第37話 ソノラとの出会い
「お待たせしましたぁー! って、殿下はどうしたんですか?」
料理を持ってきたソノラがテーブルに突っ伏した俺を見て首をかしげる。
栗色の髪のポニーテールが揺れるのが見えた。
脛に感じる痛みを我慢しながら俺は起き上がる。
「ちょっといろいろあって……」
「彼女さんたちを怒らせたんですか? バカですねぇー!」
クスクスと笑うソノラ。
君が主な原因なんだけどねぇ。
テーブルに三人分の美味しそうな料理が並んだ。
じっと俺を睨んでいたジャスミンとリリアーネ嬢もキラキラと瞳を輝かせている。
「美味しそうね」
「いい香りです!」
「だろ?」
「なんでシランが得意げなのよ!」
ジャスミンからのジト目攻撃が襲ってくるが、料理に夢中で瞳を輝かせているので。攻撃力はほとんど皆無だ。
「ソノラちゃ~ん。休憩入っていいよー! お昼食べてないでしょ?」
厨房からソノラに声がかかった。料理を作っている店長の声だ。
「いいんですかー? じゃあ休憩に入りまーす!」
ポニーテールをフリフリしながら厨房へとソノラが消えて行き、まかない定食を持って再び現れた。
そして、極々自然な動作で俺の隣へと座る。
「……さらっとシランの隣に座ったわね」
「あっ! す、すいません。いつも殿下と一緒に食べるので」
俺の使い魔とデートに来たときは、いつもソノラと一緒に食べるのだ。
だから、使い魔たちとも仲がいいし、つい癖で座ってしまったのだろう。
ソノラは席を離れようと腰を浮かせかけるが、その前にジャスミンが止めた。
「別にいいわよ。貴女ともお話をしたかったし」
「そうなんですか! たくさんお話ししましょう! あれっ? お二人は公爵家の貴族様……私、不敬罪で処刑されたりしませんよね?」
「安心しろ。二人よりも俺の方が身分が上だ。そんなこと二人はしないだろうけど、いざという時は俺が止める」
「………………………………あっ、殿下って王子様でしたね」
「おいコラ! 今完全に忘れてたな!」
「さてさてー! ご飯が冷める前に食べちゃいましょうか! いっただっきまーす!」
話を聞け、と言いたいところだが、確かに冷める前に食べたほうが美味しいな。
俺もジャスミンもリリアーネ嬢も、ソノラに続いて、いただきます、と言い、ご飯を食べ始める。
一口食べたジャスミンとリリアーネ嬢は、あまりの美味しさに目を見開いて固まってしまう。
うんうん。わかるよ、その気持ち。ここって固まるほど美味しいんだよなぁ。
ハッと我に返った二人は幸せそうに顔を蕩けさせている。
「なにこれ……美味しすぎるんだけど」
「シラン様のお屋敷のお料理も頬が落ちるくらい美味しかったですが、このお店もそれに匹敵するくらいおいしいですね」
だよなぁ。普通に城の料理よりも美味しいんだよなぁ。
俺の屋敷の料理は、いろいろと特別だから比較してはいけない。
俺の知る限りで一番おいしいお店がここ『こもれびの森』だ。
ジャスミンとリリアーネ嬢は幸せそうに食べ、時折料理をシェアしている。
もちろん、俺の料理からは勝手に取っていく。そうだと思いましたけど!
せめて一口分だけ残してくれない!?
「お貴族様も普通に女の子なんですねー」
ソノラがジャスミンとリリアーネ嬢を見て、驚いている。
「そうよ。いろいろと貴族も大変なのよ。テーブルマナーとか、いろんな規則に縛られるんだから! 偶には息抜きがしたいわ」
いやいや。貴女の実家は公爵家だけどすごく自由ですよ。
普通娘を近衛騎士団に入らせませんからね?
成人したのに結婚もしていない、婚約者もいないって珍しいですからね!
「私はいつも家に引きこもって花嫁修業をしたり護身術の稽古をしていました」
リリアーネさん? 貴女の護身術は暗殺術ですからね?
というか、ヴェリタス公爵! 娘に一体何を教えているんだ!?
「ほぇー! お貴族様って大変なんですねぇ。私、平民に生まれてよかったです。死にそうな目に何度も会いますけど!」
「ふぅ~ん? シランに身体を売るくらい?」
ジャ、ジャスミンさん!? ここでその話題をぶち込みますか!?
俺が口を開こうとするが、ジャスミンの一睨みで沈黙してしまう。
弱っ! 俺って弱っ! 自分で言うのもなんだが、情けねぇー!
