第54話 公爵と国王の策謀

 

 流石に疲れた。

 舞踏会に参加したのはいいものの、俺のパートナーはジャスミンとリリアーネの二人。

 まず、ジャスミンとダンスをして、次はリリアーネ。リリアーネが終わったら次はジャスミン。それの繰り返し。

 二人は一曲分休憩時間があるけれど、俺は連続で踊り続けた。

 ジャスミンとリリアーネが各五曲ずつ。俺は計十曲を連続で踊ったのだ。

 一曲当たり約五分だから、五十分は連続で踊り続けたことになる。

 流石に疲れた。休憩が欲しい。貴族たちからの視線も突き刺さるから精神も疲れる。

 踊り終わって軽く興奮しているリリアーネをエスコートし、迫ってくる貴族たちを軽やかに避け、王族の席へと戻っていく。

 しかし、王族の席の入り口付近でお喋りしている二人の人物がいた。

 鋭い眼光の研ぎ澄まされた刃のような雰囲気の男性と、しなやかな体つきの雌豹のような隙のない女性。

 リリアーネの父親のストリクト・ヴェリタス公爵とジャスミンの母親のアヤメ・グロリア公爵だ。

 いろいろとやり取りをしていた二人が俺たちに気づく。


「あらシラン殿下。お久しぶりですね」

「リリアーネ! 元気にしているか? …………それと、シラン殿下」


 グロリア公はおっとりと微笑む。ヴェリタス公はまずリリアーネにニッコリと微笑んで、俺を射殺さんばかりに睨みつけた。親バカすぎませんかねぇ。

 くそう! 逃げ道を失った!


「やあ、ヴェリタス公爵にグロリア公爵! お久しぶりです」


 夜遊び王子の俺は、公の場でも軽い挨拶を行う。

 周りの貴族から冷笑と嘲笑が漏れるが、これがいつもの俺だ。

 二人の公爵はいろいろと勘付いているから気にしてもいない。


「お父様! 私は元気にしています! そして、初めましてアヤメ・グロリア公爵様。リリアーネ・ヴェリタスと申します」

「ええ、初めましてリリアーネ嬢。私の娘であるジャスミンがお世話になっております。《神龍の蒼玉サファイア》に相応しい美しさですね」


 そうだろ、とヴェリタス公が自慢げに胸を張り、リリアーネは照れている。

 そこに、ジャスミンがやってきた。


「お母様! ヴェリタス公、ご機嫌よう」

「《神龍の紫水晶アメジスト》ジャスミン嬢か。ご機嫌よう」

「あらジャスミン。また一段と美しくなりましたね。流石私の娘です! それで? 殿下とはどうなのですか?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた母親の言葉に、ジャスミンはチラッと俺を見て真っ赤になり、恥ずかしそうに顔を伏せる。

 隠すこともしないグロリア公に俺は呆れかえる。


「グロリア公。直球で聞いてきますね? 全ては公がそそのかしたんですか?」

「唆したりなどしていません。けしかけただけです」

「同じじゃないですか!」


 平然と述べるグロリア公に思わずツッコミを入れてしまう。

 ジャスミンのお母さんはこういう人なのだ。でも、何を考えているのかわからない。腹黒いと言えばいいのかもしれない。

 グロリア公はクスっと微笑んだ。そして、周りに聞こえるようにわざと声を張り上げる。


「殿下、我が娘、ジャスミンはいかがでしたか?」

「我が愛娘、リリアーネもいかがでしたか、シラン殿下?」


 グロリア公は一瞬だけあくどい笑みを浮かべ、ヴェリタス公は殺気を放ち、俺を威圧している。

『いかがですか?』ではなく『いかがでしたか?』というのが嫌なところだ。

 前者なら婚約者の推薦として受け取ることができ、いろいろと躱すことができたんだが、後者は過去形だ。『婚約者として送ったその後はどうなのか?』という意味だ。

 二人の公爵は俺を逃がさないつもりらしい。『愛娘は可愛いでしょ? 違うって言ったらぶっ殺す!』と鋭い瞳が語っている。

 もう諦めますよ! 諦めればいいんでしょ!

 俺は夜遊び王子として、二人の腰に手を回しグッと抱き寄せた。


「ああ。二人ともとても可愛らしくて、一緒に住んでいて毎日が楽しいさ」


 そして見せつけるように二人の頬にキスをする。二人が爆発的に真っ赤になったが気が付かないふりをする。

 周りの貴族から憤怒と殺意が向けられる。

 うぉーすごーい! 俺、殺されそう! って、ヴェリタス公爵まで睨まないでくださいよ! 流石に超武闘派の公爵の殺気は受け流すのが大変だから!


「何やら楽しそうな話をしているな」

「陛下」


 父上が話し合いに参加してきた。踊り終わったアンドレア母上と一緒だ。

 ニヤニヤと揶揄う笑みを浮かべている。

 うわー。父上が滅茶苦茶楽しそうだ。このタイミングを狙っていたな?


「公たちよ、今回の喜ばしい縁、感謝するぞ」


 公爵の二人が父上に頭を下げる。

 グロリア公は俺をチラッと見てほくそ笑み、ヴェリタス公はギロリと睨みつけられた。

 周りの貴族が驚愕に染まる。

 父上がニヤッと笑い、周りに向かって大声で宣言した。


「皆の者! 喜ばしい報告がある! 既に知っている者もいるだろうが、我が息子シランは《神龍の紫水晶アメジスト》ジャスミン・グロリア嬢と《神龍の蒼玉サファイア》リリアーネ・ヴェリタス嬢との婚約が決定した!」


 会場にどよめきが走る。

 父上は、してやったり、とほくそ笑んでいる。滅茶苦茶うざい。

 あぁ~あ。言っちゃったよ。予想はしていたけど国王が認めちゃったよ。

 俺は逃げることができませんでした。諦めます。

 しかし、そこに大声で割り込んでくる人物が……。


「お待ちください、国王陛下!」


 おっ? 一体何事だ?

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