剣帝の息子、魔の道に進む ~俺は剣の才能は0だったけど、魔法の才能は限界突破していた~

ブリル・バーナード

第1話 落ちこぼれの剣帝の息子

 

 剣が白銀に輝き、白く光った容赦ない一撃が俺の身体に叩きこまれる。


「がふっ!?」


 腹に重い一撃が入り、俺の身体がくの字に曲がる。そして、吹き飛ばされ地面を転がっていく。


 身体のあちこちが痛い。刃のない模擬戦用の剣で斬られ、剣の腹で打たれ続けたのだ。


 剣の柄を握りしめ、必死で立ち上がろうとするが、膝に力が入らず地面に倒れ込む。膝がガクガクして言うことを聞かない。


 動け! 俺の脚動け! 動けよ! 動いてくれ!

 しかし、模擬戦の審判は容赦なく告げる。


「そこまで!」


 審判の声がかかる。俺の相手をしていた女子の騎士候補生が剣を鞘に納める。


「まだだ! 俺はやれる!」


「だめだ。ルクシア・ウィスタリア。戦闘終了」


「まだ俺はやれる!」


 俺は唇を噛み締め、必死で立ち上がる。生まれた子鹿のようにプルプルしているけど、立ち上がることができた。俺はまだ戦える!


「お前の負けだ」


 審判は冷たい瞳で淡々と俺に事実を突き付けた。

 フッと俺の身体から力が抜ける。

 顔から地面にぶつかりそうになるが、その前に抱きとめられた。

 あまい香りが漂う。


「お兄様、大丈夫ですか? こんなに傷つけてしまい申し訳ございません」


 俺の一つ下の妹のソマリア・ウィスタリアが申し訳なさそうに謝ってくる。

 そのまま肩を貸し、医務室へと連れて行ってくれる。


 今、俺の相手をしていたのはソマリアだ。

 最初の一撃で剣を吹き飛ばされ、お情けで剣を拾う時間を貰い、その後斬りかかったけど、全て避けられ反撃された。

 手加減されることを嫌う俺に、ソマリアは容赦ない一撃を喰らわせた。


 俺の身体は全身傷だらけ。それに対してソマリアは無傷だ。体力も減っていない。

 俺は妹に介抱されながら、惨めな気持ちで脚を動かす。

 コソコソと俺の悪口を言う騎士候補生の声が聞こえてきた。


「あいつ剣帝様の息子なんだろ? 聖力も使えないとか弱すぎじゃね?」


「一度も勝ったことがない全敗の剣士。本当に剣帝様の子供なのか?」


「その妹は全勝の天才剣士なのに。才能皆無の兄とは情けないな」


「練習サボってるんじゃね?」


「あはは! それ言える!」


「あの剣の腕なら子供でも勝てるな」


「騎士になるのを止めちまえ!」


 ぎゃはは、と嘲笑う笑う声。

 俺は拳を握り、悔しさで唇を噛み締める。唇から血が出たらしい。鉄の味がする。

 目から零れるのは決して涙ではない。心の汗だ。


 ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

 俺ではない。隣の妹だ。


 母に似て、ハッと見惚れるほど美しい顔立ち。透き通るような青い瞳。暗闇でも輝く黄金の長髪。15歳になり、大人になり始めた妹はとても美しい。


 でも、今はその綺麗な顔を憤怒の形相でゆがめている。


「お兄様の努力を知りもせず、バカにしやがって! 殺す!」


「ソマリア。言葉言葉」


「はっ!? 失礼しました。ついゴミクズたちを殺したくなってしまいました」


 ソマリアが怒ってくれたことで俺の怒りが少し治まってきた。

 剣の腕が超天才の妹は、決して俺のことを馬鹿にしたり貶したりせず、毎回俺のために怒ってくれるのだ。過激な程に。


「ゴホッゴホッ!」


 鉄の味がこみ上げて、咳と一緒に血が零れ落ちる。

 身体の中がちょっと傷ついているようだ。

 あふれ出た血を見てソマリアの顔が真っ青に染まる。


「お兄様! 申し訳ございません! 今すぐ医務室へ向かいます!」


 俺の身体を抱きかかえたソマリアは物凄いスピードで駆ける。

 身体に白い光が薄っすらと覆っている。


 聖力だ。


 魔力という魔の力とは正反対の聖なる力。

 それを纏って身体能力を向上させているのだ。

 俺には使えない力。どう足掻いてもこれっぽっちも使えない力。

 聖力を自由自在に使う妹に、もはや嫉妬すらわかない。


 聖力を簡単に使ったソマリアはあっという間に医務室に着いた。

 その後、即座に医務室の先生より傷を癒された俺は、数時間の間ベッドの上で安静にすることになった。


 ベッドに横になる俺の傍には、俺の手を握って涙目のソマリアがずっと付き添っていた。


「申し訳ございません、お兄様」


「ソマリアは俺のことを良く知っているだろ? 俺は手加減をされた方が嫌なんだ。ソマリアにボコボコにされた方が嬉しいよ」


「………お兄様はそういうご趣味が?」


「ち、違う!」


「ソマリアはお兄様がどんなご趣味をお持ちだとしても愛しております!」


「だから違うって!」


 ソマリアがクスクスと笑った。どうやら俺を揶揄っただけらしい。

 まだ瞳は涙で潤んでいるけど、先ほどの自分を悔やむような顔はしていない。

 やっぱり、ソマリアには笑顔が似合う。

 ソマリアが愛おしそうな表情で俺の頭を撫でた。


「お兄様は頑張り屋さんです。そのことは私が一番良く知っています」


「…………ああ」


「でも、お兄様は頑張り過ぎです。いい加減に私のヒモになってください! たっぷりと愛して可愛がって甘やかして養いますのに!」


「いやいや! 俺たち兄妹だから! 血の繋がった兄妹だから! 妹に養ってもらうって男としても兄としても情けないから!」


「情けなくなどありません! 私とお兄様の肉欲という愛の前では何もかもが許されるのです!」


 ふんす、とドヤ顔をする我が妹のソマリアさん。


「………肉欲という愛って何だよ…そんな関係一切ないぞ」


 俺はベッドの上でぐったりとする。


 ソマリアの愛は家族愛じゃなくて恋愛なんだそうです。

 異常なほどに、病的なまでに、狂気的に愛しているんだそうです。

 もう慣れたけど。

 

 幼いころから俺は妹に求婚されている。

 両親もソマリアを応援しているからたちが悪い。


 ソマリアは俺の頭を撫でながら、目を伏せて言いにくそうに呟く。


「お兄様には剣の才能も聖力の才能もありません。まだお続けになるのですか? 私の夫となって養われませんか?」


 何度も何度も何度も何度も言われた優しくて残酷な言葉。

 でも、俺はゆっくりと首を横に振る。

 そして、自分に言い聞かせるように呟いた。


「…………続けるさ。なんだって俺は…」


 邪悪な魔帝を倒した世界最強の剣の達人、剣帝の息子なんだから。


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