第179話 騎士団の訓練

 

 父上たちおっさん三人とお風呂に入った俺は、城の中を歩いていた。

 これから何をしよう。折角来たからなぁ。

 城で働く人たちから白い目で見られる。夜遊び王子の俺は嫌われている。そう演じているから仕方がない。


「シラン兄様!」


 おっ? そう呼ぶのは一人しかいないな。俺の異母弟。第四王子アーサーだ。

 少女にも似て線が細く、利発そうな少年アーサーが、子犬のように駆け寄ってきた。尻尾をブンブン振っている姿を幻視する。とても似合うな。


「おう。アーサー」

「兄様は今日はどうされたのですか?」

「父上からのお呼び出し」

「……またお風呂ですか?」

「お風呂だな」

「よく一緒に入りますね……」

「あはは。男同士の話もしたいんだよ、父上は。アーサーも父上と男同士の話をするときは風呂に入るといい。快く相談に乗ってくれるぞ」

「相談するときは母上たちにします!」


 そりゃそうか。母上たちには相談しやすいけど、父上にはしにくいよな。なんか気恥ずかしさも感じるし。男同士ってそんなもんだよな。

 俺はアーサーの整えられた髪をぐしゃぐしゃと撫でてかき回す。止めてください、と口では言うが、アーサーは嬉しそう。


「アーサーはどうしたんだ?」

「はっ!? そうでした! 今、ジャスミン姉様が騎士団の訓練を行っていると耳にしたので、見学に行くところだったのです!」

「ジャスミンが好きだな、アーサーは」

「はい! リリアーネ姉様も大好きです! あぁ……本当の姉に欲しかったですよ」


 哀愁漂う儚いアーサーの笑顔。姉上たちから玩具にされているらしい。強く生きろ! 頑張れ! 俺にはどうすることも出来ない。姉上たちには逆らえないんだ。

 ジャスミンの訓練か。面白そうだな。今日はランタナも訓練の日だったはず。覗いていくか。


「俺も見学に行くよ」

「早く行きましょう!」


 今にも駆けだしそうなアーサーに引っ張られ、俺たちは騎士団の訓練場に移動する。

 訓練場はいくつかあるが、今日は室内のほうらしい。ドアを開けて中に入ると同時に、ムワッとした熱気を感じた。轟音や爆風も襲ってくる。

 休憩中の騎士が、汗を垂れ流しながら俺たちに気づいて敬礼をした。


「シラン殿下。アーサー殿下」

「おーう。ただ見学に来ただけだから、楽にしてくれー」


 訓練場には観客席もあり、俺とアーサーは最前列に座る。ジャスミンは壁際に立ち、訓練の様子を紫水晶アメジストの瞳で食い入るようにじっと観察している。ジャスミンの番はこれかららしい。

 じゃあ、今のうちに差し入れでも渡しておくか。俺は普通の巾着袋に手を突っ込み、異空間から次から次へとスポーツドリンクを取り出していく。周りはアイテムボックスだと思っただろう。しかし違う。空間系の魔法だ。


「差し入れだ。キンキンに冷たいやつから常温のものまであるぞ。好きなものを飲んでくれ。数は全員分あるから」

「「「 ありがとうございます! 」」」

「シラン兄様。いつの間に……」

「いつも準備してるんだよ、俺は」


 驚いて目を見開いているアーサーの頭を、再びぐしゃぐしゃと撫でまわす。

 弟と戯れていると、とうとうジャスミンの番になったようだ。集中して、真剣な顔で真っ直ぐ見据えている。その先にいるのは、同じく真剣な表情をした橙色の琥珀アンバーの瞳の女性。ランタナだ。

 二人は一礼し、武器を構える。ジャスミンは両刃の両手剣。ランタナは細剣レイピア。緊張が高まっていく。


「アーサー。腹に力を入れておけ」

「えっ? どういうことですか?」

「いいから早く。ほら、始まるぞ」


 始め、という掛け声がしたかと思うと、一瞬で二人の姿が掻き消え、今までとは段違いの轟音が鳴り響き、爆風が吹き荒れる。

 アーサーが思わずのけ反って、後ろに倒れ込もうとするのを何とか支えた。やはりそうなったか。


「な、なんですかぁぁあああ!?」

「何って訓練。スピード系の二人の突きは音速を超えることもある。すると、衝撃波が放たれる。こんな感じに」


 あちこちで銀色の閃光が煌めき、金属がぶつかり合う甲高い音も発生する。超高速で動き回りながら、ジャスミンとランタナが戦っている。アーサーは目で捉えることも出来ないだろう。他の騎士たちは、真剣に二人の戦闘を観察している。

 今は、高速で斬りかかるジャスミンの剣を、ランタナが紙一重で避け続けている。ランタナは余裕そうだ。わざとギリギリで避けているらしい。一向に当たらず、ジャスミンには焦りが見える。

