僕のハーレムは、二軍らしい

読み方は自由

第1話 地味だね《仰木颯》

 モテる人には、どうやら二種類いるらしい。一つ目は、モテる理由が明らかなタイプ。これは男女を問わずして、美男美女、特に社交性の高い人が多かった。彼らは学校でのランクも高く、彼らが大声で何かを話していると、周りは決まって聞き耳を立てるか、あるいは一緒になって笑ったりしていた。


 二つ目は、モテる理由がイマイチ分からないタイプ。これは創作物、特に男子向けのラブコメや少女マンガなどに見られる現象で、地味または冴えない主人公が多くの魅力的な異性に言い寄られ、最終的には(そうでないのもあるが)意中の異性とめでたくゴールインする。「モテない奴の妄想」と笑う人も多いが、現実問題、そう言う人も少なからず存在していた。

 

 僕の場合はまだ、そう言う人は見ていないけど。僕が通っていた中学校では……あるイケメン、なんて失礼かな? 僕の幼馴染が、ハーレムを作っていた。男女ともに人気のあった女子生徒から、男子人気ナンバーワンの黒髪美少女まで。男なら、一度は夢見る最高の楽園を作っていたのだ。


 幼馴染の僕が、脇役になってしまう程に。彼のハーレムは、正に一軍そのモノだった。学校中の美少女達を網羅して……男子達は「それ」を羨ましげに見ていたが、自分と彼のスペック差に絶望し、彼の事を尊敬する人はいても、彼の事を非難する人はいなかった。

 

 彼は、学校のヒーローだった。思春期の春を象徴する、僕達の英雄。その影に隠れて……昔は、同じ所を走れていたのに。僕が僕の現実を知った頃には、彼はそのずっと先を走っていた。僕のスペックでは、決して追いつけない場所を。


 彼の走る世界には、青春の草原が広がっていた。綺麗な花々が咲き誇る、文字通りの草原が。彼は「そこ」を駆け抜け、まるで自分の存在を見せつけるように、僕と同じ公立高校に進学した。

 

 彼は爽やかに笑うと、周りの女子達(主に中学校から一緒の女子達だ)を置いて、僕の所まで行き、丁度空いていた前の席に座った。


「高校の部活、まだ悩んでいるのか?」


 周りの人達が、不思議そうに見ている。中学から一緒の人は別だが……高校からの人は、僕が彼と幼馴染である事に驚きを隠せないでいた。「あの地味で目立たない野郎が?」と。実際、僕と彼とでは天と地程の違いがあった。


 一方は、早くも学校の人気者。もう一方は、見るからにパッとしない少年。その二人が幼馴染で、しかも親友と来れば、驚きこそあっても、それを納得する人はいなかった。桜庭君には、もっと相応しい人達がいるのに。


 僕と彼の関係を良く思わない人達は、僕の事をまるで悪人のように見ていた。「僕が彼の事を縛っている、彼はその犠牲者なのだ」と。誰にでも優しい彼は、僕の事をただ哀れんでいるだけなのだ。僕の事を独りにしないように。


 幼い頃から一緒にいた理由も、その優しさから来ているものなのだ。周りの人達はそう考えて(かなり勝手な理屈だが)、僕が彼と話していると、あからさまに不機嫌になった。


 僕は、その空気が死ぬほど苦手だった。心の奥が、凍えるように。だから彼と話す時は、必要な事以外は話さない……もっと言えば、あまり関わらないようにしていた。


「ああ、うん。中学の時も、あまり部活に行かなかったし」


「そっか……。俺は、サッカー部に入るよ」


 サッカー部、か。うん、彼のような人間にはピッタリな部活だろう。昔から運動神経良かったし。今年は分からないが、来年には主将になれるかも知れない。


「そっか」


「うん」


 彼は「ニコッ」と笑って、椅子の上から立ち上がった。


「入りたい部活が無かったら、サッカー部に来なよ。また、昔みたいに暴れようぜ?」


「うん」と言いかけたが、ギリギリの所で押しとどめた。君は、確かに暴れられるかも知れないけど。レギュラーになれるかどうかも分からない僕には、そんなのは夢のまた夢だった。


「僕は、せいとは違う」


 仰木颯は、何処まで行っても脇役なのだ。「桜庭さくらばせい」と言う、主人公を立てる。脇役は主人公を生かす事はできても、物語から生かされる事はないのだ。


 僕は入部届の用紙に視線を戻し、憂鬱な顔でその用紙を見つめつづけた。



 高校に入って一週間が経つが、高校の放課後はやはり落ち着かなかった。普通ならホッとする所なのに。自分の方向が決まっていない今は、何かもが不安で、あらゆる事が恐怖に満ちていた。このまま、何も決まらなかったらどうしよう? 


 最初の一週間くらいは良いかも知れないが、流石にずっと帰宅部は嫌だった。言葉では上手く言い表せないけど、何処か虚しさのようなモノが感じられるからだ。正のような青春は、送れなくても良い。送れなくても良いから、せめて人並みの青春は送りたい。


 クラスメイトや部活の仲間と仲良くし、それなりの大会に出て、それなりの結果を残す。それで彼女ができたら万々歳だが、「現実は、そんなに甘くない」と分かっているので、あまり高望みはしなかった。


 程よく可愛い子と話せれば、それで良い。その話題が、どんなに下らない内容であっても。小学校以来、異性とあまり話さなくなった僕には、そのイベントだけで充分に青春を感じられた。

 

 僕は「部活の事」をあれこれと考えながら、学校の中を意味も無く歩きつづけた。僕の足が止まったのは、ある空き教室の前を通った時だった。


 教室の中から聞こえる不気味な声。ブラスバンド部の演奏であまり良く聞こえないが、時折聞こえる言葉(と言うか、呟き?)に思わずゾッとせずにはいられなかった。


「リア充死ね、リア充死ね、リア充死ね……」


「ひぇっ」と、声が震える。


 な、なんだ?


 僕は教室の戸に身体を上手く隠し、そこから相手に見えないように、教室の中を覗き込んだ。教室の中には、一人の女子がいた。椅子の上に座って、机のノートに何やら書き殴っている。ブツブツと、先程の言葉を呟きながら。その光景は、見るからに不気味だった。


 僕は「それ」に脅えるあまり、その場から思わず逃げだそうとした。


 だが、突然聞こえて来た少女の嗚咽。

 嗚咽は「リア充死ね」を霞ませ、僕の心を音も無く締めつけた。

 

 ここで逃げたら、お前は人でなしになるぞ?


「くっ!」


 恐怖が消えたわけではない。ましてや、彼女の涙に屈したわけでも。僕が空き教室の中に入り、彼女の座る席に歩み寄ったのは、単に悪い奴になりたくなかったからだった。


「どうしたの?」


 自分でも驚く程にすんなりと、しかも、ハッキリと聞けた。彼女の嗚咽が消える。別に泣き止んだわけでないが、僕の登場に驚いた瞬間、一瞬だけ涙が止まってしまったのだ。彼女の顔が目に入る。


 彼女の顔は……お世辞にも可愛くはなかったが、「ブス」と言うのはあまりに失礼だった。「普通」と「ブス」の中間にある顔。男子向けのラブコメならモブ、少女マンガなら背景にいそうな女子だった。

 

 僕はその顔に見惚れる事なく、ただ心配に思って、彼女の目を見つめた。


「大丈夫?」


 の応えは、ない。それどころか、「くっ」と睨まれてしまった。


「アンタ、誰?」


仰木おうぎはやて、一年B組の」


「ふうん」


 彼女は、僕の事をじっと眺めた。


「地味だね」


「なっ!」


 僕は、確かに地味だけど。知らない女子にそう言われるのは、流石に腹が立った。


「それの何が悪いの?」


 またも、無言……と思いきや。


「別に。地味なのは、アンタの所為じゃないじゃん?」


 意外な答えだった。


 僕は、てっきり反論されるのかと思ったが。「アンタの所為じゃない」と答えた彼女は、何処までも淋しげで、今の現実に絶望しきっていた。


「誰かに何か言われたの?」


 を聞いて、彼女の顔が強ばった。たぶん、今の質問に動揺して。僕の目から視線を逸らした時も、うっすらと涙を浮かべていた。


「アンタには、関係ない」


 彼女は机のノートを持ち、椅子の上から立ち上がると、まるで目の前の僕から逃げるように、教室の戸に向かって歩き出した。


 僕は、その背中を呼び止めた。


「待って」


「なに?」


「僕だけ名前を言うなんて狡いでしょう?」


 彼女は戸の前で立ち止まり、僕の方を振り返った。


綺堂きどう


「綺堂?」


綺堂きどう彩花あやか、一年A組」


 彼女はまた正面に向き直り、教室の中から出て行った。彼女のいなくなった教室は、静かだった。先程まで響いていた嗚咽も、「リア充死ね」の言葉も、今では幻のように感じられた。

 

 僕は彼女の残した香りを、ふわりとした髪を、枝のように細い足を、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、パズルのピースをハメるように思い出しながら、ブラスバンド部の演奏を聴きつづけた。

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