第125話 晩餐
新鮮な野菜や果物が多くテーブルに並んでいる。座っているのは俺を含めて五人。皇王オベイロン・フェアリア陛下と皇王妃ティターニア殿下、第一皇女エフリ殿下に第一皇子ジン殿下、そして俺だ。
謁見が行われることなく、呼び出しがあったと思ったら皇族と晩餐会だった。
もう意味が分からない! 一体何をしたいんだ!?
テーブルマナーに気をつけながら、パクパクと料理を口にする。
料理はとても美味しい。お肉や魚もあるけど、さっぱりしてて食べやすい。特に野菜は絶品だ。みずみずしくて甘い。流石自然豊かな国だ。
「お口に合いましたか?」
「ええ、とても美味しいです」
「それは良かったです」
オベイロン皇王陛下がニッコリと優しく微笑む。本当に喜んでいるように見える。裏の顔が全然わからない。
少し談笑して、皇王陛下がさりげなく話題を変える。
「招待された親龍祭についてですが…」
ここでぶっこんできますか!? ただの夕食中に!?
俺の仕事は皇王陛下が親龍祭に出席するかどうか確認することだ。謁見が行われて、陛下のお言葉をもらうと想定していたのに、ただの私的な場所で言いますか…。
「喜んで出席させていただきます。妻や子供たちも連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。我が国は歓迎いたします」
皇族全員がニッコリと微笑み、感謝の意を表するために軽く会釈をした。
フェアリア皇国の皇王陛下や皇王妃殿下、皇女や皇子も参加予定っと。俺の仕事は終わり! あとは、何故俺を招待したのかわかればいいんだけど。
「シラン王子殿下はどのくらい滞在される予定でしょうか?」
「5日と予定しておりますが」
これは皇国にも言っているはずだ。なのに何故わざわざ聞いてくる?
腹の探り合いだ。これだから貴族のやり取りは嫌なんだ。裏まで考えないとやっていけない。
「もう少し滞在されてはいかがでしょう? 我が国をシラン王子殿下に良く知っていただきたいのです」
なにが狙いだ? 俺を引き止めて何をさせたい?
悩むフリをしつつ、俺は即座に念話を飛ばす。飛ばした相手はソラとハイドとランタナだ。こういう時に念話は便利だ。
『皇王陛下から滞在延長の申し出があった。延長は可能か?』
『はい、可能です』
『ご主人様のお好きなように』
『ふぇっ!? シ、シラン殿下!?』
ハイドとソラは即座に答えたが、ランタナは珍しく動揺した声を上げた。突然のことに驚いたのだろう。最初の驚く声はとても可愛かった。
『ランタナ。落ち着け。滞在延長は可能か?』
『すぅー……はい。可能です』
深く息を吸って心を落ち着かせるランタナ。すぐに真面目な声で返答があった。
よし、全員大丈夫そうだ。皇王陛下の狙いはわからないが、乗ってやろう。
『では、延長の方向で返事をする』
顔を上げて皇王陛下と目を合わせて、微笑みながら答える。
「ぜひ、そうさせてください」
「それは良かった。僕が殿下をご案内したいのですが、あいにく仕事が溜まっておりまして…エフリ、ジン、どちらか予定は空いていますか?」
「何とか頑張れば…」
「私もです…」
「困りましたね。後は殿下をご案内できるのはあの子だけなのですが…」
皇王陛下が腕を組んで悩む。あの子というのは第二皇女ヒース殿下のことだろうか? そういえば、彼女はここにいないな。出迎えの時にもいなかった。一体どうしたんだろう?
