愛する者
僕とひかりは梅宮に正門で見送られた。
「私はこれから園田君の側で、彼の手伝いをすることにするよ。大変なことも多いだろうが、支えていくつもりだよ」
晴れやかな表情の梅宮が、僕らにそう宣言した。
園田を陥れた横領や会社の金の着服については米飯の犯行で、梅宮はそのことには関与をしていないらしい。
──とは言っても、米飯の悪行を止めることもしなかった梅宮に全く罪がないとも言い切れない。
「大変でしょうけど、頑張って下さい」
僕には梅宮を激励することくらいしか出来なかった。これからの二人の苦労を思うと、相当に辛いものとなるであろう。
会社の資金に手を付けたと報道にも取り上げられ、世間を騒がせているのだ。
──何より、米飯によって屋敷の中では刀による殺傷事件まで起こっている。
警察も動くから、渦中の園田は警察やマスコミの対応に追われることになるだろう。
後のことは、園田の側に仕えるといった梅宮の裁量に任せるしかない。
僕は梅宮にペコリと頭を下げた。
こうして、僕とひかりは梅宮に見送られながら大豪邸を後にした。
園田たちの運命はどうなるのか──それは、二人にしか分からないことである。
「愛する人と添い遂げる為に、随分と遠回りをしたって訳ね」
帰りの道すがら、感化されたひかりがボソリと呟いた。
「愛の力って凄いわねー」
「愛か……」
僕はふとあることを思い立ち、足を止めた。
「会ってみようかな……。千枝に……」
彼女である千枝の顔が頭を過ぎった。
バス事故後に顔を合わせてはいないし、「大丈夫だから」と一方的に連絡を断ったままだ。
こうしている間にも、千枝は僕のことを気に掛けてくれているはずである。それなのに、随分とぞんざいに扱ってしまっている。
「うん。それが良いかもしれないわね。彼女さんと、良く話し合う必要があるでしょうしね」
「なぁ、ひかり……」
僕は再度確認する為に、ひかりに以前も投げ掛けた質問を口にした。
「僕は……本当に、死んでいるのかな?」
「ええ。間違いなく貴方は死んでいるわ。今は、魂だけの存在よ。体は警察の現場検証で回収されたみたいだけど、それは見るも無残な姿だったらしいわ……」
テレビのニュースで流れていた情報を、ひかりは口にした。
──それが真実であるのだが、どうにも僕は諦めがつかなかった。
「生き返る方法は、ないのか?」
ひかりは首を横に振るった。
「さっきも言ったでしょう? 体は修復不可能な肉片の状態になってしまっているの。だから肉体を魂に戻すこと──つまり、生き返ることなんて出来やしないわ」
「そうだよ、ね……」
薄々気付いてはいたことであったが、改めて面と向かって言われるとショックである。
僅かな希望すらも、今の僕にはない。
「正直に答えてくれて有り難う……」
僕は精一杯に笑顔を浮かべて、お礼を言った。
恐らく、その笑顔は自分でも感じる程に、引き攣っていた様に思う。
僕が死者であるということは、いつかは受け入れなければならないことがある。
生者である千枝を──彼女を、諦めて手放さなければならないという事実を──。
「千枝……」
彼女を想い、僕は何とも言い表せぬ感情に襲われてしまった。
「行こう。千枝に、会いに……」
これまで後回しにしていたが、千枝と——現実と向き合うことを決意し、僕は頷いたのであった
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