12.宴の夜は明け
夜遅くまで続いたパーティの後、僕たちはホテルに戻ると、お風呂にも入らず泥のように眠った。そのせいで、目を覚ましてから汗の臭いに気付き、慌てて入浴する羽目になった。
「私、臭くない?」
「だ、大丈夫大丈夫」
朝からセリアの臭いを確認しないといけないって、どういう状態だ。
「……今日で、セントグランともお別れね」
「うん。いよいよ次はライン帝国だ」
時計回りに世界を旅するとして、次に向かう国は、ライン帝国。
グランウェールに次ぐ領土を持つ、巨大な国だ。
「ラインってどんな国なんだろ? 僕、帝国っていうワードに怖いイメージがあるんだけど」
「なんでよ?」
「ゲームとかで、よく帝国って敵として出てくるから……」
絶対に分からないことを呟くと、案の定セリアは呆れ顔になって、
「そっちの世界のことは分かんないけど、今のライン帝国はそれほど怖い国じゃないわ。昔はグランウェールと戦争したり、とにかく世界一の座につこうとしていたみたいだけれど。兵器の開発なんかも、ラインは力を入れていたしね」
「銃もライン帝国で発明されたんだっけ」
「ええ。戦争を、ひいては戦いそのものを劇的に変える発明だったみたい」
それまで弓術士と言えば弓だったものが、銃という強力な武器を使えるようになったのだから、それは劇的な変化だろう。それに、スキルを使えないような一般人だって、それを持てば十分な戦力になる。
恐らく、戦争ではそういった戦力も投入されていたのだろう。
「何にせよ、行ってみれば分かるわ。私だって、聞きかじった知識でしかないんだし」
「そうだね。行かなきゃいけないんだ、そのときになれば嫌でも分かるな」
期待と不安。冒険とはそういうものだ。
「……それじゃ、行きますか」
「うん。出発だ」
長らく滞在したホテルの部屋を出てチェックアウトを済ませ、僕たちは街へ繰り出す。
セントグランは、魔皇討伐の祝賀ムードに包まれていた。コーストフォードのときもそうだったが、お店は商品やサービスを割引し、道行く人は遠征隊の話で盛り上がっている。僕たちはなるべく顔を見られないよう気を付けながら、賑やかな街並みを歩いていった。
昨日のパーティでも一通りの人と言葉は交わしたが、セントグランを発つ前にもう一度、簡単に別れの挨拶をして回るつもりだった。結局、ギリーさんには会えていないし、あの会場の雰囲気では聞けなかったこともある。
ギルド連合、セントグラン支部。扉を開けて入ると、そこには変わらずマルクさんが受付をする姿があった。
「おはようございます。わざわざ挨拶に来てくれたんですか?」
「おはようございます、マルクさん。あれでお別れもどうかなって思ったんで」
「ヘイスティさんには挨拶できてないしねー」
ヘイスティさんはまだ、ここの部屋を間借りしているのだろうか。もう新居を見つけているのでは。そう思ったところで、応接室から当の本人が顔を覗かせた。まだここにいたようだ。
「おう、トウマたちか。どうだ、儂の装備は役に立ったか」
「もう大活躍でしたよ。武器もそうですけど、防具も最高でした。あれがなければ、死んでたかもしれない」
「はっは。そこまで言ってくれると鍛冶屋冥利に尽きるわ」
ヘイスティさんは腰に手を当て、豪快に笑った。
「朝からうるさいなー」
笑い声に反応して、ナギちゃんとローランドさんも出てくる。忙しそうならマルクさんだけでも挨拶を、と思っていたけれど、これなら全員に別れを告げることができるな。
「滞在中、色々とお世話になりました。この先も頑張って、魔王を討伐してみせます」
「うむ。どうかよろしく頼む」
ローランドさんはそう言って頷いた。
「……そう言えば、ナギはまだいいの?」
「ん。ボクは……別に」
マルクさんとナギちゃんがこそこそ呟いているので、気になって目を向けると、
「いやね、リューズに一旦帰らないといけないかもって言うからさ」
「帰らなくてよさそうならここにいたいんだよ。だから、もうちょい様子見」
なるほど、ここしばらくナギちゃんが浮かない顔をしていた理由は、故郷の問題というわけか。確かに、それはセンシティブな話だ。
「ボクのことはいいよ。とりあえず、次の国でも頑張りなよ。二人ともお人好しなんだから、悪い人に騙されないように」