「失礼ながら、あの子というのはヒース皇女殿下のことでしょうか?」
「ええ。今日は残念ながら体調が悪いそうでこの場にはいませんが、殿下のご案内をできるかどうか、あとで聞いておきますね」
「わかりました」
「もしダメな場合は、侍女のエリカに頼んでください。彼女は喋ることはできませんが、非常に優秀です」
「ええ、わかりました」
一国の王の推薦&褒め言葉とかすごいなぁ。エリカはそれほど優秀なのか。ヒース皇女殿下の専属メイドらしいし、傷があって喋れないにもかかわらず俺のお世話係になったのも、この口ぶりからすると皇王陛下の采配だろう。
そんなにすごいメイドなのか。毒舌で、王子の俺にズバズバものを言って揶揄うくらい良い性格してるけど。
「シラン殿下。デザートもあるので、ぜひ召し上がってくださいね」
満足そうに微笑む爽やかハンサムの皇王陛下には、まるで、行き遅れた娘が結婚相手を連れてきた、みたいなホッと安堵する父親の雰囲気が漂っていた。
▼▼▼
ここはどこかの塔の上。必要最低限の家具しかない、牢獄のような無機質な石壁の部屋だ。
天蓋付きの豪華なベッドに、寝る準備を整えたネグリジェ姿の少女が横になっていた。その少女が、ガバっと勢いよく起き上がる。
「えぇっ!? シラン様がこの国に来てるの!? それも城にっ!? ちょっと早く言ってよ! 私知らなかったんだけど! どうして教えてくれなかったの!?」
恨みがましい視線を虚空に向け、ムゥッと拗ねたように頬を膨らませる。顔をあちこちに向け、膨れて無言の抗議をする。
妖精のように可愛らしいアルビノの少女だ。彼女の名前はヒース・フェアリア。14歳。フェアリア皇国の第二皇女。
彼女は、この塔の上の部屋に閉じこもっていた。
埒が明かないと判断した少女は、側に控えていた侍女のほうを向く。黄色を帯びた白髪がふわりと舞った。
「エリカ! エリカも知ってたんでしょ! 知ってたなら教えてよ!」
白みがかった黄色の髪をボブカットにしたクールな雰囲気の女性が、ベッドのそばで無言で佇んでいた。ヒースと姉妹のように顔が似ている。
たった一人の専属メイドのエリカは、綺麗な赤紫色の瞳で
「………」
「聞かれなかったから、じゃなーい! ねぇねぇ! シラン様はどうだった? かっこよかった? やっぱり女誑しだった? 口説かれた? もしかしてエリカはもう…きゃー!」
エリカは無言だったのだが、おませなヒースは一人で盛り上がって、枕を抱きしめてベッドの上でバタバタと暴れる。
そんなヒースをエリカは無言で窘めた。
「………」
「はしたないって? えぇー。いいじゃんいいじゃん! ここには私たちしかいないんだから、ぶっちゃけトークしよーよ! どうだったの、実際会ってみて。会ったんでしょ! 別の仕事ってシラン様のお世話だったんでしょ! 教えてよー!」
興味津々のヒース。エリカは僅かに視線を逸らした。ヒースは目ざとく気づく。
「あっ。視線逸らした。一体何があったんだー! 教えろー!」
「………」
「嫌です、じゃなーい! 教えるのだー! 教えて教えて教えてー!」
ヒースはバタバタとベッドで暴れて、駄々をこねる。エリカは、はぁ、とため息をついて観念した。
「………」
「おぉ!
「………」
「またまたぁ~! 強がらなくても私にはわかるよぉ~! 褒められて嬉しかったんでしょ? 心がウキウキしてるし、足取りも弾んでたよ」
「………」
「気のせいじゃないって! 認めなよ~。私にはわかるのです! ………おろ?」
ベッドの上に座って、ドヤ顔で得意げに膨らみ始めた成長途中の胸を張っていたら、エリカによって倒され、そのままシーツをかけられる。寝ろ、ということらしい。
「誤魔化したでしょ」
「………」
「うるさいって言われた!」
ヒースはキャッキャッと楽しげに笑う。彼女は眠くなると笑う癖があるのだ。そんな彼女の頭をエリカは優しく撫でる。
ひとしきり笑ったヒースは、目をグシグシと拭い、可愛らしく欠伸をする。
「最近、エリカの青緑色の瞳を見てないなぁ…。今度見せて」
「………」
「どうにもならないって言われても、気合いだよ気合い! んって力を入れれば……逆に赤くなっちゃうか。困ったなぁ」
再びヒースはケタケタ笑う。
「エリカ。明日の朝食は一緒に食べるってお父様たちに言っておいて」
「………」
「そんなに心配しなくても大丈夫。彼女もいるし。うわぁー。とっても楽しそう。すっごくニヤニヤしてる。えっ? 驚く顔が楽しみ? そうだね。シラン様はどんな顔をするかな?」
虚空を見つめてヒースもニヤニヤして、明日のことに思いを馳せる。
眠くなったヒースの瞼が、エリカに頭を撫でられるたびに、徐々に閉じられていく。
「………」
「うん…おやすみ」
小さく呟いたヒースは、その彩り鮮やかな瞳を閉じる。
エリカはしばらくの間、ヒースの頭を撫でると、シーツをかけ直し、ドアの前で一礼すると、音を立てないように静かに部屋から出て行くのだった。
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