第二夜・嘶く馬の群れ

第一印象は最悪か

 仮面との奮闘を終えた僕は、一晩中走り続けた。

 そして、朝を迎える頃には山を下りることもでき、麓の町まで辿り着いていた。

 そこは民家が建ち並ぶ住宅街のような場所で、視界の範囲には高層ビルや商業施設などの大きな建物は見当たらない。

 何にせよ、人の居る場所にまで到達することができたので、僕の心にも余裕が出てきていた。一応に周囲の警戒は怠らなかったが、あの仮面は民家を出て以来、僕の前に姿を現してはいない。

 仮面の行動範囲が、そこまで広くないのだろう。或いは、吸血鬼やお化けのように、夜毎にしか活動できない存在なのかもしれない。


 仕事や学校へ向かう人の波ができていた。僕もその流れには逆らわず、道に沿いながら町の中を歩いた。

 さすがにまだ朝も早い時間ということもあり、個人商店などはシャッターが閉まっていて営業すらしていない。民家の軒先に出て道を箒で掃いているおばあさんの横を通り過ぎて、僕は当てもなく進んで行った。

──そんな道すがら、不思議なことが起こった。


「ちょっと、あなた」

 誰かに呼び止められて、足を止める。振り向くと、赤い着物を着た女の子が立っていた。

「……あ、はい。なんでしょうか?」

 急に話し掛けらえたので戸惑ってしまう。

 しかも、女の子は顔の造形が整っていて美しく、澄んだ瞳でこちらを見詰めてくるので直視することができなかった。

 僕がモジモジしていると、女の子は頬に手を当てて戸惑った表情になる。

「……あ、いえ。ごめんなさい。何でもありません」

——着物姿の女の子は自分から話し掛けてきておいて何だが、まるで僕を避けるかのように足早にその場から走り去ってしまう。

 あっという間の出来事だったので、僕はその女の子の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

「そんなに気持ち悪かったかな……」

 余りにも挙動不審過ぎたのだろうか。

 いや、それよりも——頭の中に、とある疑問が浮かぶ。

「あの子……僕のことが、見えているのか?」

 確かに向こうから声を掛けられた。真っ直ぐに僕の目を見ていたし、実際に会話も交わした。

 中年男性、おばさんたちには気付かれなかった僕の存在を、あの着物の女の子は認識していた。

「……あの子も僕と同じ、幽霊なのかな?」

 そんなことを思いながら着物の女の子が走り去った方向に、僕は視線を送った。

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