「はは……忠告、有難く受け取っておくよ」
結構鋭いアドバイスをもらってしまったな。騙されないように、か。気を付けないと。
「さて、挨拶も無事にできたし、そろそろ行きますかー」
「そうだね。じゃあ、皆さん。お元気で」
また会おう、と掛けられた言葉を胸にしっかり刻み込んで。僕たちはギルドを後にする。
メインストリートに入り、真っ直ぐに歩いて王城へ。騎士団の皆にも別れを告げたかったが、流石に多忙だろうし、全員に会うのは難しそうだ。
昨日会えなかったギリーさんとは話がしたいものだけど。
「……おや」
そう思っていると、王城の横にある花壇のベンチで、ギリーさんが目立たない格好をして座っているのを発見した。騎士団の服でなく、フード付きの衣装に身を包んでいれば、意外と気付かれないものらしい。
きっと、気配を消すことに長けているからこそなのだろう。
「どーも。お二人さん」
「気付いてましたか。こんにちは」
「こんちはー」
ギリーさんはぶらぶらと手を振り、眠そうな目で僕らを見つめてくる。
「昨日はすまんね。ああいう場はニガテで」
「僕たちも、堅苦しいのは慣れてないですけどね。ギリーさんはどっちかというと、鬱陶しいって思ってそうだなと」
「正解。緊張とかするわけじゃあないねえ。面倒くさいんだ、あんなところでメシ食うのは」
「昨日も一人でご飯を?」
「そう。前に会った食堂にふらっとね。一応、行きつけなんだよ」
そうだったのか。僕たちは知らず、そんな店に足を運んでいたわけだ。
「昨日の今日だが、他の奴らは忙しく働いてるよ。別れの挨拶なら、俺から伝えておくけども」
「ひえー、大変だ」
「お願いしてもいいですか? すいませんけど」
「ほい。確かに承りました、と」
ギリーさんはそこで欠伸を噛み殺す。……よく考えると、この人だけは忙しくないんだな。
「ところで、パーティの場では誰にも聞けなかったんですけど」
「ん?」
「えっと……暗殺者の件って進展があったのかなって」
「ああ……」
ジア遺跡に転がっていた、暗殺者らしき者たちの死体。あのときは放置するしかなかったが、戦いが終わってから何らかの調査は行われたのだろうか。
「遺体の回収はしたらしい。ただ、身元は全くの不明だと。先に引き取っていた一人も同じでね、この時代に身元が分からないなんて、困ったもんさ」
「そういう人を選んで、暗殺者にしてるんでしょうね……」
「だろうなあ。大元に辿り着くのは、どうやら無理そうだ」
あまり悔しがる様子もなく、ただ淡々とギリーさんはそう言った。
この人は、クライツ国王のことをそこまで心配していないようだ。
前にちらっと話していたように、国王と話がしたいという目的のため、死んでもらうわけにはいかないのだと、それくらいにしか思っていないのだろう。
……やっぱり、その内容が気になってしまうな。教えてはくれないだろうけど。
「お二人さんは、もうここを発つのか?」
「そのつもりです。西にある港町から船に乗って、ライン帝国へ行こうかと」
「んまあ、そのルートしかないか。ただ、ここから港町へはかなり距離があるから、長旅を覚悟しときなよ」
「え、そんなに?」
セリアがきょとんとして問うと、
「セントグランはどちらかと言えば大陸東部にあるわけだしねえ。港町アクアゲートまでは、三日くらいかかるんじゃないかね」
「三日……長いなー」
「途中の町に立ち寄りつつ、行くしかない感じですね」
「魔皇は討伐したし、魔物は減ってるだろうけども」
比較的平和な移動にはなるだろうか。それだと安心だが。
「これから先も、頑張んなさいな。まだまだお二人さんは若いし、色んな未来があるんだから」
色んな未来、か。ギリーさんだって、勇者の歴史については知っているはずだ。その上で、未来の話をしてくれている。
「ちゃんと生きて帰ります。また、お会いしましょう」
「そんときは、酒でも飲み交わすとしますか」
「お、興味ある。是非一緒に飲みましょ」
……セリアは飲み過ぎたら大変なことになる結果しか想像できないな。
「じゃ、僕たちはこれで。ありがとうございました」
「こちらこそ。応援してるぜー」
最初と同じく、ギリーさんはぶらぶらと手を振って、僕たちを見送ってくれた。
そんな彼の眼差しを背に受け、僕たちはいよいよ、馬車の停留所に向かって歩き始めるのだった。
