第11話 ヴェリタス公爵家 (改稿済み)

 

 ヴェリタス公爵領に着いた俺は領都の娼館に行き、使い魔たちを可愛がると同時に情報収集に勤しんでいた。

 娼館はもちろん暗部が経営している娼館だ。ドラゴニア王国のすべての都市と、他国のほとんどの都市に置かれているのは秘密である。

 使い魔たちとイチャイチャしながら時間を潰す。

 今、ハイドがヴェリタス公爵家に行ってアポイントメントを取ってくれているのだ。

 丁度ハイドが扉を開けて入ってきた。綺麗にお辞儀をする。


「ご主人様、ヴェリタス公爵が今からお会いになるそうです」

「おっ? もっと時間を空けられると思ったんだが」

「急な来客があり、一人も二人も変わらないと」

「その来客は誰だ?」

「ルーザー男爵家子息ドッグです」


 リリアーネ嬢を誘拐計画を立てた本人が来ているのか。バカなのか?

 突然押しかけて、その後すぐに事件が起こったら真っ先に疑われるのに、そんなこともわからないのか?

 まあ、誘拐計画なんて馬鹿なことを考える奴にはわからないか。

 目当てはリリアーネ嬢だろうから、俺がぶっ潰しに行きましょう。


「ピュア、インピュア戻ってくれ。ソラとハイドは一緒に行くぞ」


 人化して抱きついていた美少女のピュアとインピュアが俺の中に戻っていく。メイド姿のソラと執事服のハイドは頷く。

 俺は彼らを伴って娼館を出た。

 領主であるヴェリタス公爵の屋敷は歩いて行ける距離にある。

 街の中を観察しながら、領都の中心にある大きな屋敷に向かう。

 大きな荘厳な門のある屋敷。壁と門は二重だ。

 最初の門は普通に入ることができ、その中で荷物の取引やアポイントメントを行う。

 そして、第二の門は厳重に警戒されており、騎士たちが構えている。

 防衛的な観点からも、城壁と門が二重になっていたほうがいいのだ。

 さすが最上位貴族である公爵の屋敷。規模が違う。

 俺たちは第二の門のその奥にあるほぼ城のような屋敷に用がある。

 護衛の騎士たちが近づく俺たち三人を睨みつけ、いつでも抜けるように剣に手をかけた。

 そんなに怪しく見えるだろうか?


