第59話 美しき婚約者たち
ジュースでびしょ濡れになった俺は、王族の席に戻ると、案の定ジャスミンとリリアーネがびっくりして駆け寄ってきた。慌てて近くの布で俺の身体を拭き始める。
「シラン! 一体どうしたの!」
「えーっと、いろいろ?」
「誤魔化さないでください!」
心配しつつも毅然とした紫と青の瞳で上目遣いで見つめられる。
思わず、うぐっと後退りたくなったが、彼女たちが俺の腕を掴んで離さない。
俺は何故かジャスミンとリリアーネの潤んだ瞳に弱い。
誰かに助けを求めようとしても、父上も母上たちも姉上たちもニヤニヤと揶揄ってくるだけだ。俺に味方はいない。
スゥーッと視線を逸らすが、我が婚約者の二人には通じない。
「シラン!」
「シラン様!」
「………わかった! わかったから! 取り敢えず、着替えたいから部屋に戻っていい?」
「あんた、逃げるつもりね?」
「逃がしませんよ! 私たちも一緒について行きます!」
ちっ! バレたか。どうやら逃げられないらしい。我が婚約者は勘が良いようだ。
腕をガシッと掴まれているので、仕方なく二人も部屋に連れて戻ることにした。
「父上ー! 部屋に戻りますねー!」
「ごゆっくり!」
国王である父上が白い歯を輝かせてニカっと笑い、セクハラ親父のような瞳でサムズアップした。
あまりのウザさに思いっきりぶっ飛ばしたくなったが、鋼よりも硬い意志の力でグッと我慢した。流石俺。我慢した俺を誰か褒めて欲しい。でも、今度ぶっ飛ばす!
俺は二人を誘い、舞踏会が行われているダンスホールから退場し、城の中の自分の部屋へと向かう。
城の中は人が少ないかと思いきや、意外と人は多い。城の中を手薄にしたら万が一の際に対応できないからである。例え夜中だったとしても多くの人が働いている。
ジュースまみれの俺を小さく鼻で笑ったり、ざまあみろと視線で告げているメイドや執事たちに見られながら、何とか部屋にたどり着いた。
その間、ジャスミンとリリアーネは一瞬たりとも俺の腕を離さなかった。
部屋の中に入り、メイドたち全員を追い出し、二人の腕が離れた途端、俺は大きく伸びをする。
あんな堅っ苦しい場所だと肩が凝る。滅多に着ないタキシードもキツイ。
ジュースをかけられたのは、舞踏会を抜け出すにはちょうどいい理由になった。
「あぁー! つっかれたぁー!」
「ほらシラン! 早く服を脱いで!」
「髪も乾かさないといけません! いえ、いっそ湯浴みを」
「大丈夫大丈夫! ほらこの通り!」
俺は魔法を発動させ、ジュースの汚れを一瞬で消滅させる。
服にも体にもジュースで濡れた跡はない。魔法って実に便利だなぁ。
タオルを持ってテキパキと準備していた二人が、綺麗な紫と青の瞳をパチクリと瞬かせ、キョトンと固まった。
「実は、ネアの作る服には、自動的に汚れを落とす付与がされているのです! 温度調節やダメージ分散などの効果もあって、魔力を通すとこの通り! 身体の汚れも消してくれるのです! びっくりした?」
「………そんなのができるなら、さっさと使いなさいよ!」
呆れと怒りが半分半分のジャスミンにタオルを投げつけられた。
反応できずに顔面でタオルを受け止める。
心配してくれていたんだなぁと感じる。ちょっと嬉しいって思ったのは俺だけの秘密。
顔面でキャッチしたタオルをテーブルに置き、ソファにどっかりと座って、両隣をポンポンと叩く。
ドレス姿の二人がおずおずと俺の隣に座ってもたれかかってきた。
「で? お二人さん? 俺の婚約者になったんですが、本当によかったのか?」
「………当たり前よ。破棄したら死よりも恐ろしいことするから!」
「責任取ってくださいね!」
「へいへい。というか、無理やり責任を取らされる感じになった気が…。具体的には、勝手に引っ越して来たりだとか、噂を流したりだとか」
「な、何のことかしらー?」
「私たちは知りませんよー?」
「俺の顔を見てその言葉を言おうか?」
二人はぷいっとそっぽを向いたまま俺の顔を見てくれない。耳まで真っ赤だ。それに、呆れるほど棒読み口調だったぞ。
まあ、二人が考えたことじゃなくて、国王や公爵たちが考えて二人に伝えたのだろう。
責任はちゃんと取るつもりですよ。じゃないと、俺はジャスミンとリリアーネだけじゃなくて、二人の親である公爵二人にも殺されるから。それは本当に怖い。ガクガクブルブル。
少し恐怖を感じた俺は、二人の安心感のある温もりを感じるためにぎゅっと抱き寄せ、耳元で囁いた。
「俺の婚約者になるってことは、どういうことかわかるよな?」
「………好きにしなさい」
「ええ。覚悟の上です」
「と言ってもまあ、そこら辺はゆっくりと……」
「ヘタレ!」
即座にジャスミンが軽口を叩いてきた。恥ずかしさと揶揄いが半分半分だ。イーっと歯を見せて悪戯っぽい笑いを浮かべている。幼馴染同士の揶揄い合いだ。
