魔法があふれた日常で

七草凪

プロローグ

魔法使いとは世界の理を学び、世界の理を守る者である。


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 アトランティス 魔法学園・大講堂


『これより、今年度卒業式を開催します。卒業生、入場』

 

 拡声魔法による短いアナウンス。

 続いて大講堂の中央扉から今年度の卒業生が列を成して入ってくる。

 大講堂全体を見渡せる最上段の貴賓席。

 落下防止の柵から身を乗り出し、一人の女性がキョロキョロと眼下に目をやり、誰かを探していた。

 もし近くで見ている者がいたら行儀が悪いと嗜められる行動であるが、咎めるは誰もいない。

 やがて女性は目的の人物を見つけたようで、口元が弧を描く。

 女性の赤い瞳に映るのは一人の少女であった。


(あーあー、緊張しちゃって)


 表情は見えずとも不規則に揺れる後頭部、足と腕が同時に出る挙動不審な行進。

 女性は欄干に肘を立て、頬杖を突きながら少女の行動を愛おしそうに追う。

 

「おお、大魔導士マグナ・マギカ! こちらにおられました――」


 ガチャガチャドカ!っと貴賓席に入るドアが勢いよく開かれ、初老の男性が入り込んでくる。

 女性は見向きもせず、何かを言い終える前に、その騒がしい男の口を閉じさせた。

 正確に言うのであれば、男は口はパクパクと空いたり閉じたりを繰り返すが、音が発せられない。

 そして男は彼女から発せられる「邪魔をするな」オーラを敏感に感じ取り、襟元を今更ながら正す。

 これ以上、彼女の邪魔をせぬよう、なるべく静かに近寄り、眼下の卒業式の様子を眺めることにした。

 男に出来たことはと言えば女性がこちらに声を掛けてくれることを祈ることだけであった。

 卒業生全員が舞台上に上がり、入場が終わる。


「で、私に何か用?」


 祈りは通じたようで、男の方に目をやる事なく、険のある声で女性は口を開く。

 女性の機嫌を損ねたことを理解ながらも、男は顔から流れる汗をハンカチで拭きながら用件を伝える。


「こちらでなくとも来賓席を用意しておりましたのに」

「今日の私は完全プライベート。愛弟子の雄姿を愛でに来ただけだ。あんな堅苦しい場所は御免だ。まぁ、来賓席でワインを片手にとでも言うのなら考えなくはないが」


 女性の発言に男は苦笑する。

 男は与えられた任務――彼女を来賓席にエスコートしたいという思いは僅かにはあったが、彼女の様子から任務を早々に諦め、普段社交界へほとんど顔を出さない彼女との親睦を深めることに切り替えた。

 目を細め、舞台に上がった今年の卒業生を眺める。


「しかし、流石は貴女様に見出された才の持ち主。四大貴族の子が揃った粒ぞろいの世代の中で主席卒業。末恐ろしいですな」

「あいつは卒業試験前日まで『このままでは留年する』と泣きながら勉強していたがな」

「はい?」

「私が卒業した時のポイントでぎりぎり卒業出来たと教えていたからな」

「そ、それは何とも……お気の毒な」


 男は天才と噂されていた彼女の弟子に同情する。

 目の前の彼女が学園を卒業したポイントは歴代最高点。

 卒業してから××年(自主規制)経った今日これまで抜かれることのなかった。

 そう過去形だ。

 今年、遂に抜かれることのないと言われた歴代最高点を書き換え、卒業するものが現れた。

 そして式は進んでいく。


『卒業生代表、ミサキ・タネダ』

「はい!」


 卒業生代表、それは今代の首席に与えられる名誉。

 壇上に登るのは黒髪の少女。

 簡素な髪留めが前髪により目にかからぬよう付けられている。

 子犬を思わせる瞑らな瞳。

 凛とした表情で背筋をピンと伸ばしても、東洋の血をひく少女の身長は様々な国の血が混じる魔術学園では、他の卒業生と比べると一際小さく見えた。

 今日、この大講堂に集まった者の視線が中央へと一斉にむく。

 僅かな騒めき。


「あれが噂の……」

「大魔導士の秘蔵っ子、実在したのか」

「次席と2倍以上のポイント差をつけたとか」


 今年の卒業式は例年に加えて観覧者の多い式となった。

 卒業生の親だけでなく、色々と噂の少女を一目見ようと集まった者達だ。

 初老の男性も少女の実力を見極めるよう目を細める。

 この世界の未来を担う者達の品定め。

 それらとは無縁にただ真っ直ぐな目で壇上を見る者が一人。


 大魔導士マグナ・マギカと呼ばれる女性は弟子の晴れ舞台を愛おしそうに眺めるのであった。

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