第26話 母からの手紙 (改稿済み)

 

 ヴェリタス公爵家のお茶会に参加して数日経った。

 珍しく暗部のほうも急ぎの仕事はない。

 使い魔の皆とワイワイおしゃべりしながら朝ごはんを食べていると、ハイドが近寄ってきて、一通の手紙を差し出してきた。


「ご主人様。ディセントラ様からです」

「ありがとう。んっ? 母上から? 一体何だろう?」


 手紙の差出人はディセントラ・ドラゴニア。

 俺の母親であり、ドラゴニア王国の第三王妃だ。

 頭が上がらない数少ない……いや、数多い人物の一人である。

 よく考えれば、使い魔の皆とかジャスミンとか、俺には頭が上がらない人が結構いた。

 あはは……これ以上考えないようにしよう。

 俺は手紙に集中する。開封された様子も、呪いや毒の類も無い。

 母上が朝一に手紙を送ってきたから、緊急のことなのだろう。

 俺は即座に手紙を開封する。

 手紙は母上の綺麗な字で簡潔に書かれていた。


『そろそろ暇でしょう? お茶会に来なさい。例のアレの件、お願いね』


 あぁーそうでしたそうでした。いろいろあって忘れていた。

 他の母上や姉上たちがお化粧品を欲しがっているらしい。

 今日は暇だし、城に行って母上たちとお茶しますか。行かなければ恐ろしいことが……ガクガクブルブル。

 ビュティを連れていけば何とかなる……はず。


「ご主人様、どうなさいました?」


 顔を青くしてガタガタと震えていると、隣に座っているソラが問いかけてきた。


「母上からのお茶会の誘いだった。他の母上や姉上も化粧品が欲しいんだってさ」

「なるほど。では、今日はご主人様の中にいますね」

「了解」


 今日はソラは俺の中にいるらしい。

 ソラは綺麗すぎるから城でも注目を集めるんだよな。

 連れていくのはハイドとビュティだけでいいか。

 えーっと、今日連れていくビュティさんはどこにいるかなー?

 見つけた!


「おーい! ビュティ! 今日俺と一緒に城に行くぞー! 母上と姉上たちがお化粧品作ってほしんだってー!」


 テーブルに座って、うつらうつらしながらご飯を食べていたビュティが、眠そうな瞳で俺を見つめる。


「……面倒臭い」

「面倒でも強制です! 急ぎの仕事はないだろ?」

「……ない。けど、行くのが面倒。シラン、向こうで召喚して」

「えぇー。ビュティが俺の使い魔だってことがバレるじゃん!」

「……私はいい」


 う~ん。ビュティは意外と面倒臭がりだからなぁ。

 自分の好きなことはとことんやる気を出して頑張るのに。

 母上たちにお願いして人払いしてもらうしかないなぁ。

 どうせ、ジャスミンやディセントラ母上はビュティのこと知ってるし……。


「はぁ。わかったよ。向こうで召喚するから、ちゃんと服を着とけよ」

「……りょーかい」


 よし。ビュティはこれでいい。

 ビュティを連れていけなかったら、俺が母上や姉上たちから怒られる。

 女性の美に対する意識ってすごいからなぁ。

 遠くをぼんやりと眺める。

 俺も今までにいろいろあったよ。本当にいろいろと……。

 さてと、このまま遠くを見つめていたいけど、そろそろ現実逃避は止めますか。

 俺は対面に座る女性二人にジト目を向ける。


「で? ジャスミンさん? リリアーネさん? 何故平然とウチで朝食を食べているのかい?」


 俺の使い魔たちにナチュラルに混ざって、何食わぬ顔で朝食を食べていたジャスミンとリリアーネ嬢が、上品に口をモグモグさせながら可愛らしく首をかしげた。


「何かおかしいかしら?」

「おかしなところは何もないと思いますが……」

「いやいや! なんで俺の家にいるの!? ここ数日、あちこちで見かけるんだけど!? 明らかに泊まってるよね!?」


 ここ数日、普段着で過ごしているジャスミンとリリアーネ嬢の姿をよく見るし、お風呂上がりの姿は色っぽいなぁ、と思ったり、お休みの挨拶したり、平然と俺の部屋に入ってくるし、いつの間にか二人の部屋ができていたりするし、一体どういうこと!?

 今も二人はラフな室内着だし!


「未婚の貴族のご令嬢が男の家に泊まったらダメだろ! もう遅いけど!」

「実家の許可もあるから、別に大丈夫よ!」

「私もお父様から許可をもらっています」

「家主の許可を取って! 俺の許可を取ってよ!」


 何も言わずに家に押し掛けるのはマナー違反だし無礼な行為に当たるんだぞ!

 俺の幼馴染のジャスミンが、紫色の瞳を煌めかせ、得意げに告げる。


「なんで私がシランの許可を取らないといけないのよ!」

「えぇ……」


 俺、一応王子。ジャスミン、一応公爵令嬢。

 身分は俺の方が上。忘れてませんよね?

 昔から俺の扱いが酷すぎじゃありませんか、ジャスミンさん?


「あっ、申し訳ございません。シラン様のお家にお泊りさせていただいています」


 うん、リリアーネさん。謝罪したのはえらい。でも、事後報告は止めようか。

 事前に報告が欲しかったなぁ。そしたら断れたのに……。

 まあ、これを企んだ人物は他にいるだろうし、二人に罪はないはずだ。

 既成事実を作る気満々の、下着を嗅ぐのが止められない変態とか、巨乳好きのメガネの仕業だろう。

 脱毛薬をかけてやろうか!

 二人が俺の家に泊まっているということは、二人の実家も了承済みだろうし。

 あぁ……胃が痛い。朝から胃が痛い。

 噂が広まっていないといいなぁ。もう遅いだろうなぁ。

 ははは、現実逃避がしたい。


「俺、朝食が終わったら城に行くけど、二人はどうする?」

「私はもちろんシランの護衛をするわよ!」

「私はシラン様やジャスミン様の傍から離れないようにと厳命されていますので、お二人について行きます」

「ですよねー。そうなりますよねー」


 噂が広がるのは必須だな。

 母上や姉上たちからも追及されるな。

 うぅ。胃が痛いよぉ……ちゃんと朝食は残らず食べるけどさ!

 よし、決めた!

 こうなった元凶であろう下着好きの変態と巨乳好きのメガネに脱毛薬の刑だ!


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