俺は、ちゃんと責任取るから、と安心させるように二人を優しく撫でる。
ふぅ、と安堵したようにジャスミンが息を吐き、俺の肩に頭を預ける。リリアーネもおずおずと真似をしてきた。
二人を抱きしめながらゆったりとした時間を過ごす。
不意に、ジャスミンが問いかけてきた。
「で? 誰に飲み物をかけられたの?」
「ちっ! 忘れてなかったか!」
思わず舌打ちしてしまう。ジャスミンはドヤ顔だ。
「幼馴染の私を嘗めないで! 話を逸らしたことはバレバレなのよ!」
「私はすっかり忘れていました…」
流石我が幼馴染だ。結構上手く誤魔化したと思ったんだけどなぁ。実際、リリアーネは忘れていたみたいだし。ジャスミンは侮れない。
左右から見つめられ、逃げ道がない俺は全て白状することにした。
「リデル嬢とその取り巻きだよ。貴族派の貴族たちの子供」
「あの女!」
「あの人ですか!」
「はーい。どうどうどう。落ち着いて落ち着いて」
ブファッと怒りと殺意をまき散らし始めた二人を優しく撫でてなだめる。
すぐに二人は気持ちよさそうに蕩け始めた。
「次会ったらただじゃおかないわ!」
「もうそんなことはしないと思うけどなぁ」
「どういうことですか?」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、リリアーネが可愛らしくコテンと首を傾げる。
俺はちょっと照れながら、正直に述べる。
「あはは。ちょっとキレちゃって、お仕置きした」
「シランがキレるって私でも見たことないわよ。何を言ったの? あの女は」
「秘密」
二人に手を出されそうになったからキレたなんて言いたくない。恥ずかしすぎる。
俺の中では、いつの間にか二人の存在が大きくなっていたようだ。
ジャスミンは元からだけど、出会ってすぐのリリアーネもとは。
訝しげな表情をしていたけど、二人はこれ以上聞かないことにしたらしい。
でも、何故か気づかれている気がする。これは女の勘か? それとも、俺がわかりやすいだけか? それとも、両方か?
まあいいや。今は二人とイチャイチャしよう。
「あっ、二人とも! もしかして、踊り足りないとか思ってる? 舞踏会を途中で抜け出してきちゃったから」
「あー。まあ、ちょっと? シランは滅多にあんな場に出ないし」
「私ももう少し踊りたいと思ってます…。舞踏会には初めて出たので」
「じゃあ、戻るのも面倒だし、ここで踊るか」
俺は二人をソファから立ち上がらせ、魔法を使って部屋の家具を浮かべ、端へと移動させていく。
部屋は広いから、家具を移動させると軽く踊れるくらいのスペースはできる。
確か異空間に音楽を録音した魔道具があった気がする。おっ! 見つけた!
「これをこうして、スイッチオン!」
魔道具を起動させると、ゆったりとしたダンスの曲と、綺麗な歌声が部屋の中に響き渡った。
俺のお気に入りの歌手の歌と音楽。
ジャスミンとリリアーネがうっとりと聞き惚れている。
「………これって、セレンの曲?」
「あの歌姫セレンですか?」
「よくわかったな。そのファンクラブの最上級会員限定の貴重な歌だぞ! そのダンス曲バージョンだ」
あんまりセレンのことを突っ込まれても困るので、俺はさっさと二人をダンスに誘う。
貴族令嬢としてダンスを身体に叩きこまれているので、曲に聞き惚れていても無意識に身体が動いている。
この曲は静かでゆったりとした曲調なので、ただ身体を左右に揺らすように踊る。
愛しい人と抱きしめ合い、至近距離で見つめ合って踊る曲だ。だから、二人同時に抱きしめて、曲に合わせて身体を揺らし、時折クルッと回転すればいい。
曲に聞き惚れていた二人がハッと我に返り、俺に抱きしめられ、自分たちが踊っていたことに気づいた。
ポフンと顔を真っ赤にする。
「シ、シラン!?」
「あ、あのっ……ち、近いです……」
「おやおや。婚約者になったから、これくらいは普通だろ? ジャスミンもリリアーネも真っ赤になっちゃって可愛いな」
「うぅ……」
「あぅあぅ…」
美しい婚約者二人が恥ずかしがって、俺の身体に顔を押し付けて、真っ赤になった顔を隠す。
普段は明るくて俺には我儘し放題のジャスミンと、清楚で大人っぽいリリアーネが、普通の女の子のような反応だ。
ギャップがあって心にグッとくる。とても可愛い。
「二人とも可愛いよ」
二人をぎゅっと抱きしめ、優しく耳元で囁いた。
俺たち三人しかいない部屋の中。美しい歌声が部屋の中に響き渡る。
婚約者となった美しいジャスミンとリリアーネの二人を抱きしめ、俺たちはいつまでも踊り続けるのだった。
《第二章 舞い踊る美姫 編 完》
次回は第一章&第二章の登場人物のまとめを投稿する予定です。
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