この探偵は怪異専門ですので
トカゲ
第1話 早瀬 真美の依頼 1
噂話ってやつは厄介である。99%のでたらめの中に1%の真実が入っている事があるからだ。全部が作り話ならまだいいが、真実が混じると途端に厄介で面倒くさい物に変わる。
例えば都市伝説なんてその典型的だろう。嘘だと思うかもしれないが口裂け女は本当にいるし、ベットの下の殺人鬼だっている。今も何処かに彼らは潜んでいる。
彼らは最初こそ只の異常者だったが、噂話が彼らを人外へと変貌させた。噂というものはある種のエネルギーを発生させる。それらは噂の元に集まっていき、人を人以外のナニカに変貌させるのだ。
だから口裂け女は車と同じスピードで走るしベットの下の殺人鬼はどんな鍵も開けて誰かの部屋に忍び込める。彼らはとても厄介で、相手をするのはとても疲れるし、死ぬ危険もあるのだ。
――ピンポーン
チャイムが鳴る音した。玄関のカメラにはワンピースを着た長い黒髪の女性が不安そうな顔で立っているのが映っている。お客さんだろうか? どうやら暇な時間は終わりを告げたようだ。
「どうぞ、開いてますよ」
俺は受話器を取ってそう言う。ガチャリという扉が開く音と共に人が入ってきた気配がする。
「すいません、こちらを紹介された早瀬 真美と言います」
「初めまして。ようこそ新井探偵事務所へ」
誰かに紹介されたのだろうか? 俺は彼女が来ることを何も聞いていないんだが。まぁ、広告を出していないだけで一見様お断りという訳でもない。いつも暇だしお客さんは大歓迎だ。
部屋に入って来た女性はカメラ越しで見るよりも可愛かった。何処か疲れた顔も、不安そうな仕草も彼女の可愛さを引き立たせる要素になっている。
さて、今回の依頼は本物なのか、それとも思い過ごしか。どちらでも料金はいただく事だし、しっかりやらせていただくとしよう。
「私が所長の新井 幹定です。相談は無料ですので、まずはお話をお聞かせください」
願わくばこれが超常の事件ではありませんように。
・・・
依頼者である早瀬 真美の依頼は簡単に言えば人探しだった。
なんでも1週間前に友人である皆月 美紀が突然消えたらしい。行方不明者捜索は警察の仕事だと思うんだが、今回は少し特殊なようだ。
「誰も友達の事を覚えていない?」
「そうです。美紀のお母さんもそんな子知らないって。そんなはずないのに!」
早瀬はそう言うと涙を流しながら俯いてしまった。
「神隠し……にしては特殊すぎるなぁ。彼女と最後に出会ったのは?」
「1週間前に学校から帰る時は一緒でした。途中で美紀の悲鳴が聞こえて振り向いたら居なくなっていたんです」
早瀬の話が妄想ではなく本当だとするのなら間違いなく超常の存在の仕業だろう。間違いなく面倒くさく、割に合わない。
「……その時に何か気になる物は落ちていませんでしたか?」
「えっと、鳥の羽が何枚か落ちてました」
早瀬の思い出したかのような言葉に俺は頭が痛くなった。羽を持つ超常の存在で人を攫っていくのは天使かハーピーか……それとも天狗か?
どれにしても最悪の相手だ。上位の怪異で相対せば生死に関わる。間違いなく割に合わない。
俺の野生のカンが全力で断れと叫んでいる。残念だがお友達は帰ってこないだろう。それに攫われたかもしれないが、ハーピー以外は攫った人間を大事にする。案外向こうにいた方が幸せかもしれない。
「報酬としては前払いで100万、美紀が帰ってきたら追加で200万円お支払いします」
「分かりました。お任せください」
しかし貧乏人はお金の暴力には逆らえない。そして残念ながら俺は貧乏人だった。
・・・
さて、依頼を引き受けてしまったからにはそれを解決する義務が俺には発生する。
だが現状は手掛かりゼロの状態だ。まずは現場検証から始めないといけないだろう。早瀬の案内で皆月が消えた十字路に俺達はやってきていた。一見は普通の十字路だ。カラスが多く、それらが俺の方を睨み付けている所以外は。
「こりゃあ、どうなのかね。30羽近いカラスがいる十字路ってのは異常としかいえないよね」
「そ、そうですね」
遠巻きだがこちらをじっと見てくるカラス達は不気味で、何かが起こりそうだったので俺達はそそくさとその場を後にした。
その後は皆月の友人や学校の教師に話を聞いて回った。残念ながら皆月の事を誰も覚えていない。早瀬がみんなと皆月が一緒に写った写真を見せても誰も写真の皆月を視認できていないようだった。写真に写る皆月は皆月の知り合いには見る事が出来ない様だ。逆に皆月の事を全く知らない人には見えるようだった。
俺とか駅前にいたサラリーマンは写真の皆月を見ることが出来る。でも少しでも皆月の事を知っている人には見る事が出来ない様だった。
「こりゃあ、凄いな」
「何がですか?」
早瀬はただ不気味にしか思っていないようだが、これは皆月の知り合い全てに認識阻害と記憶操作をしているってことだ。つまり1人の人間にそれだけの労力を割いても何とも思わない存在が相手だって事になる。
「何で人間1人にこんなに執着するんだ?」
「さぁ? 良く分からないですね。……でも美紀って昔から動物に凄い好かれてるんですよ」
「まさか、好きだから浚った? そんな馬鹿な」
しかし、この町はこんなにカラスが多かったか? はっきりいって異常だ。どこに行っても30羽近いカラスがこちらを見てくる。考えたくはないが監視されてるんだろう。
「いつもはこんなにカラスいないんですけどね」
早瀬が的外れな事を呟いている。大企業の社長を親に持つらしい彼女は最初こそ高校生とは思えない大人びた感じだったが、今では年相応に見える。
こっちが素なんだろう。友達思いの優しい子だ。お金抜きにしても助けてやりたいと思えてしまう。
『テをヒケ! ニンゲン! カァーッ!』
暗くなってきたのでそろそろ帰ろうとしていた時、1羽のカラスが目の前に来ていきなり叫び始めた。
「うわぁ! カラスが喋ってますよ、新井さん!」
「早瀬さんはのんきだなぁ」
「カラスって目がクリクリしてて可愛いですよねぇ」
「カラスって事は相手は天狗で確定かなぁ」
『テをヒケ! テをヒケ! カァー!!』
「カラス天狗ってなると場所もある程度は絞れるかな」
『警告、シタゾ! カァーッ!!』
カラスはそれだけ言うと何処かに飛び去って行ってしまった。
しかし天狗ならまだマシな方だ。この辺なら居そうな場所も何となく分かるし、最悪皆月と縁のある早瀬の協力があれば見つける事は出来るだろう。
「今日はここら辺で解散だ。後はこっちでやっておくよ」
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「まぁ、何とかするよ」
天狗は怪奇の中では上位種だ。正直勝率は低い。
しかしそれを正直に伝えても早瀬を不安にさせるだけだろう。
だから俺は精一杯の強がりで笑顔を見せた。
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