第34話 ちびっ子たち

 

 目の前に桃を頬張る可愛らしい5歳くらいの幼女がいる。藍玉アクアマリンのような水色のクリクリとした瞳が可愛らしい幼女だ。髪も綺麗な水色。水の精霊みたいだ。

 俺を見上げてニパッと笑った。


「…………あれっ? レナちゃんか?」

「うん! そうだよ、おにいたん!」


 レナちゃんはむぎゅっと俺の脚に抱きついてきた。

 可愛らしいけれど、俺の連れているお姉さんが怖い表情で睨んでくるから止めようか。


「あっ! いたいた! レナ! 勝手に走って行っちゃダメだろ!」

「探したんだから!」

「もう! いけない子ね!」


 人混みから子供たちがレナちゃんの周りに集まってきた。

 全員十歳前後の少年少女たちだ。


「ごめんなしゃ~い!」


 レナちゃんは可愛らしくペコリと頭を下げて謝った。

 皆よしよし、とレナちゃんの頭を撫で、近くにいる俺に気づく。


「あっ! 夜遊び王子の兄ちゃんじゃん!」

「やっほー! 女誑し!」

「どうしたんだ、女好き? 買い物にパシられてんのか?」

「お前ら言いたい放題だな!」

「おっ! 良いもの持ってんじゃん! もらいっ!」

「俺も俺も!」

「かぁー! 美味うめェーっ!」


 俺の持っていた桃を勝手に食べ始めるちびっ子たち。

 しれっとレナちゃんをはじめとする女の子たちも食べている。

 うん、もういいよ。全部あげる。


「シラン? この子たちは知り合い?」


 ジャスミンがおずおずと質問してきた。

 子供たちもジャスミンとリリアーネ嬢に気づき、ビシッと指をさす。

 人に向かって指をさすのは止めなさい。


「おぉー! 超絶カワイ子ちゃんはっけーん! 兄ちゃんの新しい女だな! どっから拾ったんだ?」

「口説いた? 口説かれた? もう一晩寝た? ヤッちゃったのか?」

「そう言えば、《神龍の紫水晶アメジスト》様と《神龍の蒼玉サファイア》様が兄ちゃんの女になったらしいな! よっ! 色男~! 羨ましいぜ!」

「お兄ちゃんサイテー! ソノラお姉ちゃんが泣くよ?」

「だぁー! お前ら言いたい放題だな! 桃を全部あげるから黙って食べてろ!」


 クイクイっと服を引っ張られる。

 最年少のレナちゃんが俺の服を引っ張っていた。


「おにいたん。もうない」

「八百屋のお姉さぁ~ん! この子たちにフルーツあげて! 俺が払うから!」

「はいよー!」


 わぁー! と子供たちが八百屋のおばちゃんのところに群がる。

 現金な子供たちだ。

 俺は一気に疲れながら、ジャスミンとリリアーネ嬢に向き直る。


「この子たちは孤児院のちびっ子たちだ。よく遊びに行くから懐かれた。全員! このお姉さんたちにご挨拶!」

「「「こんにちはー!」」」


 うん、今日もちびっ子たちは元気な挨拶だ。

 ニカっと笑うちびっ子たちを見て、ジャスミンとリリアーネ嬢もニッコリと笑う。


「こんにちは」

「ごきげんよう」


 ちびっ子たちは容赦なく質問する。


「で? 姉ちゃんたちもこいつの女か?」

「こらっ! 初対面の女性にそんなこと言わないの! 失礼でしょ!」

「………………兄ちゃん、それ、誰の真似だ? 院長先生か? ソノラ姉ちゃんか? どっちにしろキモイぞ」


 うぅ…キモイって言われた。みんなも、うんうん、と頷いている。

 純粋な子供たちからの言葉のナイフは俺の心に深い傷をつける。


「はぁ…お姉ちゃんたちもソノラお姉ちゃんも、この女誑しのお兄ちゃんのどこが良いんだか」


 うぅ…十歳にいくかいかないかくらいの少女にも呆れられている。

 やれやれ、と肩をすくめる動作は、少女のものとは思えないくらい大人っぽくて似合っていた。


「ねえみんな? ソノラお姉ちゃんってこのバカ王子とどんな関係なの?」

「ジャ、ジャスミン!?」

「シランは黙ってなさい!」

「はい!」


 俺はジャスミンに逆らえない。

 何故か無意識に正座している俺がいる。

 その膝の上にレナちゃんがそっと座ってきた。

 レナちゃんは俺の癒しだ。頭をナデナデしてあげる。

 ちびっ子たちは楽しそうにジャスミンの問いかけに答える。


「ソノラ姉ちゃんと兄ちゃんの関係か? 姉ちゃんの一方的な片思い?」

「命の恩人って聞いたぞオレは」

「お姉ちゃんは必死で気持ちを隠しているんだけど、バレバレなのよねー」

「「「ねー!」」」

「あっ、でも、前に身体売ったって聞いたことある!」

「うわぁー! 兄ちゃんサイテー!」

「ふぅ~ん? そうなんだぁ」


 ジャ、ジャスミンさん? 笑顔が怖いですよ! ニッコリと輝く笑顔だけれど、背後に鬼がいるんですけど!?

 俺の身体がガタガタと恐怖で震え始める。


「ちょっと待ってくれ! 俺はソノラにそんなことしてないから!」

「シラン様? 本当のことを言ったほうが楽になれますよ?」

「ちょっ!? リリアーネ嬢までっ!?」


 ニコッと笑ったリリアーネ嬢の背後に、ゴゴゴッと黒い炎が燃えている。

 ひ、膝の上にさ、純粋無垢な可愛らしいレナちゃんが座っているから、怒るの止めません?


「そう言えば、ソノラ姉ちゃんが昔、夜中に兄ちゃんの名前を切なそうに呼んで喘いでいた声を聞いたことがある」


 うん、それはソノラのために忘れてあげようか。

 俺は聞かなかったことにするから。


「みんなー! フルーツ準備できたよー!」


 何というタイミングでおばちゃんの準備ができるんだ!

 最後の砦のレナちゃんまでが、八百屋のおばちゃんのところにトコトコと行ってしまったではないか!


「さて、女誑しの王子殿下? 詳しくお話を聞かせてもらいましょうか」

「シラン様? 全部教えてくださいね」


 ニコッと微笑むジャスミンとリリアーネ嬢。その輝く笑顔がなぜか猛烈に怖い。

 こうして、俺は人通りが多い八百屋の店の前で、正座をして美女二人にお説教されるのでした。


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