文学的異世界転移自叙

翫弄 威

第1話 場末のバーにて

 私は今、どう見ても「場末」と表現するほかにない、爬虫人類たちがうつむくバーでこの自叙伝を書き始めた。といっても今夜がここでの初めての夜だ。したがって、今書いているのはまえがき部分ということになるだろう。


 このいわゆる「異世界転移」という奇異な出来事を、そしてこの世界において今後起こるであろう奇譚の数々を、なるべく丹念に叙述していくことこそが、物書きの私にとって、未知の世界で心を落ち着かせる唯一の方法であろう。


 では、まず手始めに、私が先ほど「場末」と表現したバーの格好を書きたい。異世界に転移しておいてまずバーから書くやつがあるか、と思われるかもしれないが、なんせ転移させられたところが都市からバーへと続く一本道のただなかであったのだから致し方ない。


 どうやってこちらの世界に来てしまったのかは後述するとして、転移後すぐはいわゆる「異世界モノ」の例にもれず気が動転してしまっていたので、道の両側にせまる夜の黒々と茂る森に沿って、道なりに進むことしか頭になかった。やはり、道はどんな世界でも道であり、道でしかないのだ。


 さて、ここで転移後の最初の選択を迫られる。道の続く先の一方には、点々と発光するビルが林立し、ネオン街が多種多様な人々(みたいなもの)を吸い込んでいくのが遠目でもわかった。反対方向には、近づいたら遠ざかっていしまいそうなほどの、一つの小さな明かりが見えた。


 もし、私がRPGなるものの素養が少しでもあれば、あるいは未知の世界における一定の根拠のある選択を導き出していたかもしれない。しかし、私はその類のものを一切やってこなかった。ゲームなんて所詮は娯楽であってやるだけ無駄だと考えてきた人間の一人である。「様々な物語を体験する」のであれば、表現に関して制約の多いゲームよりも、小説の方が表現の豊かさにおいて勝っているだろう。


 それを聞くと、ゲーマーの友人たちは口をそろえて、


「現実ではおよそ起こりえないようなことを、シミュレーションすることによって、いざという時に役立つかもしれないだろ?じゃあ、もしお前が仮にだぞ、勇者だとします」


「仮にっつってんだろ!」


「まあ話を続けると、もしお前が勇者で、村を襲っていた強い魔物を倒して、その見返りに町の有力者の娘のA子と結婚することを許される。A子は、おしとやかで、美人で、気立てもよく、何よりお前に惚れている。手を前に結び、上目遣いで嬉しそうな様子でこっちを見ている」


「しかし、その場には、昔から冒険を共にしてきた幼馴染の娘のB子がいる。B子と一緒にその魔物も倒した。男勝りな面もあるが、時折見せる女性らしさに惹かれざるを得ない。そして、何よりお前に惚れている。『A子と結婚した方がいいよ!』と気丈にふるまうも、下を向いてもじもじしている」


「さて、お前はどうする?勇者君」


「答えろー!俺たちはこの選択を乗り越えてきたんだ!」


 と涙目で怒鳴ってきた記憶がある。


 結局、私は深く考えずうやむやにしてしまったが、あるいはそうゆうことだったのかもしれない。ゲームにあって小説にないものとは「選択」なのだ。


 しかし、ゲームの有用性をこんなところで見出したところでどうにもならない。まあ、小さな明かりの正体こそこのバーであり、私は得体の知れない都会の喧騒よりは、得体の知れない小さな光を目指すことを選択したのである。この選択が吉と出るか凶と出るかはまだわからない。有識者にはどう映るのかが気になるところだが。


 かくしてこのバーにたどり着いた。おそらくバーの格好を叙述する際には、かなり心情的なバイアスが働いてしまうとと思い、ここまでの経緯を書いた。


 つまり、この上なく不安なのである。


*****************


 読んでいただきありがとうございます。

 翫弄 威(がんろう たける)と申します。

 ちまちま書いていければと思っております。

 稚拙なものではございますが、コメント等いただけるとトびます。

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