第3話 裸の付き合い (改稿済み)


 

 カポーン!


 俺は今、お風呂に入っている。王城の豪華な大浴場。

 身体を洗い、ちょうどいい湯加減の湯船に浸かっている。

 じんわりと身体の芯まで温まり、疲れやストレスが抜けていく。

 お風呂に入ることは別に苦にならない。むしろお風呂に入るのは好きな方である。

 いつもは使い魔たちも勝手に出てきて賑やかなお風呂なのだが、今だけは大人しくしている。

 何故ならば、俺の隣に他の人物がいるからである。


「なあシラン? お風呂って癒されると思わんか?」

「ええ、そうですね。癒されますね。いつもなら」


 隣の筋骨隆々の男性が逞しい腕を俺の肩に回してくる。

 暑苦しいし、裸の野郎に触れて欲しくない。

 女性だったら大歓迎なのに。


「何っ!? ということは、今は癒されないということか!? 父と息子の親子の触れ合いだぞ!」

「父上。キモイです」

「ガーン!」


 わかりやすく落ち込む俺の父親。

 白銀の龍を崇め奉るドラゴニア王国の国王ユリウス・ドラゴニアである。

 普段は鋭い眼光で民を導く偉大な王だが、現在はチラッチラッと視線を向け、構ってくれオーラを放出している。

 威厳もへったくれもない。

 ただの息子に構って欲しい気持ち悪い父親である。


「ご息女にそんな態度を取っていませんよね? さらに嫌われますよ」


 父上に真面目な口調で進言したのは、この国の宰相リシュリュー・エスパーダ侯爵だ。

 お風呂なのに眼鏡をかけている。

 湯気で白く曇っているが、拭うつもりはないらしい。

 この生真面目な宰相がいなければ、この国は崩壊するだろう。それほど有能で重要な人物だ。


「俺、子供たちに嫌われているのか!? だから一緒にお風呂にも入ってくれないのか!? もうシランしか裸の付き合いをしてくれないんだぞ!?」

「王子殿下も王女殿下も大きくなられたのですから普通のことです。むしろ、シラン殿下が陛下にお付き合いされている方が珍しいです」

「そうですぞ! 私の子供も最近は喋ることもしてくれなくて、反抗期ですな! くっ! 娘に『お父様臭い』と言われた日には寝込みましたぞ!」


 低くて渋い声もリシュリューに同意する。

 全身が分厚い鋼の筋肉で覆われた逞しい体格の男性。

 ドラゴニア王国近衛騎士団団長レペンス・デリア侯爵だ。

 レペンスは声では明るく振舞っているが、ほろりと目から涙が零れ落ちた。

 子供に臭いと言われたのが余程ショックだったのだろう。今にも倒れそうだ。

 父上も宰相もどこか遠くを見てほろりと涙を流す。

 心当たりがあるようだ。

 父親って大変だなぁと心の底から思う。

 俺は今、父上である国王と宰相のリシュリューと近衛騎士団の団長レペンスの三人とお風呂に入っていた。

 一糸まとわぬ裸の付き合い。

 暑苦しくてむさくるしい。

 一刻も早くお風呂から上がりたいが、この三人とはいろいろと話すことがある。


「さて、本題に移ろう。シラン報告を」


 王の覇気を纏った父上の言葉に、宰相と団長が仕事の顔つきになる。

 涙の跡は拭い忘れているが。

 この国を動かす三人の覇気はすさまじい。俺が慣れていなかったら気絶していただろう。

 俺は心に深い傷を負っているすっぽんぽんの成人男性三人に報告をする。


「はい父上。先ほど俺の婚約者であったフィニウム侯爵家次女リデル嬢から婚約を破棄されました」

「ほう? 俺はフィニウム侯爵から何も聞いていないぞ。リシュリューは?」

「私も聞いておりませんな。フィニウム侯爵から縁談を申し込まれたはず。しつこ……いえ、熱望されたため陛下も渋々認めましたよね?」

「そうだな。婚約を申し出た侯爵家から破棄するとは少々無礼ではないか?」


 父上のこめかみに青筋が浮かんでいる。多少イライラしているようだ。

 リシュリュー侯爵も暗い微笑みを浮かべている。

 大変怒っている証拠だ。


「まあ、とっくの昔から別の男がいることはわかっていましたからね。立場上別の男と関係を持っている女性と結婚できません。それに、俺としても婚約を破棄されたほうがいろいろと動きやすいです」

