第62話 闇夜の仕事

 

『――――ということがあったんだよ』

『私に惚気られても困るのだけど?』


 吸血鬼の真祖の美女の呆れ声が頭に響き渡る。

 暇だったからファナに今日の出来事を報告していた。ジャスミンとリリアーネに捕まった話だ。

 今は真夜中。俺は暗部の任務を遂行中。

 城の周囲を警護し、暗殺者たちが忍び込まないように監視をしている。

 暗殺者を雇うのは、他国だったり、犯罪組織だったり、王族を気に入らない平民だったり、貴族だったり様々だ。

 毎日毎日ご苦労様です。本当に飽きないね。

 城の警護も暗部の仕事の一つだ。俺たちは暗殺者だから、彼らが狙いそうなことはよくわかっている。

 あの建物の陰とか潜みやすいんだよね。ほらいた。

 隠れていた暗殺者に一瞬で近づいて、跡形もなく消し飛ばす。痕跡も一切残さない。知覚すらできなかっただろう。

 これが俺たちの仕事だ。


『一名様地獄へようこそ!』

『あなた、お疲れ様』

『疲れてはないけどね』


 俺はすぐさま周囲へ飛び去り、暗殺者に備える。

 暗殺者を見つけては殺し、見つけては殺す。殺す瞬間に記憶をぶっこ抜いているから、背後も調べる予定だ。まあ、黒幕が簡単にわかることはないだろうけど。

 単純作業で眠くなるから、吸血鬼のファナとお喋りを続ける。


『婚約者は大事にしなさいよ』

『そりゃわかってるさ』

『前のあの金髪ドリルは最低だったから…。何度血祭りにあげたいと思ったことか』

『ファナもか。みんなを抑えるのが大変だった…』

『あの子はダメね。あなたに相応しくないわ。その点、《神龍の紫水晶アメジスト》と《神龍の蒼玉サファイア》はいいわね。綺麗だし可愛いしいい香りがして可愛いし!』

『みんなに人気だな、あの二人は』

『そうね。思わず血を吸いたくなるわ!』


 血にはうるさいファナがこれほど執着するとはね。珍しい。

 ジャスミンもリリアーネも使い魔たちと昔から知り合いだったみたいに仲が良くなっている。

 ファナは俺の屋敷に近づかないから、一方的にジャスミンとリリアーネのことを知っているだけだ。二人はファナのことを知らない。これにもいろいろと理由があるのだ。

 というか、俺よりも二人の味方になる使い魔が多いんですけど…。今日の俺の捕縛事件とか。

 ちょっと寂しく感じるのは何故だろう。

 八つ当たりで潜んでいた暗殺者を消し飛ばす。一体何人いるんだろう?


『可愛い二人のために、こっちに来る頻度を減らす?』

『誰かさんが拗ねるから減らしません』

『私は拗ねないわよ!』

『じゃあ、頻度を減らしていい?』

『………むぅ!』

『ほらやっぱり拗ねるだろう?』


 少し笑いを含みながらファナに返答すると、ちょっと拗ねた声で言い訳をしてきた。


『拗ねていないわ。ちょっと寂しいだけよ』


 ツンっとそっぽを向いている美女のファナの顔が簡単に思い浮かぶ。

 ヤバい。滅茶苦茶可愛い。いつもは妖艶なファナが可愛すぎる!

 今すぐ押し倒したい! キスをして抱きしめて甘やかしたい!

 今すぐしたらダメかな?


『ダメよ! お仕事が終わってから!』

『何故考えていることがわかった!?』

『私たち使い魔とあなたは繋がっているじゃない! 熱烈な愛が伝わってくるのは嬉しいけれど、仕事を放りだすのは良くないわ』


 流石大商会ファタール商会のトップにして、王国の闇ギルドを取り仕切るファナだな。お仕事に厳しいです。


『………と言いつつも?』

『私だって我慢してるの! 仕事が終わったらたっぷりと相手をしてもらうんだから!』

『了解でーす! お互いに満足するまで止めないってことで!』


 俺はファナの可愛い本音を聞き出して、今は満足しました。

 誰にもバレないように宙へ浮かぶ。

 今日は満天の星空で、満月が昇っている。とても綺麗だ。

 城の上空まで飛び、虚空に立つ。

 煌めく城下町を見下ろして、城の警護を続ける。

 他の暗部の一員が暗殺者を殺していくのを確認し、上空から他の暗殺者を処理する。

 しばらくすると、ファナから真面目な声で念話が届く。


『城の中。執事。監視対象が動いたわ』


 城の中には使用人として貴族からの密偵が派遣されているのだ。

 俺たち王族も、正確には国王である父上が他の貴族に密偵を放っているからお互い様だ。

 城で働く密偵たちは俺たちに全部バレていて、ずっと監視されている。

 その一人が動いたらしい。


『向かった先は?』

『機密区画よ。わざと手薄に見えるように配置をしてみたの』

『わかった。足を踏み入れた瞬間に消す。ハイド。城の周りに潜んでいる暗殺者は?』

『すべて捕捉済みです。情報を送ります』


 脳に直接ハイドからの情報が送られる。

 闇や影を操るハイドは、夜に大活躍する。

 夜の闇からは何者も逃れることはできない。

 さてと。まとめて消しますか。


「《月光よムーンレイ》」


 白銀の満月が輝き、月光が光の速度で堕ちていく。

 煌めく複数の月の光が一瞬で隠れ潜んでいた暗殺者たちを全員消し去った。

 塵の一つも残らない。あまりの一瞬すぎて痛みも感じなかっただろう。

 使い魔の月蝕狼スコルの力だ。


『お見事です』

『ありがとう、ハイド』


 別にハイドの力で闇の中に捕らえて消滅させてもよかったんだけど、全部気分である。ただ満月が綺麗だったから月蝕狼スコルの技を使いました。

 さてさて、休んでいる暇はない。

 俺は城の上空から真っ逆さまに落ちる。

 城の屋根が近づき、ぶつかると思った瞬間、スゥっと何の抵抗もなく身体がすり抜けていく。

 物質透過。超々高難度魔法。ちょっとでも間違えたら身体が元には戻らない複雑な魔法だ。

 まあ、俺は使い魔の力を使うことができるから簡単にできるんだけどね!

 城の機密区画に先回りし、気配を殺してじっと待つ。

 すぐに、何気ない足取りで一人の執事がやってきた。

 周りを気にすると逆に不自然だから、こういう密偵は自然体だ。

 さも、用事がありますよ、みたいな顔で機密区画に足を踏み入れる執事。

 その瞬間、問答無用で消し飛ばした。


『対象の消滅を確認』

『お疲れ様』


 ファナが労いの言葉をかけてくれた。

 この辺りの機密区画は、間違って足を踏み入れた時点で殺されてもおかしくない場所だ。だから、殺しても問題ない。

 というか、城で働く人は全員知っているから、用がないときは絶対に近寄らない場所だ。

 そこに堂々と近寄るなんてね。馬鹿でしょ。


『俺は外に戻る』

『了解』


 俺の身体が浮上し、城の壁をすり抜けて、再び上空で待機する。

 その後、夜が明け始めるまで、俺はずっと城の警護の仕事として暗殺者たちを葬り去るのだった。

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