第38話 夕雲の恋糸
隠れ家レストラン『こもれびの森』で食事をした俺とジャスミンとリリアーネ嬢は、お会計を済ませると再び街中を歩いていた。
ウェイトレスのソノラとジャスミンとリリアーネ嬢は何故か意気投合し、とても仲良くなっていた。
仲が良くなったのはいいけど、仲間外れにされたのは悲しかった。
ちょっとした仕返しとして料金をソノラのツケにしようとしたらソノラは泣きそうになっていた。
涙目のソノラを見て少しスッキリした。ジャスミンに思いっきり脚を踏まれたけど。
「あっ! ここ行きたい!」
ジャスミンが俺の腕を引っ張る。指さした先には服屋があった。
ここは『夕雲の
貴族や王族に大人気のお店。予約は数カ月待ちらしい。その平民向けのお店だ。
『夕雲の
リリアーネ嬢も行きたそうだったので、俺たちはお店の中に入る。
店内はデザインの良い服が安い値段で売ってある。
「いらっしゃいませ!」
店員さんが挨拶してきたけど、俺を見てちょっとビックリし、そのままお仕事に戻って行った。
俺も有名になったものだ。悪いことで有名だけど。
「へぇー! 良い服がたくさんあるわね。部屋着とかに良さそう」
「こっちのお洋服も可愛いです!」
「貴族向けだと外用の服が多いからな。それに高級感漂ってるし。可愛らしいデザインとかはこっちのお店が多いぞ。値段もお手ごろだ」
女性二人がテンションが上がって洋服を選び始める。
ジャスミンも普通の女の子なんだなぁ。こうして服を選びに来たこともなかったし、なんだか新鮮だ。無理やり連れだせばよかったかな?
ジャスミンが洋服をいくつか持って、俺に近づいてきた。
「ねねっ! シランはどれがいいと思う?」
服を自分の身体に合わせて見せてくる。
「う~ん……これとこれ」
俺はこういうことに慣れている。だからあっさりと決める。
でも、ジャスミンは何故か気に入らなかったようだ。
嬉しいけど不満、という複雑な表情になっている。
「………あんた慣れすぎ」
「実際慣れてるからな」
「この女誑し! こうなったら大量に買ってやる!」
どうぞどうぞ。俺はお店を丸ごと買い取ってもおつりがくるくらいお金持ちです。
トントンっと可愛らしく肩を突かれた。
今度はリリアーネ嬢だ。
「あ、あの! こ、これは似合うと思いますか!?」
「ふむ………似合うは似合うけど、リリアーネ嬢にはこっちがいいかな」
俺は近くの別の洋服を手に取る。うん、やっぱりこっちのほうがいいや。
リリアーネ嬢は顔を真っ赤にしながら嬉しそうにしている。
「ありがとうございます!」
「シラン!」
ほいほい。今度はジャスミンさんですか。どうされました?
ジャスミンが持ってきたのはショートパンツだ。お尻の形がはっきりとわかるピッタリとしたデザインのやつ。
「こ、これって穿く人いるの? 素足が全部出てるんだけど。下着じゃないわよね?」
「普通にいるぞ。まあ、冒険者の女性が多いな。後は、デートするときに誘惑する女性とか。数は少ないけど」
貴族の女性は出来るだけ露出を避けるからなぁ。
こういう服ははしたないと教えられて育つ。
貴族で穿く人はいないだろう。
ジャスミンはじーっと手に持ったショートパンツを眺め、覚悟を決めて頷いた。
「よしっ! これも買うわ!」
「えっ…?」
「何よ! 似合わないとか思ってる?」
「いやいや別に。似合うと思うぞ。ジャスミンはスタイル抜群だから。でも、本当に着るのか?」
恥ずかしそうなジャスミンは真っ赤にした顔を逸らす。
「家なら何も言われないでしょ」
「ジャスミンの家は公爵家…」
「忘れたの? 私、シランの家に引っ越したんだけど」
そうでしたぁ~! 俺の家に引っ越したんだった。
確かに俺の家なら何も言われないな。時々、全裸で歩き回る人が出るくらいだから。
というわけで、ちょっと露出が多めの服を選んでいくジャスミン。何故かリリアーネ嬢も一緒になって選んでいる。
ちゃんと似合うものだけを厳選しているから怒らないけどさ。たくさん買うのは今回だけだからね?