「何? 俺には報告は上がっていないが?」

「報告していませんので。それに、リデル嬢のお相手はダンデサカム・ダリア殿ですし」

「ぬぁぁあああああにぃぃいいいいい!? 殿下の婚約者を寝取ったのは私の息子ですとぉ!?」


 ザバァーンッと勢いよく立ち上がったのはレペンス騎士団長。

 それもそのはず、寝取ったのが事実なら処刑もあり得るほどの出来事なのだ。

 裸のまま俺に詰め寄ってくる。

 目の前にぷら~んぷら~んした逞しいものがドアップ。目に毒だ。腐れてしまいそう。

 何故男性のものをドアップで見なければならないのだろうか。裸の女性だったら嬉しいのになぁ。

 後でソラ達に癒してもらおう。

 筋肉ムキムキのレペンス騎士団長が、俺の目の前で全裸で深々と頭を下げる。


「申し訳ございません殿下! ウチの息子がバカなことを。私を含めた一族全員処刑してくだされ!」

「別にしませんよ。面倒くさいです。騎士団長が死んだら国が困るんですけど」

「では息子だけでも!」

「しません」

「では、ダンデサカムの腕を斬り落とし、我が侯爵家から追放いたします。それくらいしなければ、シラン殿下や陛下、他の王族の方々に顔向けできません!」

「うむ。俺としても、それくらいしなければいけないと思うぞ。リシュリューはどう思う?」

「そうですね。ダンデサカム殿をダリア侯爵家からの追放。そして、フィニウム侯爵家への罰則でしょうか? 不貞を行ったのはフィニウム侯爵家のリデル嬢なので。貴族同士の婚約なら許されたかもしれませんが、今回は王族、シラン王子との婚約でした。それも侯爵家からの申し出があった婚約です。お咎め無しでは済まされません」


 くっくっく、と暗い笑い声を発する宰相のリシュリュー。

 父上も同じ表情で笑っている。

 絶対二人で悪だくみをしている。

 関わらないようにしよう、と俺は深く決心する。

 レペンス騎士団長は俺の目の前でぷら~んぷら~んさせながら頭を下げたままだ。


「レペンス騎士団長。頭を上げてください。元はというと俺のせいでもありますから。俺は毎日娼館に通う夜遊び王子ですからね」

「しかし! それは殿下が……!」


 ガバっと頭を上げるレペンス騎士団長。

 彼の言葉を俺は遮った。

 ついでに目の前のブツもタオルで遮ってください。


「いいからいいから。俺は独り身のほうが気が楽なんですよ。それにどっちにしろ、婚約を破棄させるように動く予定でしたから。計画が前倒しになっただけです」

「夜遊び王子……民の血税を食い荒らす最低最悪の無能王子。殿下に濡れ衣を着せてしまい、申し訳ございません」

「シラン、すまない」

「申し訳ございません殿下」


 裸の男性三人が立ちあがって俺に頭を下げてくる。

 頭を下げてはいけない立場の三人が俺に向かって謝罪しているのだ。

 取り敢えず、謝罪はいいから目の前のぷら~んぷら~んしているものを隠してください。

 極めて目に毒です。


「別に気にしてないので謝らなくていいです。それよりも座ってください。三方向からのドアップで目が失明しそうです」

「んっ? おぉう……すまんすまん。いろいろと気にするお年頃なのか。息子もデカくなったなぁ」


 息子と言いながら、父上は俺の股間のあたりを凝視している。

 大きさに感心しているようだ。

 そっちの息子かよ、このクソ親父。


「……父上? 変なところを見ないでください。もう一緒に風呂に入りませんよ? というか、何故俺が報告するときは、いつもいつも風呂場なんですか!?」

「俺が子供とお風呂に入りたいからだぁ! シランしか一緒に入ってくれないし」


 落ち込んでうじうじする中年オヤジ。

 だから他の兄上や姉上たちに嫌われるんですよ、と言うとさらに落ち込むから言葉にはしない。


「シラン殿下は王族の中でも最も稼いで、一切王族のお金に手を付けていないのですがねぇ。全て殿下の私費で生活を行われているというのに。国の中でも財務局しか知らないことですが……」

