今頑張っているはずです。アルストリアさんが挫けてどうするんですか? フウロさんを助ける手段は目の前に、あのドアの向こうにあるんですよ。泣いている場合ではありません」
俺が指差した先には、ボス部屋の大きなドアがある。中から何とも言えない威圧感が漂ってくる。
ボーっと見つめたアルスは、目元を乱暴にグシグシと拭った。
赤い瞳が激しく燃え上がる。決然とした力強い瞳だ。
「そうよね……そうだよね……泣いている場合じゃないよね」
アルスに元気が戻った。焦りもない。決意に満ちている。
あとは
「それに……」
俺はアルスの胸元を指差した。服で隠されて見えないが、そこには赤い百合水仙のネックレスがあるはずだ。
「百合水仙は悪夢を遠ざけるだけでなく、幸運をもたらすらしいじゃないですか。忘れましたか? 大丈夫。全て上手くいきますよ」
ゆっくりと胸元に手をやり、ネックレスを触るアルス。全て上手くいく、と自分に言い聞かせるように小さく呟く。
ギュッと目を瞑ったアルスは、突然、両手で自分の頬を叩いた。パシンッと鋭い音が響き渡る。頬が赤くなったアルスは、勢いよく立ち上がった。
「よしっ! ありがと。もう大丈夫」
やる気十分。悲壮感も漂っていない。俺が知る意志が強いアルスそのものだ。
「でも、ボスに挑むのはもうちょっと待って。顔洗ってくるから」
「ごゆっくりどうぞ」
泣いて目が赤くなり頬が濡れているアルスは、恥ずかしそうにテントの中に消えていった。
まあ、泣き顔を見られたら恥ずかしいよな。俺も経験がある。つい最近のことだ。
お風呂でランタナと……うがぁ~! 忘れろ~! 恥ずかしい~!
一人残った俺は、恥ずかしい過去を思い出し、仮面の下で猛烈に悶え苦しんでいた。
==================================
<時系列>
・フウロに呪いがかかった日(第176話)
・リリアーネの初戦闘
・一回目の夜
・シランが城に行く
・二回目の夜
・孤児院に行く
・三回目の夜
・ソノラとのデート
・四回目の夜
・アルスの依頼を受ける
・五回目の夜
・迷宮都市に移動する
・六回目の夜
・ダンジョン1~25階層
・七回目の夜
・25~40階層
・八回目の夜
・40~51階層
・九回目の夜
・51~61階層 リッチ登場
・十回目の夜
・61~63階層 アルスの発情
・十一回目の夜
・63~70階層
・夕方 ← 現在ここ!(第190話)
・十二回目の夜
多分合ってるはずです。
最初の数日は、地方の病院で匙を投げられたため、アルスは苦しむフウロを連れて王都に戻っている最中でした。
王都に帰ってきてアルスは情報収集も兼ねて冒険者ギルドに飛び込みました。
そして、ダンジョンのことを知り、依頼を出してシランと出会ったわけです。
現在、フウロは王都の病院に入院しています。
ついでに言うと、アルスが最初から本当のことを言っていれば、シランはあっさりと解呪しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます