9.遺された言葉


 少しの間、意識を失っていたらしい。

 重いまぶたを開いたとき、目の前には真っ暗な世界がただ広がっていた。

 しばらく、自分の身に何が起きたかも理解できていなかったが、ガラガラと崩れる瓦礫の音で、ようやく直前の記憶が蘇ってくる。

 そう、僕は地面の崩落に巻き込まれ、落下してしまったのだ。


「痛てて……」


 起き上がろうとするも、全身を強く打っているようで、上手く力が入らない。仕方がないので、ウェポンを杖に変更して、回復魔法を使った。淡い光が全身を包み、痛みが引いていく。


「……よし」


 体を起こす。頭の上にも破片が乗っていたらしく、僕が動くたびにバラバラと零れ落ちた。

 どうやら倒れていた場所も、大量の瓦礫の上だったようだ。

 ……それにしても。


「ここ、遺跡の地下……だよなあ」


 自分が落ちてきた天井を見上げても、僅かな光が点のように見えるだけだ。結構下まで落ちたらしい。まさか、遺跡にこのような空間が存在しているとは。あの広場が終着点とばかり思っていただけに、驚きも大きい。

 本来は、隠し部屋のような場所なのかもしれない。もしもお宝なんかが隠されているのだとしたら、こうして落ちてきたことは非常にラッキーな偶然なのだが。


「……出られるのかな」


 とにかく今のままでは、暗くて周りの状況が良く分からなかった。


「――ライト」


 杖から光を発生させ、辺りを照らす。上の広場ほどではないが、ここもそれなりの広さがあるようで、視界の先にはまだ壁が確認できない。

 セリアたちが心配して、ここへ繋がる道を探してくれているかもしれない。僕の方でも早く、ここから出る手段を発見しなくては。とにかく手掛かりがないか、歩いて回ることにする。

 まっすぐに進んでみると、やがて壁が目の前に現れた。それも、ただの壁ではない。その一面に、壁画が描かれているのだ。元の世界にいたころ、テレビなんかで古代文明の壁画とされるものが紹介されていたが、まさにそんな雰囲気のあるものだった。

 遺跡、か。ここだって、昔の人が造り上げた建造物のはずだ。それがいつのことなのかは知らないが、今とは別の文明があったっておかしくはないだろう。

 ……ただ、壁画は非常に簡単なもので、文字のようなものがあるわけではなかった。人間が、武器らしきものを手に取っている絵。それが幾つも並んでいるような感じだ。


「子どもの落書きみたいだなあ」


 棒人間、というのがしっくりくるかもしれない。その程度のレベルなのだ。

 まあ、古代の絵について批評していても仕方がないか。さっさと出口を探そう。

 僕は壁に沿って歩いていく。ここにも魔物がいる危険性はゼロではなかったが、気配もないしそこまで警戒する必要はなさそうだった。

 足元には注意しつつ、奥へ進んでいくと、また壁に突き当たる。しかし、その壁には門のようなものがあり、門扉は僕を迎え入れるかのように開かれていた。

 ひょっとしたら、この先がお宝の眠っている場所なのだろうか。ただ、扉が開いているのが気にかかる。まさか、僕よりも先に、この場所に辿り着いて扉を開いた人物がいるということなのだろうか。

 そこまで考えて、ハッとする。そういう人物がいても不思議ではないことに。何故なら、リバンティアにおける三百年ほどの歴史の中で、勇者は何度もこのジア遺跡を訪れているからだ。


「手記には何度も書かれてたしなあ……いつの勇者か分からないけど、ここのお宝を持っていったのかな」


 そう独り言ちながら、僕は門をくぐる。扉が開かれているとはいえ、もしかすればお宝が残っていないとも言えないし、覗いてみる価値はあった。

 門の先は、円形の空間になっていた。中心部に向かって、少しずつ階段状に下がっている。コツ、コツ、と足音を響かせながら、中心に向かって進むと、そこには大きな台が置かれていた。さながらそれは供物台のようだった。


「ここにお宝があったって感じだなあ」


 気のせいではなく、微かに魔力を感じる。この場所には、強い力を秘めた何かがあったのだろうか。そしてその何かは、過去に誰かが手に入れ、ここから持ち出された――。

 それがどんなものだったのかはとても気になるが、ここに存在しないものはもう、確かめようがない。手掛かりになりそうなものがないかと、辺りを見回してみたが、付近と大きく違うようなところはなかった。

 ただ、何となく引っ掛かったことがあった。ただの小石や岩の破片ではあるのだが、この遺跡を構成しているのとは色の違うものが転がっていたのだ。まあ、それこそこの場所に辿り着いた人物がいることの証左なのだろうけど。

 ここに何があったのか。誰がそれを持って行ったのか。この世界で生きていれば、いつかはそんな謎も明らかにできる日がくるのだろうか。


「……まあ、何もないんじゃここにいる意味はないよね」


 これ以上は気になるところもないし、上へ戻る道探しを再開しようと、僕は小部屋を出る。暗く広い地下空間。独りぼっちでずっといるのは心細くて仕方がなかった。

 今の小部屋が、お宝の置かれていた隠し部屋だとすれば、ここに来るまでの道は反対側にあるのではないか。そう考えた僕は、とりあえず反対の壁まで歩いていくことにした。こうも暗いと距離の感覚が掴みにくかったが、一分ほど前進し続けると壁が見えてきた。


「……スイッチとかあるのかな」


 僕は、壁面に何らかの仕掛けがないかと、杖の光を頼りに調べ始める。カニのように横歩きしながら、念入りに壁の表面を確認していった。


「……あれ?」


 奇妙な部分は、案外すぐに見つかった。壁の一部に、明らかに人の手で刻まれた模様があったのだ。それも、模様は僕にとって非常に馴染みのあるものだった。


「……勇者の紋……」


 僕の右手に、そして今は服にも、その紋がある。見間違えるはずもなく、それは勇者紋だった。

 ここに勇者の紋が刻まれている理由。容易に浮かんでくるのは、過去の勇者が何らかの目印として刻んだ、という可能性だ。もしそうだとしたら、この紋にはメッセージ性があることになる。

 つまり……ここに何かがある。

 僕は試しに、紋の刻まれた部分を強く押してみた。すると、予想通り石が中へ押し込まれ、ゴトリと音が鳴った。やはり仕掛けがあったわけだ。

 出口、というか上へ繋がる通路が出現するのか、という期待があったのだが、仕掛け扉がガラガラとスライドすると、その中には狭い空間がぽっかりと空いているだけだった。

 この小部屋もまた、お宝が眠っていた隠し部屋だったのだろうか。

 念のため、中に入ってくまなく調べてみる。しかし、他の部屋へ続くような通路や、さっきのようなスイッチは全く見当たらない。部屋の真ん中に、小さな物体を置いてあったような台座がちょこんとあるだけだった。その台座には、今は埃が積もっている。


「……ん?」


 注視してみると、台座の下に何かが落ちていた。価値のあるものではなく、単なる紙切れだ。そう、メモ帳を破りとったような……。


「……手記?」


 勇者が来ていることと合わせて推測すると、それが手記の一部である可能性は高かった。こんなところに捨てられている手記の一部には、一体何がしるされているというのだろう。興味を掻き立てられた僕は、すぐにそれを拾い上げ、裏返してみた。

 果たして、そこには勇者の手による文章が綴られているのだった。


「リバンティア歴三二五年……グレン=ファルザー記す……」


 文章の最下部には、そう記されている。これを遺していったのは……勇者グレン。僕に幾つもの置き土産をしていった、一代前の勇者だった。

 古き遺跡の隠し部屋。そんな場所に遺した言葉とは、如何なるものなのか。

 胸の高鳴りを抑えつつ、僕は文面を追っていった。


『数十年後の勇者がこれを読んでくれることを願い、勇者へ遺す言葉を今、書いている。こんなところに遺していくのは意地悪みたいに思えるかもしれないが、もう何代も、勇者はここへ辿り着いているのだから、きっと君も同じように来てくれる。そう信じてもいいだろう?

 さて、前置きはこのくらいにして、本題へ移るとする。君がここへやってきたなら、恐らくコーストンの魔皇は倒し、ともすればグランウェールの魔皇も倒していることと思う。君にとって魔皇という存在が強かったか弱かったか。弱いと感じてくれているなら嬉しいが、まあそれは高望みだろうな。

 君は、これまでの旅で何度か、俺の話を聞いたり、俺が遺したものを受け取って来たはずだ。たとえば、ランドル=モーガンであったり、ヘイスティ=バルカンであったり。そして、既に気付いているとは思うが、『コレクト』というスキルも俺からの贈り物だ。勇者の剣が使えなくなるから、その代わりとして沢山のスキルを頼りにして、戦い抜いてほしい。

 コレクトは、本来このジア遺跡で入手できる隠しスキルだ。台座にはスキルの宝珠が安置されていて、それを手に取ることでスキルが自分のものになる。俺も含め、過去数代の勇者は皆、ここでコレクトを手に入れて、各職のスキルを集めてきた。つまり、君が引き継いだスキルは何人もの勇者が長い旅の中で懸命に収集した成果なわけだ。能力値を確認したことがあるなら分かっているかもしれないが、君はスキルだけで言えば、世界中の誰よりも優れた人物になっているだろう。

 どうして、スキルを引き継がせたのか。どうして、勇者の剣が抜けなかったのか。どうして、俺がそうなることを分かっているのか。疑問は色々あると思う。でも、今はまだそのことについて知るべきじゃない。いつか必ず、真実に直面するときは訪れるから、そのときまでは知らずにいてほしいんだ。正直言えば、これは俺のわがままみたいなものかな。

 君は、この先。とても辛い運命を知り、苦しむことになる。

 だが、俺は……俺たち勇者は、それを乗り越えられるよう、準備をしてきた。

 砂粒よりも小さな可能性。それが現実となることを、祈り続け。

 全ての思いと力を、君に託す。

 旅の果てに、君が世界の真実を知ったとき。俺たちの託した希望で、新たな道を拓いていけ。

 残酷な仕組みに全力で抗って、君の大切な人と二人、必ず生きて帰るんだ。

 その日が来ることを、俺は心より願っている。


 ――リバンティア歴三二五年、グレン=ファルザー記す』


 これが全文だった。

 勇者グレンが次なる勇者――つまり僕に遺した言葉。願い。

 知らずにいてほしいと、わざと曖昧にしている部分も多いけれど。ここに記されている内容は、僕の予想していたことと大きく違うところはなかった。

 コレクトも、それによって得られたスキルも、過去の勇者が僕へ引き継いだ贈り物であること。勇者の剣が抜けなかったのは必然だったこと。そして勇者グレンが、或いは他の勇者も、その事情を理解していること。

 そして、きっとその全ては。

 勇者と魔王の仕組みに深く関係しているということ……。

 魔王を倒した勇者が帰ってくることは、過去の歴史で一度もなかった。

 その前例が覆ることを、勇者たちは願っていた。

 だからグレンは、必ず生きて帰れと記したのだ。

 これまでの勇者が叶えられなかった夢を現実にしてほしいと、僕へ託したのだ――。

 グレンは、僕がこの先悲しい運命を知ると予言している。それも勇者と魔王の仕組みに関わることなのだろう。

 不帰の勇者。そこに秘められた真実とは、何なのだろう。

 彼が記したように、いつかはその真実に直面することにはなるのだろうが。

 ……乗り越えられるのだろうか。少しだけ、不安になる。

 それでも、生きて帰りたいとは強く思い続けている。

 大切な人……セリアと二人、必ず生きて帰る。そのために、運命とやらに屈するわけにはいかないのだ。

 そう、そのために歴代の勇者は、準備をしてくれたというのだから。

 弱気になる必要なんて、ないな。


「……ありがとう、グレン。それに、過去の勇者たちも」


 受け継いだスキルも、思いも。決して無駄にはしない。

 僕は絶対に、魔王を討伐して生還してみせよう。

 セリアとともに。

 紙片をポケットにしまい、決意を新たに振り返る。そのとき、ガコンという音が聞こえた。何らかの仕掛けが作動したような音だ。

 音のした方へ行くと、壁の一部が奥側へずれ込んでいた。そして、ガラガラと横へ開いていく。


「あ、トウマ!」

「わっ」


 開いた壁の向こうから、セリアの眩しい笑顔が覗いた。急に大きな声を出されたので、僕の方は呆けた顔になってしまったが。


「迎えに来たよ」

「……ありがと」


 見れば、セリアの後ろには皆いた。レオさんも、セシルさんも、他の騎士たちも。皆が僕を心配し、こうして道を探し当て、迎えにきてくれたのだ。

 どの顔も、ホッとしたように僕を見つめている。

 それがどうしようもなく照れ臭くて、嬉しかった。


「……帰ろう。セントグランへ」


 僕が言い、皆が頷く。

 そして薄暗い遺跡を脱出し、僕たちは凱旋の途に着くのだった――。

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