 ランタナが動いた。ジャスミンの神速の突きを、魔力で覆った片手で剣の腹を叩いて逸らせる。

 ジャスミンが驚愕で目を見開いた。行動をキャンセルできない。そのジャスミンの腹部に、ランタナは掌底を叩きこんだ。

 吹き飛ばされ、ジャスミンの身体が壁に叩きつけられた。ランタナは追撃するために疾駆するが、突如、上半身をリンボーダンスのように反らせる。

 身体や隠れ巨乳のギリギリのところを、風の刃が駆け抜けた。

 ランタナは、そのまま片手でバク転をしてジャスミンから距離を取る。ジャスミンはその隙に立ち上がって剣を構えている。仕切り直しだ。


「ジャスミンさんも強くなりましたね」

「はぁ…はぁ…全く息を荒げていない隊長に言われても、実感が湧きませんよ」


 ジャスミンは息を荒げているが、ランタナは一切呼吸を乱していない。経験の差だろう。近衛騎士団の部隊長のランタナは、王国でも十指に入る騎士だ。

 騎士団に入りたてのジャスミンは、まだまだ敵わない。


「行きます」

「ええ。どうぞ」


 呼吸を整えたジャスミンが、身体に風を纏い、疾風のごとく走り出す。ランタナも同時に地面を蹴った。再び轟音と爆風が吹き荒れる。


「シラン兄様? 何をするつもりですか?」


 あまりに大きな音に耳を塞いでいたアーサーが、宙に土魔法の石の塊を浮かべていた俺に気づいて、首をかしげて問いかけてきた。

 俺はちょっと得意げに答える。


「何って、邪魔に決まってるだろ」


 えっ、というアーサーの声を聞く前に、俺は土の塊を二人めがけて放っていた。真っ直ぐに突き進む石の塊は、ぶつかり合う二人を狙い撃ちする。

 ランタナは、平然と最小限の動きで躱し、ジャスミンは、慌てて剣で弾き飛ばす。


「えっ!? なによこれ!」


 ジャスミンが俺に気づいた。紫水晶アメジストの瞳を見開く。


「シラン!? いつの間に!?」

「ほらほら! よそ見をしている場合じゃないぞ!」


 隙を見逃すはずがない。ランタナが、体勢が崩れ、俺に意識が向いたジャスミンに容赦なく襲い掛かる。ジャスミンは再び吹き飛ばされ、地面をバウンドしながら転がっていく。


ったぁ! シラン! あんたねぇ!」

「目の前の敵だけに集中したらダメだぞ。常に周りにも気をつけないと。第三の勢力が襲ってくるかもしれないんだから」

「シラン殿下の言う通りです。ふむ。今のは良い訓練になりそうですね。すぐに取り入れましょう。殿下、感謝します」

「ああもう! あとで覚えておきなさいよぉ~!」


 おぉ怖い。あとで何されるんだろう。隣のアーサーが呆れているのは気のせいに違いない。

 咆えたジャスミンがランタナに向かって駆けていく。途中で、大きくジャンプをし、そのまま空中を浮遊する。


「ジャ、ジャスミン姉様が飛んだぁ!?」

「何驚いてるんだ、アーサー。ジャスミンは飛べるぞ」

「えぇーっ!?」


 宙に浮かぶジャスミンが、軽やかに剣舞を舞う。


「《風妖精の剣舞シルフィード・ダンス》!」


 剣や身体から真空の刃が放たれる。刃がランタナに殺到する。しかし、ランタナは全て最小限の動きで躱し、避けられないものは細剣レイピアで弾き飛ばす。まだまだ余裕そうだ。


「室内でそれはダメですよ」

「えっ?」


 真空の刃を掻い潜るランタナの姿が消えた。ジャスミンは彼女の姿を見失う。


「うがっ!?」


 予期せぬ方向から衝撃が襲い、ジャスミンは地面に叩きつけられた。

 高速で駆けたランタナは、訓練場の側面の壁を蹴り、さらに天井を蹴って、ジャスミンを背後から襲ったのだ。

 起き上がろうとするジャスミンの喉元に、細剣レイピアが突き付けられた。


「……負けました」

「はい。よく頑張りました」


 ランタナが細剣レイピアを鞘に戻す。カシャンという音が響き渡った。

 俺は立ち上がって二人に近づく。アーサーはあまりの興奮で腰が抜けて動けないようだ。ジャスミンは体力が尽きたのか、地面に寝そべっている。ランタナは涼しい顔で立っている。


「お疲れ様」


 二人にタオルと飲み物を渡した。とても楽しめた試合だった。ジャスミンは強くなったなぁ。


「あぁー! また負けたぁ!」

「ランタナに勝てるわけないだろ」

「私はもっと強くならないといけないの!」

「鍛錬あるのみ。頑張れ」

「うぅー! そうする……」


 ジャスミンが、汗を拭いたタオルを俺の顔面に投げつけてきた。突然のことで反応ができず、顔面でキャッチをする。ふわっとジャスミンの甘い香りが漂った。


「私もまだまだ鍛錬が足りませんね。もし、外でジャスミンさんが空を飛んだら、私にはなす術がありません。空からの攻撃に対処する方法を考えねば」


 それもそうだ。空を飛ぶモンスターには弱いかもしれない。魔法を放つ方法もあるが、空のほうが有利だ。

 そう言えば、ヴァルヴォッセ帝国には空を飛ぶグリフォン部隊があるって聞いたな。それの対処法も考えないといけない。


「ランタナ」

「はい、なんでしょう?」


 肌を火照らせ、優しい琥珀アンバーの瞳を潤ませたランタナが、目を瞬かせる。


「ランタナは水の上を走れるか?」

「はい。可能ですね。足の裏に魔力を通せば走れます」

「それを応用できないか? 空気を踏みしめるイメージなんだけど」

「……可能かもしれませんね。なるほど……それは思いつきませんでした」


 腕を組んで真剣に悩むランタナ。そこに、おずおずと手を挙げる女性がいた。ジャスミンだ。


「あのー? 隊長、出来ますよ。私は魔法を使って風を蹴ってます」

「そうだったのですか!? てっきり、私は風を纏っているせいだと……。すぐに訓練しなければ! レペンス騎士団長にも報告を!」


 その後、騎士団はすぐに空を駆ける訓練を始めた。流石に一日で出来る人はいなかったけど。

 でも、近衛騎士団の隊長クラスはすぐにコツを掴み、空を走ることが出来るようになったらしい。

 ドラゴニア王国の騎士団は、空の戦力を手に入れ、さらに強くなった。

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