第11話 相談 ─哲也side─
「で、今日はなんだ?」
いつもは電話かメッセージ、たまに近所の神社に呼び出されることなんかもあるが、帰り道に誘われるのは初めてだ。
どうせツマラン内容だとは思うが、いつもより深刻そうではある。
「今朝、学校に行ったの」
んなこたぁ判ってるっつーの。
いつものように同じ電車に乗ってたんだし、お前はいつものように和真の背中を見ながら学校への坂道を歩いていただろうが。
まあ俺も、その更に後ろから美澄の背中を見ながら歩いていたわけだが。
「教室に入ったら、私の席が和くんの前になってたの」
「は? なんで?」
「先生に相談して変えてもらったって」
「へー、良かったじゃねーか」
和真もやっと動き出したか?
まあこんなメンドクサイ問題児、かなり強引にならなきゃ一向に進展しないだろうしな。
「緊張する」
今更かよ。
何年の付き合いなんだよお前ら。
「そうは言っても仲良くなるチャンスじゃねーか。いちいち俺に相談する必要あんのか?」
「和くん、日の丸弁当だったの」
「は?」
やっぱメンドクセーわコイツ。
なんで断片的にしか話せねーんだよ。
いくら美人とはいえ、和真もよくこんなの相手してられるな。
いや、
「えっと、昼休みに和真の弁当が、御飯に梅干しだけだったと?」
こくり。
コイツは黙ってるところを眺めてるだけの方がいいな。
「おかずを分けてやったら、不味いとでも言われたのか?」
「無視したの」
「はあ!? 和真は何も言ってこなかったのか!?」
アイツも
あるいは美澄に分けてもらったか……くっ、和真め!
「だし巻き卵が欲しいって言ってたんだけど」
「……欲しがってたのに無視したのか?」
こくり。
メンドクセー!
「お前、もうアレだ、やめとけ」
「ど、どうしてそんなヒドイこと言うのよ!」
「無視して日の丸弁当食わせてるお前にヒドイとか言われたかねーよ!」
「ひっ」
おっといけね、勢いで一歩詰め寄ってしまった。
こういう防御態勢を取られると、慣れてる人間でもちょっと傷付くんだよなぁ。
「今日のお弁当、私が作ったやつだったから……」
「そうか、だし巻き卵ってことは、あれか」
こくり。
昔、岬の灯台のところで食べた弁当。
和真に大好評だった、葉月お手製のだし巻き卵。
ということになっているが。
「アレは嘘でした、って言っちゃえば?」
「む、無理!」
「つったって、お前、旅館の料理人が作ったものを、小学生の私が作りましたって言っちゃったんだからさ、思い出補正で美化された上に、年月が経って更に料理が上手くなってると思ってるだろうし、永遠に追いつけなくね?」
「……」
「この先ずっと、和真に手料理の一つも食べさせてやれないことになるぞ?」
「……どうしよう?」
「はぁー、こっちが訊きたいよ。そもそも、アッチの方は問題無いのか?」
首を振る。
そりゃそうか。
コイツの場合、寧ろそれが問題なんだ。
あの時の弁当が嘘だろうが、和真はそんなことで葉月を嫌ったりするワケが無いし、問題は葉月自身にある。
ただの潔癖症、だけなら何とかなる。
でもコイツは──
「私、汚いから……」
逆潔癖症も併せ持った、超絶メンドクサイ女だ。
生来の綺麗好き。
更に周りから散々その容姿を綺麗だと持て
そこで自分は綺麗で周りは汚い、と思うだけならまだ簡単だった。
だがコイツの場合、自身も、より綺麗でならないといけない、みたいな強迫観念が芽生えた。
ある意味、完璧主義なのか、自分のちょっとした汚れも許せなくなる。
綺麗だと言われれば言われるほど、汗をかく自分が、排泄をする自分が、そして、嘘を吐く自分が汚いと思い始める。
美澄と和真が仲良くすれば嫉妬する。
そんな感情は、人として当たり前のことだが、コイツは自分は汚いと思うのだ。
どす黒い感情、見栄や
だからコイツは、周りが汚いと思う潔癖症でありながら、同時に、周りを汚いと思ってしまう自分の心も汚いと思っている。
身体的、物質的な綺麗さだけでなく、精神的な潔癖ささえ自身に課してしまったコイツは──
「やっぱ俺から和真に言った方がいいんじゃないか?」
「む、無理っ!」
「いや、今のままの方が無理だろ」
「今の私のままじゃ、絶対に和くんを傷付けるから……」
まあそうだろうな。
しかもコイツは、和真に対しては嫌悪感など持っていないのに、自分が汚いと思うから距離を取る。
避けられたり距離を取られる度に和真は傷付く。
そしてコイツは、和真を傷付けた自分を汚いと思う。
ああ、なんという負のスパイラル!
「そういう哲也こそ、美澄に言えばいいじゃない」
「む、無理だっ!」
「どうして? 私よりずっと問題無いと思うけど?」
「いや、きっとアイツはまだ俺を恨んでる」
「美澄は恨んだりするような子じゃないでしょう?」
「そうかもだが、もしかしたらアイツも和真のことが好きかもだし……」
「……どうしよう?」
「どうしたらいいんだろうなぁ……」
結局、二人ともメンドクサイ人間で、途方に暮れるしか無いのだった。
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