「それに私にも匹敵する戦闘能力の持ち主。影の存在なのが実に勿体ない」

「王族の中に悪役がいたほうが便利でしょう? 反乱分子もあぶり出せます」

「それはそうだが、シランは王族だ。血筋を残さねばならない。グロリア公爵家のジャスミン嬢はどうだ?」


 父上がニヤニヤ笑っている。

 リシュリューもレペンスもニヤニヤ笑いが止まらない。

 絶対あいつの気持ちを知ってて言ってるな。

 城の中の人物は全員ジャスミンの気持ちを知っている。もちろん俺もだが。

 だけど、わざと知らないふりをして、はぁ、とため息をつく。


「父上たちは俺を殺す気ですか? あの正義感の強い暴力女……うおっ!? 何だこの寒気はっ!? やべぇ……勘良すぎだろ……」

「ジャスミン嬢、ドラゴニア王国の宝石と言われる『神龍の紫水晶アメジスト』ですか。ならいっそ『神龍の蒼玉サファイア』もお付けしますか?」

「ヴェリタス公爵家のリリアーネ嬢か。ほとんど表には出て来ない深窓の令嬢。確か婚約者はいなかったはず。年齢もシランと同じ。いい考えだなリシュリュー」


 ドラゴニア王国では美しい女性を、瞳の色にちなんで、龍が護る宝石に称することがある。

 俺の幼馴染のジャスミンは紫の瞳の色から『神龍の紫水晶アメジスト』、リリアーネ嬢は『神龍の蒼玉サファイア』として有名だ。

 王国が誇る美女である。


「だから俺を殺す気ですか!? 当主のストリクト・ヴェリタス公爵は娘のリリアーネ嬢を溺愛して嫁に出す気皆無じゃないですか! それに公爵は超武闘派です! 俺なんか一瞬で殺されますよ!」

「シランは死なないだろう?」

「確かに死にませんが、痛みは感じるんです! 超痛いんですよ!」


 どうやら大人たちは俺の意見を無視するらしい。

 何やらニヤニヤと笑いながら話し合っている。

 こうなったら最終手段を取るしかないな。

 ―――脅迫だ。


「へぇー。良いんですかね? 奥方にあの秘密をバラしますよ?」


 ギクリッと身体を震わせて、錆びついた歯車のようにギギギッと首を動かして大人三人が振り向く。

 俺は勝ち誇るようにニヤリと笑った。

 三人の大人の顔色が青くなる、いや、青を通り越して白くなる。


「シ、シラン? あ、ああああああの秘密とは一体何のことだ?」


 父上は心当たりがいくつもあるのだろう。

 目を泳がせ、声を裏返すほど動揺して、もしかしてあのことか、それともあれか、と、呟いている。

 リシュリューとレペンスも似たような反応だ。


「父上が密かな趣味にしている母上たちの下着を嗅ぐことをバラしますよ? あれっ? 姉上の下着にも手を出していませんでした?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 言うなぁぁああああああああ!」


 国王の父上が発狂する。まあ、姉上の下着は母上の下着に混じっていて事故だったのだが。


「宰相が密かに収集している巨乳美人の無修正エロ写真をバラしますよ? あれっ? 奥方はスレンダーな方だった気がするのですが?」

「殿下ぁぁあああああああ! お許しをぉぉおおおおお!」


 宰相のリシュリューが発狂する。まあ、気持ちはわかるよ気持ちは。


「団長が密かに通っている娼館のことを全てバラしますよ? あれっ? 次に娼館に行ったら去勢するって言われてませんでした?」

「お止めくださいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 近衛騎士団長のレペンスが発狂する。まあ、俺はほぼ毎日娼館に通っているけどね。

 虚ろな目をした男性三人が、ザバッと水しぶきを上げながら立ち上がる。

 そして、一斉に身体を90度に折り曲げた。


「「「お願いします。黙っていてください」」」


 国王、宰相、近衛騎士団長という頭を下げてはいけない人物が俺に向かって頭を下げる。

 そう言えばさっきも見た気がするが……。

 というか、目の前に凶悪なものが三つもぷら~んぷら~んと主張している。

 実に気持ち悪い。モザイクが欲しい。


「わかりました。俺は何も言いません」


 実際全部バレているんだけどね。奥方はカンカンだよ。

 皆さんとっておきのタイミングを狙って黙っているらしいけど。


「「「ありがとうございます!」」」


 だから、頭を下げなくていいから、そのぷら~んぷら~んしているものをどうにかしてください。

 マジでお願いします。


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