第159話 気晴らし
「おーい。これは一体どういう状況だ?」
賑わう王都の街並みを歩きながら、可愛い可愛い使い魔たちに問いかけた。
現在時刻はもう既に午後。昼食の時間を過ぎて、おやつの時間だ。
昨晩の暗部の仕事から帰った後、使い魔たちが俺を家に帰してくれなかったのだ。お昼を過ぎてようやく娼館からの退出を認められた。
折角だから街を散策して帰ろうと思ったのだが、使い魔たちが俺を監視している。
俺の左肩には仔狼姿になった
周囲から物凄い注目が集まっている。
「どういう状況って、ただの女遊びよ」
「女遊びって…せめてデートにしてくれよ」
「そういうことにしておいてあげる」
「そういうことって…まあいいや。そんなに監視しなくても俺は大丈夫だぞ」
昨夜、俺はオークに囚われていた女性たちを殺した。表現しようのない感情が俺の心を蝕んでいる。
犯罪者を殺すのは割り切ることが出来る。他国からのスパイも。それは俺が選んだ道だからだ。でも、全く罪のない人を殺すのは辛い。きつい。殺す以外の方法がなかったとしてもだ。
何度も経験したことだ。俺は大丈夫。大丈夫だから。
感情を心に押し込んで隠す。
「全然大丈夫じゃないわ」
美少女姿のファナが血のように紅い瞳で儚げに微笑んだ。
「俺は大丈夫だって」
「いいえ」
「いつも通りだろ?」
「いいえ」
「俺は大丈夫だ」
「いいえ。全然大丈夫じゃないわ」
「俺は大丈夫だって言ってるだろっ!」
思わず大声で怒鳴った。怒りがムカムカと湧き上がる。
そして、俺はハッと我に返った。いつもの俺なら八つ当たりなんてしない。
理不尽な怒りを、やり場のない感情を、ファナにぶつけてしまった。猛烈な後悔が襲ってくる。罪悪感が更に心を蝕む。自分を責める。
しかし、怒鳴られてもファナは顔色一つ変えなかった。むしろ、心配そうに俺の頬を手で挟み込んでくる。
俺は彼女と目を合わせることが出来ずに、スッと視線を逸らした。
「………ごめん」
「ほら。わかったでしょう? 普段のあなたなら怒鳴ったりしない。今のあなたから目を離すわけにはいかないの。大人しく女遊びに興じなさい」
「………わかった。だからデートにしてくれ」
優しい声で諭されて、俺は大人しくファナの命令に従うことにする。
俺たちは王都の街をぶらついてデートをする。何故か今日は少しだけ色あせて見える。俺の心が疲れているせいかな。
ただ歩きながらファナが喋る。
「生き物を殺す。それは精神的に辛いことよ。だから、お酒や異性やギャンブルで発散する。冒険者は特にね。それでも精神を病む人もいるわ。あなたは殺しをするには優しすぎる」
何度もファナに言われてきた言葉だ。何度も何度も聞いてきた。俺は何度も何度も同じ回答をする。
「俺が選んだ道だ」
左手を、何人も殺して血で濡れた手を、眩しく輝く太陽に向ける。
「死んだら地獄に行きそうだな」
「ふふっ。大丈夫よ。あなたは私たちと契約しているせいで死ねないわ。生き天国よ」
「……生き地獄じゃないのか?」
「あら? 美女や美少女が選り取り見取りなのに地獄なのかしら?」
「天国です」
「よろしい!」
満足げにファナが微笑んだ。少女の姿なのに、大人っぽい妖艶さと色香が漂っている。
俺の可愛い使い魔たち。弱った時や辛い時には必ず傍に居てくれる。本当にありがたい。
「弱った時ほど頼りなさい。慰めてあげるから。それとも、いつも通り襲ったほうがいいかしら? あなたってこういう時は手を出さないで、弱音も性欲も全部一人で我慢して溜め込もうとするから、私たちが半ば無理やり襲って吐き出させるしかないのよね」
「いつも襲ってくる気が…」
「デートに集中しましょう!」
はぐらかしたな。明らかに話をぶった切った。視線も合わせないし。
まあいいや。デートに集中しますか。ファナは忙しいからなかなかデートできないし。楽しもう。
歩いていると、肉屋の前に怪しい三人組がいた。黒いフード付きのローブを被っている。二人が肉屋の店主と値段交渉をしており、残る一人はそれを眺めてボーっと突っ立っている。その人物が俺に気づいた。
「あれ? シラン?」
近寄ってきたフードの女性が顔を覗かせた。年齢は俺と近い美女。燃えるような赤い髪と
アルスはファナに視線を向け、そして俺の肩と頭の上に注目する。
「モフモフ!」
「もふもふ?」
「じゃなかった! なになに? 夜遊び王子様はデート中?」
「そうだな。デート中だ。というか、俺の正体がわかったんだな」
「シランの名前は有名だったからね」
クスクスと笑い声をあげるアルス。俺を軽蔑しないようだ。
ひとしきり笑ったアルスは、ふと俺の顔を見つめると、軽く首をかしげて近寄り、至近距離でじーっと凝視してくる。
「ねえ? 疲れてる? 顔色は……悪くないけど、なんか変。なんて言えばいいのかな? ガラスに罅が入った感じ?」
ほら、とファナが咎めるように俺を睨み、
わかった。わかったから。せめて肉球ペチペチは止めろ! 気持ちいいけど!