「おろっ? 殿下に聞いたんですかー? それとも、孤児院の子供たちですか?」
「子供たちよ」
キッとジャスミンがソノラを睨む。
いろいろと察しながらソノラは華麗にジャスミンの視線を受け流す。
「あぁー。その様子だと説明していませんね、殿下? ダメじゃないですかー、彼女さんにはちゃんと説明しないと! 誤解されていますよ!」
ソノラさん? バンバンと俺の背中を叩かないでくれません? 痛いです。
「では、そこら辺を交えながら私と殿下の出会いをご説明しましょう! 殿下と出会ったのは………六、七年前ですかね?」
そうだなぁ。それくらいになるなぁ。もうそんなに経つのか。
時間が過ぎるのって早い。
「あの時の私は、十歳になってないくらいでしたね。私は生まれたばかりの頃、孤児院の前に捨てられていました。そして、孤児院で育ったんです。当時の建物はボロッボロで、食べ物もろくになく、冬になったら凍え死にそうでした。実際、餓死者とか凍死者が続出する程でしたね」
「えっ!? 孤児院には国王陛下直々に支援金が出ているはずよ!」
「私のお父様も領内にある孤児院を支援を行っています。これは法律で決まっているはずです!」
流石ジャスミンとリリアーネ嬢。ちゃんと勉強していますね。
ドラゴニア王国では、領内にある孤児院には、領主がある一定以上の支援をしなければならない、という法律がある。
王都は国王の直轄地だから、王都にある孤児院は国王が支援することになっている。
でも、俺がソノラと出会った当時は孤児院は今にも倒壊しそうなほどボロボロだった。
「そうなんですよねぇ。今はちゃんと支援してもらっていますが、当時は全然なかったんですよ。それで、私はガリッガリにやせ細って、このままではダメだと思い、孤児院のためにお花を売ることにしました。花の蕾です」
「まぁ! どんな花だったのですか?」
性的な知識がほとんどなく、純真で天然なリリアーネ嬢は興味津々だ。
隣に座るジャスミンが、クイクイっとリリアーネ嬢の服を引っ張る。
「リリアーネ。この場合の花は自分の身体よ。蕾というのは処……生娘の意味よ」
「えっ…?」
「あははー。こういうお食事の場ですので隠語を使いましたけど、ぶっちゃけると体を売ろうとしました。でも、いざ売ろうとすると怖くなっちゃったんですよ。まあ、当時は十歳くらいでしたから。それで、丁度通りかかったお金持ちそうな同じ年齢くらいの少年に声をかけたんです」
「それが俺だったってわけ」
あの時はもうソラとかハイドとかファナとかと契約していたからなぁ。
父上からお願いされてダメダメ王子を演じ始めていたし。
丁度ソラとハイドを連れて王都を散歩していた。
「ガリガリで、ボロボロの服を着て、今すぐ死にそうなソノラと出会って、家に連れて行くようお願いしたんだ」
「そうですね。そして、孤児院に案内したんです。殿下とは知らずに。というか、自己紹介していませんでしたね。名前も知らない少年は、院長先生とお話をしていたんです。私は理解不能でボーっとしていましたけど」
「院長先生に聞いたら、国のお金が全く届いていないことがわかったんだ。どうやら役人が着服していたみたいで」
「なんてことっ!?」
ジャスミンが紫色の瞳に怒りの炎を燃やしている。
リリアーネ嬢も同じだ。
「俺は院長先生にあるだけのお金をあげたんだ」
「アレは驚きましたね。今すぐ使えって、ポンっと大量のお金が……。あれ、いくらあったんですか?」
「ひみつ」
実際は、孤児院の建物を建て替えて、豪華な生活を三年くらい続けられるくらいのお金をあげました。
ファナのファタール商会が儲かり始めていたので。
「俺はすぐさま城に帰って、こそっと父上に告げ口をしたんだ。父上はすぐさま動いて、役人は捕まり、孤児院はちゃんと支援されるようになりました。これが俺とソノラの出会いっていうか、身体を売った云々の話だな」
「本当にありがとうございました。あれから私たちは死に怯えなくて済むようになりました。時々孤児院に来ては子供たちにプレゼントをしてくれますし、殿下は私、いえ、私たちの命の恩人です」
「気にしないでくれ。元はと言えば、長年気づかなかった俺たち王族が悪いんだ。というか、ソノラはもう孤児院を出たじゃないか」
「あそこは私の実家なんですから! 孤児院はいつまでも私の家です!」
クスっと吹き出し合う俺とソノラ。
懐かしいなぁ。あの時出会っていなければ、今ここにいるソノラはいなかっただろう。
グスッという音が聞こえた。一体何の音だろう、と思って音の方向を見たら、対面に座る美女二人が涙を流していた。
何故泣いている!?
「ジ、ジラン……なんで私に黙って陰で良いことやっでるのよ……グスッ」
「う゛ぅ…感動じましだ……ぐすっ…」
本当に号泣してる。
そんなに感動することだったかな?
俺とソノラとの出会いの話を聞いて泣き出してしまったジャスミンとリリアーネ嬢は、グスッグスッとしゃっくりを上げながらご飯を食べるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます