#8 テロの標的、閉ざされた扉

 レールガンの台座である円筒状構造物には数箇所の入口があり、それらは衛兵によって厳重に警備されている、はずだった。

 しかし今、彼らの目の前にある入口の前には、誰一人として立ってはいなかった。いくら裏口とは言っても、普通では考えられない状態だ。

 もしかしたら衛兵たちは、何か検査の関係で持ち場を離れざるを得なかったのかもしれないが、無用心なことこの上ない。


 しかしもちろん、今の三人にとってはこれ以上のチャンスはなかった。まず大南少尉が、物陰からその入口へと走る。何も起きない。続いて鹿賀と怜子が、入口へと駆け込んだ。彼らは一番の難関と思われる箇所を、あっさりとクリアしてしまったのだった。


 打ちっぱなしのコンクリートの通路を走りぬけ、彼らは構造物の内部へと入り込んだ。そこはやはり円形をした、コロセウム状の広い空間で、その中心には巨大なシリンダーが複雑に組み合わされた、ちょっとしたビルに匹敵する大きさの装置が設置されていた。

 これがレールガンを支え、制御している基礎部分に当たる構造物だった。見上げると、装置の上から青空に向かって一直線に伸びた、頑丈そうなトラス構造の砲身が、陽の光を浴びて輝いていた。


 短針麻酔銃を慎重に構えたまま、鹿賀少尉は辺りを見回した。しかしやはり、そこにも人影は見当たらなかった。

「おかしい、これは」

 と彼は呟いた。

「しかし、ガンに何か仕掛けるなら、間違いなくここだろう。きっちり調べる必要があるな」

 大南が、機械が入り組んだオブジェのようなレールガンの制御装置を見上げる。


 その時、不意に怜子が声を上げ、頭上を指差した。

「そこを見てください、あそこにいます、あれは兄さんです」

 彼女が指差したのは、円筒の内壁に当たる壁面の最上部にある、横長のガラス窓だった。そこには、スーツを着た一群の男たちの姿があった。


「あれは?」

 と鹿賀は大南少尉の顔を見る。

「あれはレールガンのメインコントロールルームだ。検査だというなら、奴らがあそこにいても別におかしくは……」

 大南が続けて何かを言おうとした時、バタン、という大きな音がして、彼らが入ってきたのと反対側にある扉が勢いよく開いた。

 しまった、まさか罠かと鹿賀少尉が短針麻酔銃の銃口を向ける。そこから走り込んできたのは、見覚えのある男だった。砲術部の、根来曹長だ。彼は三人の姿を見つけると、慌てたように近づいてきた。


「大南少尉、鹿賀少尉、ちょうど良いところでお会いしました。大変なことが起きかけてます。お二人の手を貸してください」

「何だ、何があったんだ」

 なおも慎重に銃を構えたまま、大南少尉は苦虫を噛みつぶしたような顔で訊ねる。

「検査部隊の連中の様子がおかしいんです。今サブコンで、レールガンの状態を見てたんですが、通電検査までしかやらへんはずなのに、弾体が装填されてるんです。おまけに」

 根来曹長は、そこで唾を飲み込んだ。

「妙な場所に照準が設定されてます」

「妙な場所?」

 鹿賀が聞き返す。

「そうなんです。ガンが照準を定めてるのは、東京の西新宿、それも東京特別州政庁の本庁舎にピンポイントで着弾点が設定されているんです」


 その言葉を聴いた瞬間、鹿賀は全てを理解した。

 レールガンにテロを仕掛けるのじゃない。逆なのだ。奴らはレールガンを使って、東京特別州にテロを仕掛けるつもりなのだ。有翼弾体の着弾精度なら、巨大な高層ビルである特別州政庁を狙い撃つことなどたやすかった。


「もうすでに、トリガーキャパシタへのチャージが開始されてます。セーフティーロックもレベル4まで全部解除されてるし」

 と根来は額に汗を浮かべて続けた。

「もう二十分もすれば、ガンは発射可能になります。万一誰かが投射ボタンを押せば、二十五分後には西新宿はクレーターの中です。発射フェーズをここまで進めてしまうなんて、検査にしてはあまりに危険すぎる。そう思って、メインコントロールに行ったんですが、実地検査中だの一点張りで、どうしても入れてくれません。サブコンからのコントロールも効かない。お願いです、一緒に行ってもらえませんか」

「よし、行くぞ」

 そう叫んで、鹿賀が走り出した。根来曹長と怜子、それに大南が後に続く。


 一気に階段を何階分も上り切り、先頭の鹿賀はメインコントロールルームのあるフロアに飛び込んだ。

 コントロールルームの入口には、重兵装の衛兵が二人、彼の行く手を遮るように立っていた。その向こう側、ルーム内には、スーツ姿の一群が見える。

「SST隊の、鹿賀少尉だ」

 彼はIDカードをかざして大声を上げた。

「緊急の所用がある。ここを通せ」

 二人の衛兵は、顔を見合わせた。右側の衛兵が、口を開く。

「少尉、申し訳ありませんが、お通しできません。今から三十分以内は、何人たりとも通すなと、指示が出ています」

「全責任は俺が取る。いいから、通せ」

 鹿賀はそう叫んで、二人を押しのけてコントロールルームの中に入ろうとした。

 しかし左の衛兵が、即座に彼の片腕を強く掴んでねじり上げ、その体を壁に押さえつける。小柄な体格からは、想像も出来ない力だった。

「失礼、少尉。しかしここを通すわけにはいかんのです。例え基地司令でも通すなと、主任検査官から絶対の指示が出ておるのです」

 衛兵は静かな声で言った。

「馬鹿野郎、このままじゃ東京が……」


「兄さん!」

 フロアに、怜子の声が響き渡った。

「辰晴兄さん! もうこんなことは止めて!」

「怜子」

 スーツ姿の一人が、目を見開いた。園部玲子に似た感じの目許をした青年だった。

「なぜお前が、こんなところに」

「兄さんは、この国を守るために軍隊に入ったんじゃなかったの? それなのに、こんな悪いことに手を貸すなんて」

「怜子、こんなところにいちゃいけない。今すぐに、外へ……」

「危ない!」

 大南少尉が、背後から彼女に飛びつき、その体を引き倒した。次の瞬間、スーツ姿の一人が発射した銃弾が、彼女の立っていた辺りを通過して壁に命中していた。


「何をする! いくらあんた方でも、ここでの発砲など認められない!」

 そう叫んでルーム内に駆け込もうとした右の衛兵が、まるで何かに弾かれたように、後ろ向きにその体を吹っ飛ばされた。至近距離から、装甲ジャケットに銃撃を受けたのだった。

「やめろ、もう撃つな」

「兄さん」が叫んで、拳銃を持った男に掴みかかろうとする。鹿賀がその男に麻酔短針銃の銃口を向けようとした途端、コントロールルーム入り口の扉が勢いよくスライドしてきて、彼の目の前を閉ざした。

 重い金属音が、辺りに響き渡る。分厚い鋼鉄で出来たその扉によって、メインコントロールルームは、外部から完全に遮断されてしまったのだった。


(「#9 向けられた銃口、真の敵」に続く。次回、最終回まで掲載予定)

 

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