第6話 あの夏のこと
初めてキスをしたのも、胸を触られたのも、
そして、裸になって抱き合ったのも、
彼が初めてだった。
彼の家は小田急線沿線の高級住宅地にあった。
三回くらい行った。
いつも家の人は誰もいなかった。
思い返してみたら、なんとなくさみしい家だったような気がする。
薄暗いイメージというか・・・。
ただ、彼の部屋には、ロックスターのポスターがたくさん貼られていて、
彼がいつもつけているオーデコロンの香りが充満していた。
ベッドにもたれて床に座っていた。
彼は、すっと、キスをした。
上手に。
慣れた風だった。
彼は私の胸をそーっと、触った。
触ったとか、揉んだ、とかではない。
手を載せたという感じだった。
もっとも、高校生になったばかりの私に、
胸なんか、ほとんどなかったのではないだろうか・・・。
私は内心、うれしかった。
早く、そういうことを経験しなくてはならない、と思っていた。
友人たちが、『そういう話』をしているから、
私も早く、それを知らないといけないと思っていた。
もちろん、恥ずかしかったけど、ああ、これなんだな、
という、思いだった。
今にして思えば、彼は何回も部屋に誘ってくれたけど、
二人で裸になるようなことがなかったのは、
家の人がいたのかもしれない。
まったく会ったことがなかったけれど、
どこかにいたか、すぐに帰ってくるような時間だったのかもしれない。
だからなのか、夏休み、渋谷で映画を観た帰り道、
私の手をぐいっと引っ張って、ラブホテルに入った。
この時も私は(こういうとこ、入ってみたかった)
みたいな気持ちだったと思う。
覚えているのは、鏡張りの部屋。
そして、絶望感と、羞恥心と、嫌悪感だ。
私はあの日、家に帰ってピンクの勝負パンツを洗った。
血で汚れてしまったからだ。
おまけにその姿を母に見られるという最悪なおまけつきだった。
それなのに、彼と私は、
・・・できなかったのだ。
成立しなかった。
彼は、一ミリも私の中に入ることができなかった。
やり方を、知らなかったのだ。
二人で裸になって、
ああでもない、こうでもない、
こうしてみて、ああしてみて、
いったいどこだよ、
どうなっているんだよ・・・。
童貞と処女の初体験くらい、滑稽で、みじめなことはない。
最後には、怒りが湧いた。
一生、こんなことしたくない、と思った。
処女だから、
別に彼を責めているのではない。
なにこの男、へたくそ、なんて思っていない。
こんなこと、ちっとも楽しくない。
キスの方がいい。
胸を触ってもらうだけでいい。
下半身と下半身がいったいどうなったら結合するというのか、
彼にも、私にも、まったくもって、わからなかった。
角度の問題。
ただ、それだけだったのかもしれない。
そんなこと、私たちにはわからない。
例えるならば、コンセントの差込口に、ひたすら、縦方向にがりがりがりがり挿そうとして、押し付けているだけだった。
痛かったなんてもんじゃない。
違った意味で痛かった。
引き裂かれるような痛みが、ほんもののそれだとしたら、
私の場合は、なんとも不快で、憂鬱な痛みが繰り返された。
彼が大汗をかいて、憔悴し、私は何か自分がおかしいのではないかという、
行き場のない悲しみに支配されていたのだった。
彼は彼で、一日も早く捨てなければならなかったし、
私も私で、一日も早く経験しなくてはならなかった。
どうしてあの夏、
あんなに早く、早くと急き立てられるように大人になろうとしたのだろう。
だから私たちは、やり直さなくてはならないのだ。
あの日から、重ねてきた経験を披歴しなくてはならない。
どんなに女になったか、彼に見てもらいたい。
彼には、見せたい。
そして、どんなに男になったか、私が見たい。
もう童貞と処女ではない。
なんとしても、私は彼を抱かなくてはならないし、
私は彼に抱かれなくてはならないのだ。
あの夏を、完了させるのだ。
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