あまり触れられたくなかったから話を変えることにする。
「アルスは何をしてるんだ?」
「あたし? あたしは仲間と一緒に買い物中。近々依頼で遠くに行くから。またここに戻ってくるけど」
肉屋と取引している仲間であろうローブ姿の二人組を眺める。
「そう言えばアルスは冒険者だったな」
「そうよ。稼がないといけないの。今度の依頼は、報酬はいいけど
アルスはローザの街の《
「呪いに気をつけろよ。今の呪いに絡まって複雑になるぞ」
「大丈夫だいじょーぶ! 魔法抵抗力高いし! それに、幸運のお守りもあるし」
そう言って、胸元から軽く見せてくれたのは赤い百合水仙のネックレスだった。俺がプレゼントしたものだ。つけてくれているらしい。
「って、あれ? あたし呪いのことシランに言ったっけ?」
「アルス様!」
「勝手に離れないでくださいと何度言えばわかってくださるのですか?」
コテンと首をかしげたアルスは、仲間の女性の声にビクッと身体を震わせて小さくなった。二人はアルスを庇うように立ち、俺を睨んで殺気を向けてくる。
「えーっと、紹介するね。彼はシラン。テントの魔道具をくれた人。シラン、彼女たちはフウロとラティ。あたしの大切な仲間」
二人がフードを外した。
「フウロです。貴方がアルス様の裸体を覗いた変態のド畜生ですか」
「ラティフォリアと申します。気軽にラティとお呼びください、アルス様にネックレスをプレゼントした下衆野郎様」
うわぁ~。敵意が凄~い。オブラートで包み隠そうともしない辛辣なお言葉ですな。エリカも真っ青だ。いや、エリカのほうがもっとすごいな。
濃ゆいピンク色の髪の目つきが鋭い女性がフウロさんで、毛先がピンク色の白髪を持つおっとり美女がラティさんね。顔と名前は覚えた。というか、初対面でこんなに睨まれたら忘れられない。
アルスがいなかったら俺は殺されていたかもしれない。
「ちょっと! 二人ともシランに失礼! 謝って!」
「申し訳ありません………ちっ!」
「あらら。本当に申し訳ございません。つい本音が」
謝る気ないですよね? 頭も下げないし。
まあ、気持ちはわかる。大切な仲間の裸を見られて、プレゼントを渡されたら、警戒するだろう。いや、仲間というより彼女たちは従者でアルスが主か?
「アルス様。干し肉は手に入りました。次に行きますよ」
「遠出ならドライフルーツもいいぞ」
「あっ! シラン、ナイスアイデア! それ決定!」
おぉう。怖い怖い。口を挟むな、とフウロさんとラティさんから睨まれたんだけど。
なんかごめんなさい。
「ド畜生にしては良いアイデアです」
「ありがとうございます、下衆野郎様。参考にさせていただきます。では、我々はそろそろ失礼します」
「ちょっと! 引っ張らないでぇ~! シランまたね~! ゆっくり休んでね~!」
「おーう! 気をつけろよ~!」
両腕をガッチリと掴まれたアルスは、ズルズルと引きずられて連行されていった。
なんかこう、慣れた様子があるのは何故だろう?
フードを深く被り直した三人は、雑踏の中に消えて完全に見えなくなる。
「へぇー。いいわね、赤い髪のあの子。美味しそうだったわ。呪われてるけど」
「ファナのお眼鏡に敵いましたか。でも、血は吸うなよ」
「吸わないわよ。あなたので十分。でも、ふぅ~ん……あの子がねぇ」
「何か知っているのか?」
「いいえ。何も」
このファナの笑顔は知っているけど教えないっていう顔だ。教えないということは大切じゃないってことでもある。気にしなくていいか。
俺は
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