第55話 貴族派

 

 父上が俺とジャスミンとリリアーネの三人の婚約を突然発表した舞踏会の会場。

 俺たちの周りに大勢の貴族たちが集まってくる。

 婚約の宣言に物申したい貴族たちだ。まあ、貴族派の貴族たちである。


「国王陛下、お待ちください」

「ジムナスター・サバティエリ侯爵か」


 ジムナスター・サバティエリ侯爵は貴族派の筆頭だ。

 後ろには取り巻きの伯爵や子爵、男爵たちがいる。

 俺の元婚約者のリデル嬢の父ロエアス・フィニウム侯爵もいる。

 全員父上の前だから真面目な顔をしているが、蔑んだ雰囲気を隠しきれていない。

 時折、俺を見下した笑みを浮かべ、小さく鼻を鳴らしている。


「何の用だ、サバティエリ侯爵?」

「はい。シラン殿下の婚約をお考え直していただきたく」

「何故だ? 理由を述べよ」

「はい。《神龍の紫水晶アメジスト》のジャスミン嬢と《神龍の蒼玉サファイア》のリリアーネ嬢は宝石の名を国王陛下によって与えられた女性。つまり、このドラゴニア王国の宝とも言うことができる女性です。その彼女たちを一人の男性に、それもシラン殿下なんかに嫁がせるのは、この国にとって有益ではありません!」


 得意げに話すサバティエリ侯爵に賛同する貴族たちが、そうだそうだ、と声を上げる。

 ほうほう。俺なんか、ね。

 俺の隣に侍るジャスミンとリリアーネはムッとしているが、腰に回した手で二人の脇腹をくすぐる。

 くねくねと悶えるのが可愛い。

 父上は一瞬俺たちを一瞥し、一理ある、と悩むフリをする。


「なら、サバティエリ侯爵はどうすればいいと思う?」

「私ならば、これから王国を支える若い者、それも侯爵や子爵などの貴族の子息に嫁がせるべきだと思います。例えば、我が息子のような優秀な者に」


 露骨すぎるぅー! 隠す気全然ないじゃん!

 侯爵の後ろにいる子息を持つ貴族たちもしきりに頷いて肯定している。

 俺は聞く気が起きないので、二人とイチャイチャしておく。

 ジャスミンの綺麗な首筋に唇を這わせてキスをする。そして、唇でハムハム甘噛みし、軽く吸った。

 抵抗は弱々しい。ほとんどないと言っていい。

 頬が朱に染まり、ジャスミンの口から俺にしか聞こえないほど小さな甘い吐息が漏れる。


「ヴェリタス公爵殿やグロリア公爵殿もそのように思いませんか? 有能な者と縁を結ぶことで公爵家も更なる繁栄が約束できるでしょう。また、公爵家の血筋を残すことも貴族の務めですよ? 両家のご令嬢を一人の男に嫁がせるのは何たる愚策! お考え直しを」


 ほうほう。確かにその通りだ。

 ジャスミンとリリアーネの家は貴族の中では異端に近い。グロリア公爵はジャスミンの好きなようにさせ、ヴェリタス公爵は愛娘のリリアーネを溺愛し、手放そうとしなかった。

 二人は絶世の美女。縁談が物凄い数になっていると聞いている。他国ですら欲しがるだろう。

 俺はキスマークがついたジャスミンの首筋から唇を離し、次はリリアーネの首にキスをする。

 くすぐったそうにしているが、ジャスミン程反応はしていない。

 ふむ。首筋が弱点ではないのか?

 ハムハムしていたキスを、カプカプと軽く歯を立て甘噛みする。

 途端に感じ始めるリリアーネ。気持ちよさそうに熱い息を吐く。

 まさか…М体質かっ!?


『同志ですか!? ぜひ、勧誘して調教を!』

『するかっ!? 家畜はお前だけで十分だ! 黙ってろ雌豚!』

『あひぃぃ~~♡ 私は雌ブタの家畜ですぅ~~♡ ブヒィ~~~♡』


 ドМの雌豚の世界樹ケレナから即座に念話がきたので、思わず怒鳴り返してしまった。

 あの変態を喜ばせるだけなのに……。

 嬌声が頭の中に響くので、強制的に念話を切る。

 ジャスミンの母親アヤメ・グロリア公爵が上品に手で口元を隠す。


「あら。我がグロリア公爵家は代々政略結婚を行っていません。それは有名な話でしょう? 想い人と添い遂げたほうが幸せではありませんか。可愛い子供の気持ちを無視することは致しません」

「それではいずれ途絶えることになりますよ!?」


 僅かに焦りと怒りを含ませたサバティエリ侯爵が反論する。

 しかし、アヤメ・グロリア公爵はおっとりと微笑むだけだ。


「それがどうかしましたか? 永遠に続くものなどありません。滅ぶ時は滅ぶ。それの何がいけませんか?」


 美しい笑みを浮かべながら、有無を言わせない迫力を醸し出すグロリア公爵。

 貴族派の貴族たちが気圧されたように一歩後退る。

 反論を思いつかなかったサバティエリ侯爵は、今度はヴェリタス公爵に問いかける。


「ヴェリタス公爵殿は如何ですか? リリアーネ嬢を溺愛していた公爵殿が何故シラン殿下などに嫁がせるのですか?」


 俺がリリアーネの首筋にキスをしているところを憤怒の形相で睨みつけ、必死で殺意を堪えていたストリクト・ヴェリタス公爵が何とか視線を逸らしてサバティエリ侯爵を睨みつけた。

 侯爵がたじろぐ。


「私はリリアーネを……リリアーネを嫁がせたくはない……。しかし、娘の命を救い、初めてを奪った殿下には責任を取ってもらわねば!」


 キスね! キス! まだ肉体関係はありません! でも、裸は見ました。

 ちなみに、毒を盛られたリリアーネを俺の使い魔が治療したことは貴族たちに報告してある。

 ヴェリタス公爵だけではない。他の貴族たちからも睨みつけられる。

 俺はリリアーネから唇を離し、貴族たちにドヤ顔をする。

 ジャスミンには首筋にキスマークが、リリアーネには軽く歯形がついている。

 ふふんっ! 良いだろう! 二人はもう既に俺のものだ!

 貴族たちを煽るの楽しい~! いえ~い!

 貴族たちから奥歯を噛みしめ、必死で怒りと嫉妬と殺意を抑えている。


「おやおや。ウチのジャスミンも同じなのですよ。昔からシラン殿下とお風呂に入ったり、同じベッドで寝たり、あられもない姿を見られたり、キスをしたり、有名ですよ。殿下のお手付きのジャスミンを余所様に嫁がせるわけにはいかないでしょう?」

「そ、それは………」


 貴族派の貴族たちが口ごもる。

 俺とジャスミンは幼馴染で、昔から一緒に遊びまわっていたことは有名だ。

 小さい頃はお風呂に入ったり同じベッドでお昼寝もした。小さい頃にキスもされた記憶がある。

 あれっ? これって普通じゃないよね?

 もしかして、グロリア公爵はずっと俺との婚約を企んでいた?

 そうだったら怖いんだけど!? でも、この人ならあり得そう。

 アヤメ・グロリア公爵の悪戯っぽく輝いた瞳と視線が合った。

 公爵は僅かに口元を緩ませる。

 ま、まさかっ! 心を読まれた!? この人やっぱり怖い! 苦手!

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