「あれっ? 下着も売ってるの?」
「本当ですね」
二人は下着エリアに気づいたようだ。
ジャスミンとリリアーネ嬢は頷き合い、俺の腕をガシッと掴んで下着エリアと突撃していく。
「えっ? 何で俺を連れて行くんだ!?」
「選んでもらおうかと思って」
「シラン様の意見をお聞きしたいです」
「ふ、二人とも貴族の娘だよね? そういうことをしちゃダメなんだよ!?」
「シランだからいいのよ! ほら選んで!」
幼馴染のジャスミンには逆らえません。
俺はカラフルな空間で素直に選び始める。
どれがいいかなぁ。二人に似合う下着はどれかなぁ。
ちゃんと選んでいるのに、ジャスミンは俺に冷たい瞳を向ける。
「あんたね…もう少し恥ずかしがりなさいよ!」
「もう慣れた……」
「慣れたって」
「俺、母上や姉上たちに下着の調達を頼まれているんだぞ? フラフラと遊んでいるなら買ってきてって。一人で実の母親や姉の下着を選んで買う俺の心がわかるか?」
うぅ…なんで俺が…なんで俺が実の母と姉の下着を……。
ジャスミン以上に母上は俺の弱みを知ってるから逆らうことができないのだ。
俺は瞳を据わらせ、のっぺりとした顔をしているに違いない。
思わずジャスミンがのけ反った。
「ご、ごめんなさい。なんかごめんなさい」
「いや、ジャスミンが謝ることじゃないさ」
よしっ! 気を取り直して下着を選ぼう。
ふむ。ジャスミンもリリアーネ嬢もスタイルがいいしどれも似合いそうだな。
王道で白と黒? 赤とかピンク? それとも二人の瞳の色に合わせて紫と青?
どれも良さそう!
「あらっ? あれはどうでしょう?」
リリアーネ嬢がスススッと盛大に宣伝してあるコーナーへと移動する。
そこは、少し過激なデザインの下着があるものの、少しお値段の高いエリアだった。
スッと気配もなく店員が現れた。
「こちらは、当店『夕雲の
「ネアの作品か」
「殿下はオーナーをご存じなのですか?」
店員がビックリている。
ジャスミンとリリアーネ嬢は何かを察知して、ムッとしている。
「シランまさか……」
「シラン様…」
「あーうん。ご想像の通り、ネアは俺の女。今着ている服も全部ネアのオーダーメイド」
というか、ネアが勝手に作ってくれる。本当にありがたい。
ジャスミンとリリアーネ嬢が無表情で詰め寄ってくる。そして、いきなり喋り出す。
「シラン! 私に紹介して!」
「シラン様! お願いします!」
えっ? そっち? お説教じゃないの? 俺、怒られるのを覚悟してたんだけど。
「えーっと、理由を聞いてもいい?」
「だってネアと言ったら世界一のデザイナーよ! まさかこのお店を経営しているとは……」
「ネアという名前は私でも知っていますよ! 正体不明のデザイナーですよ!」
「そ、そうなのか。洋服を作るのが楽しすぎて寝食を忘れるし、忙しいからなかなか外に出ないだけなんだけど……。じゃあ、後で紹介するよ。ネアは女の子大好きだし、二人の服も作ってくれるんじゃないか?」
そう言うと、ジャスミンとリリアーネ嬢は、やった、と嬉しそうにはしゃいでいる。
店員は羨ましそうだ。
こうして、俺の女であるネアを紹介することが決まった。
そして、二人の下着をちゃんと選び、服も買わされました。
二人が笑顔だったから、まあいっか。今日はデートだし!
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