唯一の生存者

 山田が入院している病室を特定することは容易たやすかった。

 山田が入院している、ここ『一二三ひふみ一日ついたち病院』は地域でも有名な大学病院のようだ。療養中の患者数も多く大学が併設していることもあって、建物や敷地面積は広かった。

 霊体となった僕は、普通の人からは認識されない。──透明人間になったようなものである。

 だから、関係者以外には立ち入れないような受付の中や事務所の裏側にまで入り込むことができ、個人情報が記載されている資料にも容易よういに目を通すことができた。

 山田の所在が分かったところで、僕は病室を目指して長い廊下を歩いた。


 ロビーにはカメラやマイクなどの機材を持ったマスコミ関係者の姿があった。皆、山田に取材ができないものかとあれやこれやと手を尽くしていた。

 そんな彼らをはばむように、山田の病室の前には警備員が配備されていた。まるで要人ようじんでもかくまわれているかのような手厚い待遇である。

——まぁ、いくら警備員が見張りに立っていようとも、霊体である僕には関係ない。

 堂々と警備員の目の前を横切って、山田が入院している病室の中へと入った。


 病室の中は薄暗かった。

 カーテンが閉め切られ、電気もつけられてはいない。

 唯一ゆいいつの光源といえば、ベッドの横に設置されているテレビのモニターだ。液晶ディスプレイの明かりが、部屋の一部を照らしている。

 山田はベッドの上に座っていた。——頭に布団を被り、湯気の立つカップに入ったコーヒーをすすっている。

 彼の視線は真っ直ぐに、テレビのモニターへと向けられていた。

 テレビにはお昼のワイドショー番組が流れていた。スタジオで有識者を前に、アナウンサーがフリップを使用しながらバス事故の解説をしていた。

『運転操作を誤って、事故を引き起こしたということですが……』

『責任逃れのつもりなのでしょうね。さすがに、こんな出鱈目でたらめを信じることはできませんよ』

 アナウンサーの説明をさえぎり、司会者が怪訝けげんな表情をしながら吐き捨てる。それが局の方針なのか、一気にスタジオは山田を責め立てるようなムードとなった。

 当人である山田は、無言のままテレビ画面を見詰めたままだ。

『おかしなことを言って、罪から逃れるつもりかもしれませんけど……。多くの犠牲者を出した罪が消える訳じゃないんですから、きちんと償ってもらいたいものですね』

 拳を握りながら力説する司会者の言葉に熱が入る。すると、スタジオの客席からパラパラとまばらな拍手が起こり始める。

 段々とその拍手は大きくなり、やがて観客からの山田に対する批判の声も大きくなっていった。

『ふざけるんじゃねぇぞ!』

『罪を償えっ!』

 怒号が飛び交い、スタジオは騒然となった。


 山田は唇をきつく噛み、体を震わせた。

「本当なんだよ……」

 ポツリと山田が呟く。——その言葉に力はない。

 声を震わせた山田の頬を、涙がつたう。

「みんな、死んでいないんだ。本当に無事で、助かったんだ。……でも、そこで化け物に襲われて、それで散り散りになって……。みんな……みんな、アイツに殺されちまったんだ!」

 山田は苦悶くもんし、叫び声を上げた──。

 怒りをあらわわにして、ベシベシとサイドテーブルに拳を叩きつけた。

「どうして、誰も信じてくれないんだよっ!」


 そんな山田の背中を見ながら、僕は何とも居た堪れない気持ちになった。

──彼は、おかしくなってなどいない。

 僕らが事故後に実際に体験したことを──事実を説明しているに過ぎない。

 当事者であるからこそ、僕にはそれが分かった。

「何なんだろうな……」

 僕は山田に手を伸ばした。僕の手は山田の皮膚を透過とうかし、その体に触れることはできなかった。

──僕と山田との違いは何なのだろう。

 彼は生きて、僕は死んだ。何が生死を分けたのだろう。

 バスの車内を捜索した時、確かにそこから山田の遺体を発見することはできなかった。その場で山田の死亡を確認できてはいない。

——まぁ、それは僕とて同じである。

 僕の遺体も、あの場からは発見できなかった。

 それなのに、かたや僕は死霊としてこの世を彷徨さまよっている——。


 悲しみに暮れる山田を前に、僕も自分自身の境遇をなげいた。

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