第64話 子供騒動 (改稿済み)
お昼の街。俺はのんびりと馬車に揺られていた。お買い物を済ませて帰宅中。
横になって使い魔のソラの太ももを枕にしている。
肉付きの良い柔らかな太ももが気持ちいい。甘い香りがして癒される。
優しく頭を撫でてくれるのは至福のひと時だ。
その様子を、羨ましそうにリリアーネが眺めている。でも、これはソラの特権なのだ。我慢してください。
そろそろ屋敷に着くかなぁと思い始めた時、コンコンと馬車の屋根が叩かれた。
トンっと軽く飛び降りる音が聞こえ、御者席から紫色の瞳の女性が顔を出した。
「シラン。屋敷の門の辺りがちょっと騒がしそうなんだけど」
馬車の屋根の上で警護をしていた近衛騎士であり婚約者でもあるジャスミンが、周囲を警戒したまま、緊張感を含んだ声で言った。
ちょっと顔を窓から出して確認してみる。
ジャスミンの言う通り、屋敷の門の辺りに人だかりができている。このままだと馬車が通れない。
一体何事だろう?
「ちょっ!? シラン!? なんで出ようとしてるの! 危ないから馬車の中にいなさい!」
「ちょっと確認するだけだから大丈夫大丈夫!」
慌てたジャスミンの声が飛んできたけどもう遅い。俺は馬車から出てしまっている。
馬車から降りると俺に注目が集まる。
御者席から近衛騎士の鎧に身を包んだジャスミンが飛び降りて、剣の柄に手をかける。鋭い瞳で警戒している。
俺は屋敷の門を警護している使い魔に声をかけた。
「これは一体何事なんだ?」
「お帰りなさいませ、ご主人様。これはその……」
「シラン殿下!」
人混みの中から一人の女性が俺の前に飛び出してきた。生後間もない赤ちゃんを抱いた若い女性だ。
俺に縋りついて来ようとしたけど、ジャスミンに剣を向けられ、顔を青ざめながら立ち止まった。
「それ以上近づくと殺します」
近衛騎士としてのジャスミンの殺気を含んだ鋭い声。
女性の腕の中の赤ちゃんが目を覚まして大声で泣き始める。女性は慌てて赤ちゃんをあやし始めたが、たどたどしくて上手くいかない。赤ちゃんが更に大きな声で泣き始める。
「えーっと、何の用だ?」
訳がわからないから赤ちゃんを抱いた女性に聞いてみた。
女性は待ってましたとばかりに周囲の野次馬たちに聞こえるように大声で言い放った。
「この子は、シラン殿下の子供です!」
「はぁっ!?」
真っ先に大声を出したのは俺を護衛しているジャスミンだ。グリンっと怖い動きで首だけ振り返り、鋭い紫色の瞳で、どういうこと、と問い詰められる。
俺の背後でもハッと息を飲む音が聞こえた。
背後に立っていたのはリリアーネ。青い瞳をカッと見開いて固まっている。
「シラン様……」
驚愕で固まっている婚約者は置いておいて、俺は赤ちゃんを抱いた女性に近づいた。
ふむふむ。見たことない女性だな。洋服はブランド物……ではないな。ニセモノだ。手はご丁寧にネイルまでされている。見た目は綺麗そうに見える女性だが、結構濃い化粧をしている。香水も強い。指輪もネックレスもピアスもつけている。
本当にこの赤ちゃんの母親か?
「ふむ……」
じーっと観察していると、媚を売るようにあざとく上目遣いをしてきた。
「シラン殿下? 私のことを覚えていますよね?」
「いや、全く」
俺は正直に述べる。本当に記憶がない。抱いた女性は全て覚えているんだけどな。だって使い魔だけだから! 使い魔以外で抱いたのはジャスミンとリリアーネだけなんです!
