第132話 ハニートラップ

 

 夜のフェアリア皇国。自然豊かな街並みが、魔法の明かりで美しくライトアップされている。人工的な演出ではなく、あくまでも自然が優先されており、樹々や植物が夜の闇に浮かび上がり、幻想的な雰囲気だ。まるで妖精の国。

 街のドレスコードのあるちょっと高級レストランで、俺は城をこそっと抜け出して、美女たちとデートをしていた。お相手は、美しく着飾った我が婚約者様、ジャスミンとリリアーネだ。二人は綺麗すぎるから、軽い認識阻害の結界を張っている。

 毎日夜に帰ってイチャイチャしていたけど、今夜は約束していた皇国デートをしている。昼間は俺もランタナたちに監視されてるから、夜くらいしか出歩けないのは残念だけど。

 美味しい料理に頬を緩ませながら、楽しくお喋りをする。


「シラン、こっちはどう? 女性を口説いたりしてないわよね?」


 ジャスミンのジト目が突き刺さる。何も心当たりはないのに、何故かドキッとしてしまった。俺はブンブンと激しく首を横に振る。

 でも、ジャスミンのジト目が更にじっとりと濡れる。雨の日よりもじっとりしている。リリアーネもジトーッと見つめてきた。


「………女の影」

「複数人…でしょうか?」

「な、何言ってんだ!? 俺は大人しくしてるぞ!」


 本当かしら、と疑い深い二人の眼差し。全く心当たりはないのに、背中に冷や汗が流れる。な、何故だっ!?

 二人は同時に深いため息をついた。


「手を出したらちゃんと責任取りなさいよ。やり逃げしたら私たちが許さないから」


 俺、独占欲強いから、その気は全くないんですけど…。というか、行儀が悪いからナイフを突き付けないでください。ジャスミンが握ると刺されそうで怖いです。あっ…リリアーネも笑顔でナイフを握ってる…ガクガクブルブル。


「こちらの皇族の方々はどのような方々なのですか?」

「う~ん…美男美女で優しい人たちなんだけど…」

「けど?」

「皇王陛下の考えが読めないんだよなぁ。一体何を考えてるんだろう?」

「一国の王ってそんなもんでしょ」


 ジャスミンがあっけらかんと言い、デザートのアイスをパクっと食べ、美味しそうに顔を蕩けさせる。確かにそうなんですけど。

 ジャスミンのアイスも食べたいなぁ、と思っていたら、スゥッとスプーンが差し出されたので、パクっと食べた。うん、美味しい。あ~んされるとより美味しく感じる。リリアーネもあ~んしてくれるんですか。ふむ、こっちも美味しいです。

 俺たちはデザートを食べさせ合う。


「皇族と言えば、第二皇女殿下とよく喋るんだけど…」

「ヒース皇女殿下だっけ?」

「名前は聞いたことがありますね。表舞台には出てこないとか…」

「そうそう。訳ありで引きこもってたんだけど、お転婆と言うか、箱入り娘と言うか、世間知らずと言うか…」

「なに? 少し前のリリアーネって感じ?」

「まあ、性格は似てないけど、イメージはそう。初めて会った時、リリアーネは俺が夜遊びに誘ったら即答してたなぁ…」


 まだそれほど時間は経っていないのに、懐かしく感じる。あの時は思わずお茶を噴き出してしまったなぁ。懐かしい過去だ。性的な知識も全くなかったのに、今では…。成長しましたなぁ。

 恥ずかしさで頬を赤くしたリリアーネは、俺とジャスミンに温かい眼差しで見つめられ、あたふたと慌てて弁解する。


「あ、あの時は何も知らなかったのです! 今ではちゃんとわかっていますから!」

「貴族とのやり取りは?」

「それは…まだ勉強中ですけど…」


 もじもじとするリリアーネが可愛い。可愛い姿を見せてくれたので、お礼に俺のデザートをあげよう。恥ずかしさと嬉しさが半分半分の顔で、リリアーネはパクっと頬張った。ジャスミンもリリアーネにあ~んをして食べさせている。仲は良さそうだ。

 貴族とのやり取りは、回数をこなすしかない。場数が大事だ。リリアーネもヒースも数多く経験するしか学ぶ方法はないだろう。貴族には腹黒さが必要だ。


「シラン様。ヒース殿下のことを守ってあげてくださいね? もう無自覚に口説いていらっしゃるでしょうし」

「リリアーネさんっ!?」


 揶揄う口調だったけど、蒼玉サファイアの瞳は真剣だ。前にリリアーネに言われたな。口説くなら最後まで責任取れって。いや、ヒースを口説いた覚えはないんですけど!

 ジャスミンが俺のデザートを勝手にパクパク食べながら言った。


「既成事実には気を付けなさいよね。褒められた方法ではないけれど、結婚するためにそういう方法を取る貴族もいるから。既成事実を作ったらもう終わりよ」

「………既成事実を作りやがった女性が、今俺の目の前に二人もいるんだけど」


 心当たりがある公爵令嬢の二人が、スゥーッと顔を逸らした。

 勝手に引っ越してきて、噂を広め、外堀を完璧に埋めて、婚約するしかない状況を作り出したのは、どこの誰だろうね?

