第7話 三面鏡
三面鏡は怖い。
左右を合わせると、異界が奥へと伸びていく。
その果てに自分の死に顔が見える、らしい。
だけど、今はそんなものは見ない。
見ている場合じゃない。
嫁入り道具で持ってきたこの、三面鏡のほこりとくもりを、
まず、取らなくてはならない。
そして、そこに映る自分を自分史上、最高の顔にしていくのだ。
ああ汚い。
ほんとうに汚い。
使われずに放置された三面鏡はお化けみたいに汚かった。
まるで自分の心を見るようだと思った。
しかし、この鏡がこんな風に、
ほこりを拭われ、
水拭きされ、
つや出しクロスで磨かれていくように、
私だって、またやり直していけるのだと思う。
夫に、
子に、
義父母に、
ママ友に、
そう、この世のすべての人間に、
私は尊重されないで生きてきた。
そしてなによりも私は、
自分自身に、
舐められ、
諦められ、
なんの期待もされない、
ガラクタみたいな存在であった。
それを、今、辞めようとしている。
哀しいことを、あたりまえだと思っていた。
醜いことも、仕方がないと思っていた。
干からびていくことも、見て見ないふりをしていた。
だけど、誰が私を救ってくれるだろう。
このままだったら、それは『死』しかないということになるだろう。
生きている今は、苦痛に耐えるだけの時間であって、
いつか『死』という卒業証書が渡される時まで、
私は心の底から笑えないのだ。
なんてバカバカしい。
私は今まで何をしていたんだろう。
夫の顔色、
娘の機嫌、
義父母の評価、
親せきの態度、
ママ友の中で浮かないように、
そんなことだけが、私の価値基準だった。
三面鏡の裏側からは、
綿というよりは、まるで、食パンのように
かなりしっかりとした
硬さのほこりが出てきた。
こんなものと暮らしていたのかと、
吐き気がした。
ああ、これは、私のこれまでの我慢だ。
見当違いの生き方の、塊なんだ。
棄てる、棄てる、棄てる。
磨く、磨く、磨く。
私は変わるんだ。
私は生まれるんだ。
また、新しく、育つんだ。
ああ、早く彼に会いたい・・・。
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