女性はショックを受けて崩れ落ちた。周囲から非難の声が上がる。特に女性からは物凄い罵倒が吐き出される。
でも、近くにいる俺は、わざとらしい、しか感じないんだよな、この女性。
「うぅ……酷い。私の初めてだったのに……責任取るって……。あれだけ愛し合ったのに……」
「シ~ラ~ン~?」
「シラン様?」
おっと。我が婚約者のお二人がニッコリと微笑んでいる。でも、俺には般若の顔にしか見えない。鬼だ。鬼がいるぞ! ガクガクブルブル。
「ちょっと落ち着いて、ジャスミン、リリアーネ! そこの貴女、出身は?」
「ライアの街です」
「俺と寝たっていうのもライアの街か?」
「はい。そうです」
ライアの街ねぇ。何度か行ったけど、全然身に覚えがないなぁ。
というか、この女性が抱いてる赤ちゃんはドワーフ族じゃね? 女性はドワーフ族には見えないんだけど……怪しすぎる。
訝しげな俺の視線に気づいたのか、女性が慌てて俺に縋りついてきた。
「結婚しろなんて言いません! お金もいりません! ただ、この子を認知してくれるだけでいいんです! お願いします。お願いします。お願いします!」
「認知したら、その子に王位継承権が与えられるだろう?」
王族の血を引くなら、放棄しなければ王位継承権は与えられるのだ。俺はとても低いし、俺も子供も当然低くなるけど。
それに、王子の俺と関係を持った女性ということになるし、王子の子供を産んだということにもなる。良いか悪いかわからないけれど有名になること間違いなしだ。
俺が認知しないと発言したことにより、周囲から罵倒の声が上がる。ジャスミンとリリアーネも厳しい視線を俺に送ってくる。
面倒だからさっさとケリをつけるか。
「じゃあ、本当に俺の子供かどうか、はっきりさせようか。真偽官にお願いしてみよう。俺の知り合いに特級の資格を持つ真偽官がいるから」
「えっ……?」
女性の顔が明らかに動揺し、サァーッ真っ青になっていく。冷や汗がダラダラと流れていく。
真偽官とは、人の嘘を見抜く才能を持った人たちだ。主に裁判所の裁判官として働いている。その才能は希少で、嘘を見抜く力の強さも千差万別だ。
初級、中級、上級、特級と世界共通で資格が決まっており、最上位の特級の資格を持つ真偽官は100%の確率で嘘を見抜くことができる。
「もし、王子の俺に嘘をついていたとしたら、どうなるかわかるよね? 今なら許すけど? どうする?」
「ひぃっ!? 申し訳ありませんでしたー!」
女性が赤ちゃんを地面に寝かせて、脱兎のごとく逃げ出した。
逃げ足は速い女性。瞬く間に人混みの中に消えていった。
残された赤ちゃんは大声を上げて泣き叫んでいる。
仕方がないから抱き上げてあやすことにする。
「ほれほれ~! 良い子でちゅねぇ~! あっ! 誰か警備隊呼んで!」
野次馬たちは固まっているから、使い魔たちが警備隊を呼びに行く。
腕の中の赤ちゃんはすぐに泣き止んだ。
ふっふっふ! 孤児院通いで培った技術を嘗めるな! 俺は子供に大人気なんだぞ!
「シ、シラン?」
「シラン様?」
「んっ? どうしたんだ?」
困惑しているジャスミンとリリアーネが恐る恐る声をかけてきた。
状況がよく呑み込めていない、という顔をしている。
「一体どういうこと?」
「えーっと、簡単に言うとこの子の誘拐と詐欺未遂? よくいるんだよね、俺の子供と偽って連れて来る人が。大体が金目当て。自分の子供だったらまあいいけど、時々誘拐した子供を連れて来るんだよ。今みたいに」
「えっ? えぇっ!? その子はシラン様の子供じゃなくて、誘拐されていたんですか!?」
「たぶんね。置いて行ったし、この子、ドワーフ族だし」
ようやく理解できた二人が、可愛い赤ちゃんに癒されながらも、あの女性に対して怒りの炎を燃やしている。
「なんて奴……」
「そんな人に騙されるなんて……」
「またこういうことあると思うからよろしく。俺はちゃんと避妊してるから安心してくれ」
「女遊びなんかしなければいいのよ! このバカ!」
ジャスミンの大声で赤ちゃんが泣きだしそうになる。
しまった、という顔になったジャスミン。俺は身体を揺らしてあやし続ける。
すぐに赤ちゃんは安心して眠ってしまった。
ふぅ、と安堵の息を吐き、ジャスミンがジト目を向けてくる。
「……あんた慣れすぎ」
「ふふん! 孤児院で慣れているのだ!」
「精神年齢が近いので、落ち着くのではありませんか?」
「なるほど! リリアーネ、良いこと言うわね!」
「ちょっと! 俺に酷くない!?」
珍しくリリアーネが冗談を言ってクスクスと笑っている。
でも、ジャスミンは本気で思っているようだ。
流石にここまで精神年齢は低くないぞ! 俺はもっと上だ! 流石に精神年齢は二桁ある!
「……赤ちゃん、欲しいわね」
「……ええ、そうですね」
眠る赤ちゃんを見つめてボソッと呟いた二人が、今度は物欲しそうにじーっと俺を見つめてくる。
えーっと、赤ちゃんはですね、一緒に頑張ろう、としか言えませんね。こればかりは運なので。
二人の婚約者の視線にタジタジとした俺は、警備隊が到着し、事情聴取を行われるまで赤ちゃんをあやし続けるのだった。
ちなみに、すぐに赤ちゃんの親は見つかり、騙しに来た女性も捕まったそうだ。
めでたしめでたし。
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