第41話 夕暮に染まる王都

 

 オーダーメイド宝飾店『ハーミット』を訪れた俺たち。

 ジャスミンとリリアーネ嬢はエルフの宝飾師アージェによってセクハラを受け、体力を限界まで削り取られたようだ。

 憔悴しきって今にも倒れ込みそうだ。反対にアージェのお肌は艶々と潤いを放っている。

 流石、自他共に認める可愛い女性好き。

 俺の使い魔だと簡単に躱され実力行使を受けるから、初来店のジャスミンとリリアーネ嬢にセクハラをしまくったようだ。今にも昇天しそう。

 陽も落ち始めて空は赤く染まっている。そろそろ帰宅するとしよう。


「二人とも帰るぞ」

「「ふぁ~い……」」


 ジャスミンとリリアーネ嬢の声が疲れきって元気がない。

 よろよろとふらついている。


「えぇーっ! もう帰っちゃうの? 殿下ちゃん、この二人ちょうだい?」


 手をワキワキとさせ、血走った瞳でジャスミンとリリアーネ嬢を見つめるアージェ。

 鼻息が荒い。ぐへへ、と欲深い笑い声も漏れている。

 ジャスミンとリリアーネ嬢はサッと俺の背中に隠れて、ガクガクブルブルと震えている。

 一体何をされたんだろう? とても気になる。


「どうする?」


 背中に隠れた二人に問いかけると、俺にギュッとしがみつき、フルフルと首を横に振っている。

 本当に何があったんだろう?


「だそうです」

「ちっ!」

「アージェ。いい加減にしてください」

「はーい。我慢しまーす! その代わりまた来てね」


 アージェは夫のオウラに逆らえない。すぐに大人しくなった。

 二人は来たくなさそうだけれど、受け取りの際に来ないといけないんだよね。

 諦めてください。頑張れ。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。また来る」

「はい。ご来店ありがとうございました」

「またねー」


 震えている二人を支えながら俺たちは『ハーミット』を後にする。

 恐怖に震えた二人はピトッと俺に張り付いたまま離れない。

 歩くのも怠そうだ。


「二人とも、店の奥で何があったんだ?」


 ビクゥッと身体を震わせ顔を青くさせる二人。

 口にしたくもないようだ。とても気になるけどこれ以上聞かないでおく。


「あんまり酷いようなら物理的に止めていいんだぞ。アージェは普通に俺の使い魔たちにボコボコにされているからな。それはそれで嬉しそうだし、すぐに復活するけど」

「………次からそうするわ」

「………でも、反撃できるでしょうか?」

「………言わないで。考えたくない」

「………申し訳ございません」


 だから一体何をされた!?

 くっ! やっぱり気になる!

 トボトボと歩いていたジャスミンが急に立ち止まった。

 そして、子供のように駄々をこね始める。


「あぁ~! もう疲れたぁ! 歩きたくなぁい! シランおんぶ!」

「おんぶっ!? もう何年もしてないだろう!?」

「でも、前はしてくれた!」

「あれはジャスミンが無理やり背中におぶさってきて……」

「してしてぇ~! おんぶぅ~! おんぶするのぉ~!」


 珍しくジャスミンが幼児退行して我儘を言っている。

 昔のジャスミンはこんな感じだった。

 いつも俺を振り回しこき使ってきた、我儘で不器用でガキ大将でツンデレな幼馴染。

 最近はお姉さんぶって大人になったと思ったのに……全然変わらないな。

 俺は仕方なくジャスミンの前にしゃがんだ。

 ジャスミンが嬉しそうに背中に乗っかり、胸の感触が伝わってくる。

 気持ちよさそうで満足げな気配を感じる。


「いいのか? 近衛騎士団所属の公爵令嬢様?」

「今の私は単なる街娘よ! ほらほら歩きなさい!」


 へいへい。かしこまりましたよ、我儘お嬢様。

 王子である俺をこき使うのはジャスミンだけ………じゃなくて結構いるな。

 結構たくさん思いついてしまった。俺って不憫。

 歩き出すが、リリアーネ嬢から羨ましそうな視線を感じる。

 う~ん。不公平かな?

