5.戦火の廃村

「……こいつは……」


 先に外へ出たドランさんが、小さく呟く。何事かと僕たちも出ていくと、そこには思わぬ光景があった。


「あっ……」

「戦いが、始まってる……!」


 廃村内を縦横無尽に駆け回る魔物たち。そして、それを倒すために武器を振るう人々。

 そう、魔皇討伐作戦は時間を前倒しして始まっていたのだ。既に廃村には、沢山の人が突入してきていた。


「城が襲われたから、決行を早めたってわけか。しかし、他の守護隊は来てなさそうだな」


 ドランさんが言う通り、コーストン兵の姿はちらほら見えるものの守護隊のメンバーは見当たらない。ヴァレス大公は恐らく、守護隊を城に待機させているのではないだろうか。そんな予感がする。


「一般兵と市民グループに戦いを全て任せたんじゃないでしょうか」

「だろうな。エリオスなんかは、イライラしてそうだ」

「ドランさん、どうしましょう」

「さっきも言っただろ。俺は俺の戦いをするまでだ」


 そう言うや否や、彼は目の前を通り過ぎていこうとしたスパイダーに痛烈な一撃を食らわせる。スパイダーは縦にぱっくりと割れ、血飛沫を上げながら絶命した。


「魔皇の場所は分からねえが、村の中心部にでもいるんだろう。とりあえず、俺は手薄なところの魔物を駆除して回る。お前たちは魔皇を倒すのが使命だろ、先陣切って行ってこい」

「……分かりました! 後から助太刀、来てくださいよ」

「ハッ、その前に倒すくらいのことを言え、勇者なんだからよ」


 ドランさんはそう言い残して、大きな斧を手に、村の奥へと走っていった。……俺は俺の戦い、か。クールな男だ。同行してくれていたら心強かったが、悔いの無い戦いとなるよう応援しておこう。


「村の中心って言ってたね。正直僕たちに土地勘はないけど……適当に進んでみようか」

「ええ。苦戦してる人がいたら助けつつ、行きましょ」


 ざっと見た感じ、兵士と市民グループの割合は半々といったところだ。戦力として兵士の数が少ないのは些か心配になったが、どうしようもない。兵士は戦闘能力もそこまで高くはないようだし、民間の参加者に強い人が沢山いるのを願うしかないな。

 廃村と言えども、村の形は殆どそのまま残っている。屋根と壁が崩れた民家、枠の壊れた井戸、枯れた木々……五十年ほど前ではあっても、人が暮らした痕跡というものは中々消えないもののようだ。それに、ひょっとすると……時たま訪れて、手入れをしていく人がいるのかもしれない。

 ここに僅かでも思い出が残っているというのなら。それを再び魔物たちによって踏みにじられ、消し去られるのを許すわけにはいかない。魔皇アギール。どんなに強大な敵だとしても、必ず討伐してみせる。


「あ、トウマ! あそこに魔物が凄い押し寄せてる!」

「うん、加勢しよう」


 民間の参加者数人のところに、魔物が十匹以上向かっていた。男たちが手にしている武器は古びた剣や槍、杖とまともに戦えそうもない代物だ。きっと支給されるお金の誘惑に負けてしまったのだろうが、戦えないなら命の危険すらある。ヴァレス大公も、こういう人たちが相当数出ることくらい分かっているだろうに。


「……まあ、それでもこの人たちの方が、勇気はあるか」

「ん、何か言った?」

「何でもないよ!」


 僕は魔物の群に突っ込むと、セレスタさんが使っていた第八のスキル、崩魔尽を放った。剣の閃き、前方の範囲内にいた魔物たちは無数の斬撃の餌食となって、肉塊に成り果てる。だが、それだけでは全てを倒しきることはできず、市民たちのところへ残った魔物が走っていく。


「――ブリザード!」


 セリアの放った水魔法が、魔物の一団に降り注ぐ。静謐なる死を与える吹雪に襲われて、一匹、また一匹とその身を凍らせていく。


「はあッ!」


 見事に固まった魔物を、最後は僕が斬り砕いていく。……よし、これで全て倒しきったな。


「大丈夫ですか!」


 僕が男たちに声を掛けると、彼らはブルブルと震えながらも頷く。


「生半可な気持ちで来るところじゃねえぜ、こりゃあ……」

「あんたたち、私設兵団か……?」

「いや、僕たちは勇者とその従士です」

「ゆ、勇者だって!?」


 とうとう来てくれたかと、男たちの口から嘆息が漏れる。


「すまねえ、俺たちじゃ足手まといにしかならん。魔皇討伐、頼んだぜ!」

「はい、任せてください!」


 僕が力強く請け合うと、彼らは安堵したように笑い、廃村の入口辺りへ引き返していった。安全なところへ逃げられるまで、気を抜かなければいいが。

 廃村を進んでいけば行くほど、魔物の数は多くなっていく。僕たちは、襲い掛かって来る魔物を斬り、刺し、燃やし、凍らせながら進んでいった。まだ魔物は弱いものばかりだったが、きっと魔皇の付近は、強い魔物が固まっていることだろう。


「……あれは……!」


 角を曲がったとき、僕は見知った姿を見かけた。背中合わせに戦うあの二人は、ギルドの名コンビ。アーネストさんとミレアさんだ。


「トウマとセリアじゃねえか! 遅かったな」

「すいません、ハプニングがあって」

「結局ここに来てる守護隊も、ドランさんだけっぽいし!」

「へえ、ドラン=バルザックか……」


 アーネストさんは、ドランさんが戦っている姿を一目見ておきたいようだ。宣言式のときから、興味を持っているような口ぶりだったもんな。戦っているうちに、偶然出くわせばいいけど。


「早朝、大公城に魔物が現れたらしいな、それは俺たちも知ってるんだ。何せ大公が緊急事態だと街中に放送してたからさ。その結果、魔皇討伐作戦は前倒しで始まっちまったってワケ」

「な、なんとなく想像は出来てました……そうですか」

「でも、二人とも朝はいなかったよね? すぐ後ろを付いてきてたの?」

「そうじゃないわ、ミレアさん。街に地下通路があるって言ったじゃない。あれがお城からこの廃村まで繋がってたのよ」

「ええ? そんなルートがあったんだ……」


 街から城まで繋がる地下通路があったというだけで驚きなのに、その通路が廃村まで繋がっているのだから更に驚きだろう。


「もう長いことコーストフォードにいるが、全然知らなかったぜ……」

「それを言うなら私、コーストフォードで生まれてるんだけどね?」

「ああ、すまんすまん」


 ミレアさんが睨むのに、アーネストさんは笑いながら謝る。こんなときでも仲が良いな。

 そこに、崩れかけた民家の屋根から魔物が飛びかかってきた。僕たちは慌てて飛び退く。人型の魔物――あれは、ゴブリンだ。

 図鑑で見た通り小柄で緑色の皮膚をしていて、鼻だけが高い皺くちゃの顔をしている。襲ってきたのは四匹で、手には棍棒やら剣やら、色々な物を手にしていた。

 以前、セリアが魔物の成り立ちについて簡単に説明してくれたが、ラットやスパイダーが悪しき力の影響で魔物に変化した存在だとすれば、ゴブリンのような魔物は、悪しき力によって生まれた純粋な怪物だ。上位の魔物になってくると、そういう生まれ方の魔物ばかりらしい。ゴブリンはまだ低ランクな部類だが。


「うっし。――七の型・影」


 アーネストさんは、スキルを発動させると一気に加速し、ゴブリンの群のど真ん中まで突っ込んで、拳を構える。


「――五の型・舞」


 五の型は集団迎撃用のスキルだ。的確に相手の急所を見定めて、その名の通り舞うように拳を打ち込んでいく。僕が瞬きをする一瞬の間に、四匹のゴブリン全てがアーネストさんの強烈なパンチを喰らって四方向に吹っ飛んだ。その体には電気が走っていて、ミレアさんがアーネストさんの手甲に、またエンチャントをしているのが分かった。


「まだまだ!」


 ゴブリンは今までの敵と比べればタフなようで、まだ倒し切れてはいないようだった。なのでアーネストさんは、吹き飛んでいくゴブリン一匹を追いかけ、上空から瓦割りのように拳を突き落とした。丈夫なゴブリンもそれには耐えきれず、口と腹から血を噴き出し、動かなくなった。


「――無影連斬!」


 僕もボンヤリと見ているわけにはいかないと、飛んできたゴブリンに剣撃を喰らわせる。アーネストさんの一撃でかなり弱っていたので、ゴブリンは何も出来ないまま斬り裂かれ、絶命した。


「――ヘルフレイム!」

「――スパークル!」


 残る二匹も、セリアとミレアさんがそれぞれ一匹ずつを退治していた。ものの数十秒で片付くとは、やっぱりアーネストさんたちは流石だ。


「ふう。……トウマ、セリア。ここを真っ直ぐ進んでいけば、廃村の中央だ。魔皇もそこにいるだろう。俺たちはここで、民間人のサポートをやるつもりだから、先に行ってくれ」

「ギルドの務め、ですね」

「こんだけ戦えない奴がいちゃあ、仕方ない。一人も犠牲を出さないよう、ギルドとしてしっかりやるさ」

「ええ、お願いします。余裕が出来たら、加勢に来てくださいね!」

「おう、それまでに負けるんじゃないぞ!」

「勿論です!」


 拳をぶつけ合って、アーネストさんと誓いを交わす。そして僕たちは、それぞれ別方向に走っていった。

 進むほどに廃屋の数が増えていき、村の中央に向かっているのだな、というのが分かる。それにつれて、魔物の数や凶暴さも確実に増してきていた。すれ違いざまの一撃では仕留めきれなくなってくる。


「やっぱり、魔皇を守るように強い魔物がいるのかな」

「そんな感じよね。ゴブリンとか怪物系は強くて面倒だわ」


 そう言っている間にも、ゴブリンが物陰から飛び出してくる。僕がまず剛牙突で腹部を突き刺し、それからセリアが雷魔法を放って、ようやく沈んだ。腹に穴が開いてもまだ倒れなかったのは恐るべき生命力だ。

 何度も足止めを食らいながら、それでも急いで奥へと進む。すると今度は、私設兵団の二人が戦っている場面に出くわした。セレスタさんとケイティさん、戦闘スタイルは違っても、息の合った連携で魔物たちを蹴散らしている。


「――光円陣!」

「――アローレイン!」


 範囲スキルによって、スパイダーもマンティスもゴブリンも、次々と沈んでいく。やはり大した戦闘力だ。だが、魔物の数も相当多く、二人が倒しても倒しても、どんどん新手がやってきていた。


「セレスタさん、ケイティさん! 大丈夫ですか!」

「おっと、ようやく真打が登場か。こちらは問題ない、君たちは勇者としての役目を果たしてくるんだ!」

「雑魚どもの退治は私たちに任せなさい! それより、レオくんが心配だわ!」

「レオさんが?」


 ケイティさんの口からレオさんの名前が出るとは。彼の身に何かあったのだろうか。


「レオくん、自分が魔皇に少しでも傷を負わせるって言って、一人で村の中央に向かってしまったのよ!」

「ほ、本当なんですか!?」


 まさか、レオさんがそんな無茶な行動に出るとは。いや、それはきっと僕たちがいなかったからなのだろう。先に少しでも役に立ちたいと、彼の正義感がそうさせたのだろう。……ありがたい、けれど心配だ。


「すいません、それじゃ先に行かせてもらいます!」

「セレスタさんとケイティさんも、来れたら助太刀、来てくださいねー!」


 セリアの言葉に、二人ともしっかりと頷いてくれた。

 僕たちは走り続ける。幾つもの思いを受け止めて、ただひたすらに決戦の場所へと。やがて、視界の先に大きな建物の跡が見え始めた。恐らくは公民館のような場所だったのだろう建物だ。


「……きっと、魔皇はあの中だ」

「ええ……覚悟を決めなくちゃね」

「僕たちなら、大丈夫さ」

「……そうね。行きましょ!」


 魔皇アギールの待つであろう、建物跡。僕たちは臆することなく、その中へと飛び込んでいった。

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