南紀白浜インシデント ~レールガン基地守備隊~(INCIDENTS #1) 

天野橋立

#1 緊急発進、SST

 南紀白浜の空は青い。

「三○系」と呼ばれる旧型の局地守備戦用SSTの横に寝転がった鹿賀かが少尉は、そんな秋空をぼんやりと眺めていた。

 今日は出撃訓練もなかったから、愛機である三○系SST・一三二○号機のメンテナンスをしながら、のんびりと一日を過ごすことができる。彼が考えていたのは、次の休暇にはどの女の子とデートしようかとか、そんなことだ。

 まだ三十前で背の高い二枚目、それが士官でしかもSSTのパイロットだというのだから、モテるのも当たり前だった。


 彼の横ではあぐらをかいた髭面の大南少尉が、配給された煙草を吹かしていた。階級は鹿賀と同じ少尉だが、SST乗りとしては二年先輩に当たる。

「そろそろ、じゃないか」

 大南が、ぼそっと言った。

「そうですね」

 鹿賀はそう言って起き上がり、一三二○号機に目を遣った。装甲カバーを部分的に外された三○系は、その下に守られているはずの機関部分を露出させていた。そのコアとも言える「焼玉」の部分には、頑丈な三脚の上に取り付けられた磁力波発振器グロートーチが接続されている。


 二足歩行式の人型戦闘機械であるSSTの動力源は、「反応焼玉機関」という対消滅エンジンの一種だ。

 非常にエネルギー効率が良く、信頼性も高い機関ではあったが、始動前の準備過程として「焼玉」と呼ばれる燃焼室内に磁力波によるグロー処理を行い、隔離磁膜を生じさせておく必要があるのが面倒だった。

 だから普段は機関を切らずに、作動させたままで待機させておく、という運用が前提となっていた。

 聞くところによると、最新の一○A系SSTではこの準備過程が自動化されているらしかったが、こんな辺境の基地守備隊に、最新のSSTが配備されるなど、あり得ないことだ。

  

 バルブを絞ってグロートーチを停止させた鹿賀は、傍らに置かれた装甲カバーを持ち上げると機関部を覆うように取り付け、マイナスドライバーでボルトを締め上げた。

「予熱終わりました。始動させますよ、大南さん」

 彼はそう声を掛けると、錆の浮いたラダーを身軽に登って三○系の頭部にあるコックピットに乗り込む。大南少尉は立ち上がり、SSTから離れた。

 始動キーを差込み、リレーのスイッチをオンにすると、パンパンパンという等間隔の爆発音を立てて機関が始動した。この騒音も反応焼玉機関の大きな欠点の一つとされていて、伊丹基地のような住宅密集地の基地では、住民とのトラブルが絶えなかった。


「どうですか?」

 鹿賀少尉は、拡声装置のマイクに向かって、機関に負けないように大きな声を出した。防御ウインドウの向こうで、大南が両腕で大きな丸印を作るのが見える。

 今回のメンテナンスではピストン周りのかなり多くの部品を取り替えたので、動作不良を心配していたのだが、どうやら機関の動作音は正常なようだ。


 その時だった。大南少尉が、怪訝そうな顔をして空を見上げた。それから、何かを指差すように右腕を上げる。何だろう。そう思いながら、鹿賀も空を見上げる。

 防御ウインドウのガラス越しに見えたのは、上空に向かって伸びる「銀河級レールガン」の巨大なトラス状の砲身と、その向こう側を横切って飛んで行く小さな物体だった。自動車に似ているがタイヤはなく、翼もついていないそのシルエットは個人用のアイオノクラフト、イオン風力浮上式の飛行機械のようだった。


 こんな田舎に珍しいな、と鹿賀は首を傾げる。高価な個人用アイオノクラフトはまだごくわずかしか普及しておらず、旧和歌山県下全体でも数機しか存在しないはずだった。芦屋辺りの金持ちが、温泉旅行にでも来たのだろうか。

 どういう事情にせよ、基地の上空を民間機が横切って飛ぶのは違法行為である。管制部は当然気づいているはずだし、警告も出していることだろう。それを無視して飛び続けているとなると、たとえ民間機相手とは言えスクランブルをかけなければならない。


――もしかすると、俺のところに指令が来るかも知れないな。

 そう思った鹿賀は、機関回転数をコンソールの回転計でチェックしつつ右足をスロットルペダルに伸ばすと、再び空を見上げた。

 アイオノクラフトは相変わらずそこにいた。しかし――何か様子がおかしい。左右にふらふらと蛇行しながら飛んで行く。これは、コントロールを失いかけているのではないか。危険だ、と彼は直感した。このままだと墜落の恐れがある。彼は即座に無電の通話カフを上げた。


「こちらNS-SST一三二○号機。管制部どうぞ」

「こちら管制部、オペレータ石上」

「亜矢ちゃんか。レーダー見てるよな」

「いいタイミングね。スクランブルが発令されるわ。一三二○、機関上がってる?」

「すぐ飛べる。侵入機ふらふらだ、このままじゃ墜ちる。砲台に墜ちちゃまずいだろ。出させてくれ」

「十秒待って」

 通話が切れた。ノイズの向こうに、石上亜矢軍曹が管制部長の池田大尉と協議している様子が見える気がする。やがて、ノイズがすっと消えた。

「発令。一三二○、鹿賀少尉発進OK。復唱を」

「一三二○鹿賀、発進OK。じゃあ行くぞ」


 シフトレバーを推進に切り替えて、飛行ファンのロックを解除し、彼は一気にスロットルペダルを踏み込んだ。反応焼玉機関の爆発音がその間隔を急激に狭め、何かのうなり声のような音に変わる。三○系の背中に取り付けられた、円筒型の可動式ダクトの中で飛行ファンが高速に回転を始め、SSTは上昇を開始した。

(続く)

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