 今の時間帯はそろそろ陽が沈むか。ちょっとした悪戯を仕掛けよう。


「リリアーネ嬢。ちょっとお手を拝借」

「えっ? あっ、はい」


 片手でジャスミンを支え、反対の手をリリアーネ嬢に差し出すと反射的に握ってくれた。

 俺は魔法を発動させる。

 全員の身体が宙を浮かんでいく。


「ひゃっ!?」

「な、なにっ!? シ、シラン!?」


 びっくりしたジャスミンとリリアーネ嬢は俺にしがみついてきた。

 二人の心地良い柔らかさが伝わってくる。ごちそうさまです。

 ゆっくり王都の街の上空に浮かんだ俺たち。

 眼下には夕日でオレンジ色に染まった王都の街。水平線には今まさに沈もうとしている夕日。

 幻想的な光景だ。俺のお気に入りの光景の一つ。

 二人にもプレゼント。


「どうだ? 綺麗だろ?」

「ええ。綺麗ね」

「とても綺麗です」


 うっとりと眺めている二人。気に入ったようでよかった。

 デートは成功でいいかな?

 ………んっ? いつの間にデートになったんだ? ただ王都を案内するだけだったのに。

 まあ、いいか。可愛い二人が喜んでくれたならそれでいい。


「ねえ、シラン?」

「なんだ、ジャスミン?」

「あんた女慣れしすぎ」

「うぐっ!? く、首がっ!? 首が絞まるぅっ!? ぐるじいぃ…」


 おんぶされているジャスミンが背後から首を絞めてくる。

 苦しいから! 息ができないからぁ!


「なんかムカつく」

「ムカついただけで俺を殺さないで!」

「シラン様? 今までに何人の女性とお付き合いをされたのですか?」

「えーっと…………何人だろ?」


 背後からジャスミンによる首の圧迫。横からはニッコリと微笑んだリリアーネ嬢による容赦のないわき腹への抓り。

 痛い! 苦しい! 痛いって! 息ができないから! 首がぁ! わき腹がぁ!

 俺死んじゃう! 死んだら二人とも真っ逆さまに落ちるぞ!

 ……………俺を殺して自分も死ぬと言い出しそうで怖いな。特にジャスミン。


「はぁ……なんでこんな奴を……このバカ!」

「ジャスミンさん酷くない!?」

「酷いのはあんたよ! このバカ王子!」

「へいへい。全てバカな俺が悪うございましたよ」

「そうですね」

「リリアーネ嬢までっ!?」


 女性二人が酷い! 俺、傷ついたよ! ガラスのハートに罅が入ったよ!


「この綺麗な景色を教えたので許してください」

「………ほかに何人知ってるの?」

「~~~~♪」

「口笛で誤魔化すな! このバカ!」

「痛い痛い痛い! ジャスミンもリリアーネ嬢も痛い! 髪は引っ張らないで! 抜ける! ハゲるから! 知ってるのは使い魔だけだから!」

「本当ですか?」

「本当だって!」


 女の勘で俺が本当のことを言っているのがわかったらしい。

 取り敢えず納得する二人。あぁ~痛かった。ハゲるかと思った。


「シランのことだから、他に綺麗な景色を知っているんでしょ? 全部教えなさい!」


 ちっ! 流石俺の幼馴染。全部お見通しか。


「少しずつ教えていきたいんだけど、それじゃダメか?」

「………いいわよ」

「シラン様、約束です」

「わかったわかった。約束な」


 なんかもう全然逆らえないんだけど。俺、どうすればいい?

 あはは……こういう時は現実逃避しよう。頑張れ、未来の俺!

 夕日に徐々に沈んでいく。

 オレンジ色に染まる王都を上から眺めながら、満足げなジャスミンもリリアーネ嬢を支え、俺は遠い目で現実逃避をする。

 完全に太陽が沈み、空がオレンジ色から紫色になった頃、二人を誘い、空を飛んで屋敷に帰宅するのだった。


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