 俺の屋敷に二人が泊まった時点で、俺はもう終わったんだけどな。


「あ、あと、美人局つつもたせにも気を付けなさい!」

「それって、娘に手を出したなら責任取れって親が脅してきたりとか?」


 心当たりがある公爵令嬢の二人が、再びスゥーっと顔を逸らした。

 幸せにしろって脅されたなぁ。二人の親、ヴェリタス公爵とグロリア公爵は超武闘派で知られる貴族だから、ジャスミンとリリアーネを泣かせたら刺されそうだ。ヴェリタス公爵にはもう一回刺されてるけど。


「と、とにかく気を付けなさい!」

「ジャスミンさん。既成事実や美人局に引っかからないように、私たちがハニートラップを仕掛けて、シラン様の欲求を解消すれば良いのではないでしょうか?」

「ナイスアイデアね!」


 ナイスアイデアって、俺は毎日二人にハニートラップを仕掛けられてるんですが。これ以上俺を引っかけてどうしたいんだ!?

 食べ終わった二人は、スクっと立ち上がって、俺の腕を掴む。そして、美しく輝く笑顔を浮かべた。


「シラン、行くわよ」

「今日はお泊りです」

「えぇっ!?」


 呆然とする俺は、美しい婚約者二人に引きずられた。

 お店を出た俺たちは、ちょっと着替えて街を歩き、人がいないところで転移をする。

 今日は朝まで二人と居るつもりだ。お泊りだけど、泊まる場所はホテルではない。

 転移した先は、美しい森の中。目の前には透き通った湖。鏡のような水面に、夜空の月が反射している。ピュアとインピュアと散歩してる時に見つけた場所だ。

 二人が見惚れている隙に、魔道具を取り出して結界を張り、野営の準備をする。今日は人気ひとけのない、自然豊かなこの場所で一夜を明かすのだ。


「綺麗ですね」

「そうね」


 二人は気に入ってくれたようだ。よかったよかった。でも、まだサプライズはあるのだ。


「ケレナ。頼んだ」

「はい」


 使い魔のケレナが顕現する。美しい巨乳美人なのだが、首に巻かれたペット用の首輪に目が行ってしまう。ちなみに、ネームプレートには豚のイラストと『けれな』と書かれている。

 ケレナは目を閉じて、呼吸を整えると、静かに歌い出した。


「~~~♪ ~~~♪」


 森や湖にケレナの美しい歌声が響き渡る。普段のケレナからは想像もできないほど、歌う姿は綺麗だった。いや、ケレナは綺麗で美人なんだけど、嬌声を上げて痙攣している印象が強くて…。

 澄み渡った歌声が森に、湖に、空気に、世界に溶け込んでいく。

 周囲の景色が一変した。

 ありとあらゆる生き物が生命力に溢れ、力強さと美しさを放つ。そして、小さな色とりどりの光の玉が出現した。フワフワと舞ったり、点滅したり、綺麗な光を放つ。


「ねぇ…なにあれ?」

「あれは小精霊だよ。フェアリア皇国は妖精って呼んでるけど。力が弱くて、普通の人には見えない精霊たちだ」


 自然が存在すれば、あらゆる場所に存在する精霊。この小精霊たちが長い年月を経て、力を増すと、人の目にも見えるようになったり、精霊使いが使役したりする。子供も作れるらしい。

 世界樹のケレナの力により、この普段は見えない小精霊たちの姿が見えるようになったのだ。


「いや、そっちじゃなくて、歌ってるあの人よ」


 ジャスミンが困惑してケレナを指さす。リリアーネも首をかしげている。


「ケレナがどうかしたか?」

「別人ではないでしょうか?」

「~~~♪ んふぅっ♡ ~~~♪」


 んっ? 今一瞬、歌声が途切れなかったか? 俺の気のせい?

 でも、二人の言いたいことはよくわかる。変態のケレナとは全然印象が違うよな。別人と思うよな。


「どうしようもないドМで変態で家畜の雌豚だけど、アレでも一応世界樹なんだ。残念なことに」

「おうふぅっ♡」


 俺はロープを取り出して、小刻みに震えているケレナの首輪に繋ぎ、近くの木に結び付けて、何事もなかったかのようにジャスミンとリリアーネに向き直った。背後から気持ちよさそうな歌声は聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ!


「さてと。ジャスミンとリリアーネはどんなハニートラップを仕掛けてくれるのかな?」

「………後ろは無視するの?」

「えっ? 後ろ? 誰もいないぞ」

「あふぅんっ♡ あへぇ~♡」


 んっ? 獣の叫び声か? 流石、自然豊かな森の中だな。動物たちも元気なのだろう。


「いやでも…ケレナさんが…」

「ケレナ? 世界樹だから放っておいていいだろ………喜んでるし」

「おふぅ~♡」


 ビクビクと震えて、樹液を垂れ流している世界樹。ジャスミンとリリアーネはケレナから視線を外した。


「………それもそうね」

「むしろ、そのままにして欲しいって訴えてますね…」


 うん、俺もそう思う。だからドМの変態は放っておこう。

 ジャスミンとリリアーネがぎゅっと抱きついてきた。甘い香りがふわっと漂う。


「では、ハニートラップを仕掛けますね」

「覚悟しなさい!」


 婚約者二人が美しく妖艶に微笑んだ。

 俺と恋人たちの夜が更けていく。

 湖が一望できる自然豊かな森の中の野営地で仕掛けられたハニートラップは、とても素晴らしいものだった。


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