*
停留所への道すがら。
爽やかな風に吹かれながら歩く僕たちの前に、彼は現れた。
ノナークの町で出会った、不思議な雰囲気を纏う、ローブ姿の少年。
名前は確か……。
「やあ。魔皇討伐、お疲れ様。合わせて暗殺者の件も対処してくれたみたいだね」
「サフィアくん……だったっけ、久しぶり」
「え? トウマ、この変な子知ってるの?」
セリアがサフィアくんを指さしながら聞いてくる。変な子、とまで言うのはどうかと思うが、まあそういうイメージを持つのも仕方がないか。
「ノナークの町で声を掛けられたんだ。……クリフィア教会に所属しているらしいけれど」
「クリフィアって……」
その名前を聞いて、途端にセリアは身構える。サフィアは警戒されてしまったことに苦笑しつつ、
「従士さんには、悪い印象を持たれたままみたいだなあ。ちょっとだけショック。今回のことも、クリフィアの仕業じゃないかって言ってる人もいるみたいだし」
「……サフィアくん。どうして、その話を知ってるのかな」
暗殺者の件は、限られた人間しか知らないはずだ。軍やギルドの関係者でない彼に、知る術があるとは思えない。いや、もしかすると彼は、関係者だったりするのだろうか。
「悪いけど、それは秘密ってことで。今はまだ、あんまり二人とお話するのもどうかと思ったんだけどさ。ノナークのときみたいに、お礼がてら一声くらいは掛けたくなっちゃって」
「お礼って、暗殺者のこと?」
「そうだよ、セリアさん。最近は、悪いことをする人は皆、クリフィア教会を信奉しているんじゃないかと疑われる。カノニア教会と対立している手前、しょうがないことだけどさ」
口を尖らせながら、サフィアくんは話す。当然のことだろうが、あまりいい思いはしていないようだ。
「……世界は思ったより複雑で、厄介なものだ。今だって感じているとは思うけれど、これからも、君たちは困難に直面していくことになる」
「……え」
「それでも、長い歴史の転換点として。……二人の旅が無事に終わることを、祈らせてもらうよ」
それじゃあ、と言い残し、サフィアくんは僕たちの返事も聞かずにくるりと身を翻した。
「あ、待って……」
呼び止めようとするけれど、人混みの中に紛れた彼の姿は、まるで消えるように見えなくなってしまう。フード姿だから目立つはずなのだが、よほどスニーキングが上手いのだろうか。
ノナークの町で会ったときと同じように。今回もまた、彼は謎めいた言葉を残して行ってしまった。……狐につままれたような気分だ。
「ねえ、何だったのかしら……あの子」
「僕も、クリフィア教会に所属してるってことしか知らないんだけどね」
普通に生きる人々は知ることのないであろう世界の不思議。それを知った風に話す少年。……グランドブリッジで話したソーマさんを思い出してしまう。
彼は何を知っているのだろう。
そしてまた、クリフィア教会は。
「うーん、旅立ちの前にあんなことを言われちゃうと、調子狂っちゃうわね」
「あの子としては、お礼を言いたかっただけなんだろうけどね。……今は気にせず、気持ちだけを受け取っておこうよ」
「そうね。旅を無事に終わらせる。それは絶対に遂げなきゃいけないことだもの」
歴史の転換点だとか、訳の分からないことは置いておくとして。セリアの言うように、この旅を生きて終わらせることが、僕たちの大事な目的だ。
その為に、しっかり前を向いて進んでいく。
「……行きましょっか」
「ああ、行こうか」
次なる魔皇討伐へ向けて、僕たちはセントグランを出発する。
遠くなっていく外壁を見つめていると、自然と思い出が浮かんでくる。
出会った一人ひとりの顔を振り返りつつ。
僕は心の中で感謝を述べていった。
勇者としての旅も、そろそろ折り返しに入る。
この先も順調に、役割を果たしていきたいものだ。
……ポケットの紙片が、かさりと音を立てる。
グレンの思い。勇者たちの思い。
そう、世界には沢山の不思議と、困難が佇んでいるのだろう。
けれど、それに屈することなく、僕たちは旅を終えてみせる。
引き継がれた思いに、必ず応えよう。
ぐっと拳を握りしめ、僕は頭上の蒼穹を見上げるのだった――。
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