「……ご用件は?」

「ドラゴニア王国第三王子シラン・ドラゴニア。さっきアポイントを取ったぞ」

「承っております。どうぞ中へ」


 名前を言ったら即座に警戒を解き、恭しく敬礼して中に入れてくれる。

 門の中に入り、待機していたメイドに案内される。

 民からも嫌われているが、一応俺は王子だ。対応が悪かったら一発不敬罪だし、仕えている主のヴェリタス公爵に泥を塗ることになるのだ。

 ここは公爵家の屋敷。対応は完璧。


 民衆から悪口を言われ、お茶会では飲み物をこぼされ、ジャスミンには照れ隠しで叩かれるけど、普通なら俺は最上級のもてなしを受ける立場。

 久しぶりの丁寧な対応に少し驚く自分がいる。


 ヴェリタス公爵家の屋敷は、王城ほどではないが、貴族らしく豪華な屋敷をしていた。

 他の貴族に舐められないように、ある程度豪華にする必要があるのだろう。

 まあ、ヴェリタス公爵家は超武闘派なので、壁に飾られているのは刀剣類や防具だが。


 時折、抜身の刀身が鋭く輝いているのがちょっと怖い。

 あれ、真剣だよね? 滅茶苦茶よく斬れそう。触ったら指が簡単に切り落とされるに違いない。

 俺は屋敷を案内してくれているメイドに話しかける。


「公爵はどこにいる?」

「応接室にてお客様のご対応をされていらっしゃいます」

「ドッグ・ルーザー殿だろ。じゃあ、そこに案内してくれ」

「しかし……」

「俺が命令しているんだ。案内してくれ」


 少し踏ん反りながら王子の強権発動。

 逡巡したメイドは仕方なく案内してくれた。他のメイドも慌てて臨機応変な対応を行う。

 ちょっと悪いことをしてしまったな。

 普通はこんな態度はとらないのだけど、今回はいろいろとあるから仕方がない。

 今更我儘王子と思われても、俺の名なんか地に落ちているからな。

 メイドに案内された部屋。ここが応接室らしい。


「案内してくれてありがとう。じゃあ、お邪魔しまーす!」


 あっ、とメイドの声が聞こえたが気にしない。

 ノックもせずにドアを開けて中に入る。ハイドとソラも俺に続く。

 応接室の中ではドッグ・ルーザー男爵子息と、ストリクト・ヴェリタス公爵が喋っていた。

 小太りのドッグが偉そうに踏ん反り返りながら横柄に喋り、すらっとしながらも鋭い目つきで一切油断がないヴェリタス公爵が黙ってこめかみに青筋を浮かべている。


 なにこの一触即発の空気。これは予想外です。


 話を中断させられたドッグが忌々しそうに俺を睨み、ノックをせずに入ってきた失礼な俺にヴェリタス公爵が眉を吊り上げる。


「なんでふか! 貴様は!」


 独特な喋り方でドッグが声を荒げる。俺のことがわからないらしい。


「シラン殿下。客間にご案内するよう手配していましたが?」


 一目で俺に気づくヴェリタス公爵。そりゃあ、小さい頃から知っていたらわかるよな。俺のことを知らなかったら大問題だし。

 シラン殿下だと、と驚いているドッグのことは無視する。


「すまない公爵。俺が無理やりメイドに命令したんだ。彼女のせいではないからな。全ては俺のせいだ」


 まだドアのところで顔を青ざめて固まっているメイドに気づくと、ヴェリタス公爵はため息をついた。


「殿下のご命令なら仕方がない。下がっていいぞ。殿下、お茶は……」

「こちらに」


 メイド姿のソラがどこからともなくお茶を準備する。

 俺が好きなお茶。ソラは美しい動作でカップに注いでくれる。

 ドッグの目が美しい姿のソラに釘付けになっているのは気に入らないな。

 勝手にソファに座り、隣にソラを侍らせる。ハイドは俺の背後に立っている。

 公爵に許可を取らずに自由勝手にするのは無礼だけど、公爵はもう諦めたようだ。

 お茶を一口飲む。うん、美味しい。


「さて、殿下。どういったご用件で? 現在、見ての通り来客の対応中なのですが」

「ご息女、リリアーネ嬢に会いに来た」

「ふぁっ!?」


 ドッグが驚いている。ヴェリタス公爵はピクリと一瞬だけ眉を動かした。

 リリアーネ嬢を溺愛しているヴェリタス公爵にとっては嫌な用件だろう。


「何故我が娘にお会いになりたいのですか?」

「つい先日のことなのだが、俺はリデル・フィニウム嬢から婚約破棄をされてな。父上から新たな婚約者としてリリアーネ嬢を推薦されたんだ。これは父上からの手紙だ」


 偽装のために父上に書いてもらった手紙だ。

 無表情のヴェリタス公爵が父上からの手紙を黙って読む。

 表には出さないが、内心は怒り狂っているに違いない。僅かに怒気が放出されている。

 話を聞いていたドッグがフガフガと怒りの声をあげた。


「何を言っているのでふか貴様は! このボクがリリアーネ嬢と結婚するのでふ! 今、公爵と決めたのでふ!」

「私は認めていませんよ。アポイントもなしに押し掛けてきた無礼者に娘を嫁がせる気はありません!」

「だそうだ」


 むふー、と怒っているドッグ・ルーザー。太った豚のようだ。

 手紙を読み終わったヴェリタス公爵が丁寧に手紙を畳む。

 はぁ、と嫌そうな態度を隠すことなくため息をついた。


「国王陛下からのお願いなら仕方がありませんね。しかし、娘に手を出したら殺しますよ!」

「公爵として王子に殺すとか言っていいのか?」

「これは父親として言ったので問題ありません」

「そういうことにしておこうか」


 公爵家に仕えている執事やメイドが顔を青ざめている。

 流石に公爵が王子相手に殺すとか言うとは思わなかったのだろう。

 普通なら処罰が確定だな。面倒くさいからそんなことはしないけど。

 公爵も部下の心情を考えましょうよ。親バカすぎじゃありませんか?


「むふー! そいつはよくで何故ボクはダメなのでふか! リリアーネと会って結婚するのでふ! ボクの言うことを聞け公爵!」


 おっと、リリアーネ嬢を呼び捨てにしたことでヴェリタス公爵がキレそうだ。

 体中から怒気をまき散らしているが、バカなドッグは気づかない。

 これって俺の役目はなくない? この後すぐに公爵がルーザー男爵家を潰すでしょ。


「ドッグ・ルーザー殿。直ちにお引き取りを」

「何故でふか! ボクはリリアーネと結婚するのでふ! たかが公爵風情がボクに命令するな!」

「っ!?」


 お前は男爵の息子だろうが!、と言いたいけど口には出さない。

 こいつは今目の前で殺されてもおかしくはないけど、俺がいるので公爵は何とか我慢したようだ。

 表面上は穏やかにしているけど、明らかに瞳に殺意が宿っている。

 ふむ。リリアーネ嬢を呼んでドッグを煽ってみるかな。


「ヴェリタス公爵。リリアーネ嬢をここへ呼んでくれ」

「何ですと?」

「それとも、俺がリリアーネ嬢の部屋へ向かったほうがいいか?」

「そうでふ公爵。リリアーネをここへ呼ぶのでふ!」


 リリアーネ嬢を一目でも見たいドッグは俺の提案に乗っかる。

 ヴェリタス公爵は悩んだものの、自分の眼の届くところのほうがいいと決断する。


「いいでしょう。しかし、ドッグ・ルーザー殿は……」

「そいつとは話は終わっていないのだろう? まだ帰すな」


 公爵家当主であるストリクト・ヴェリタスは王子の俺に逆らうことは出来ない。

 俺がドッグを帰さない理由はわからないものの、渋々命令に従った。


「……わかりました。リリアーネを呼びなさい」


 ヴェリタス公爵は嫌そうな口調を隠すことなく従者に命令した。


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