三章 祈りの境界

1.教会の鐘が鳴り

 ……ガタン、ゴトン……。

 ひたすらに繰り返す音と揺れ。それを感じているうちに、僕もセリアもウトウトとしてしまい、再び目を開けたときにはもう、太陽も傾きかけた頃だった。馬車はまだ、人気のない街道を走り続けている。舗装されていて広々とした街道は、魔物の気配もなくて安心なのだが、景色も単調で目を惹かれるものがなく、どうしても眠気に襲われてしまうのだった。


「……はーあ……」


 欠伸を噛み殺しながら、隣を見る。すぐ近くで、セリアがスースーと寝息を立てていた。おじさんが言っていた通り、馬車は座席部分が結構狭くて、必然的にセリアとは体が触れ合ってしまう。だから、隣で女の子が寝ているというシチュエーションに今更ながら恥ずかしくなった。


「おはようさん。まあ、そっちの子は爆睡中みたいだが。どうだい、適当にお昼ご飯でも食べるか?」


 おじさんが、前の座席から顔をこちらに向けて、そう訊ねてくる。ちょうどお腹が空いたと思ったところだったので、昼食があるのはとてもありがたかった。


「余ってるなら食べたいです」

「はは、女房の手料理だから、口に合うかは保証できないけどな。食材はウェルフーズのだから、あんまり心配はいらねえか」

「そんな。絶対美味しいですよ、いただきます」


 眠りこけているセリアはそのままにしておいて、僕はお弁当を分けてもらう。まさしく家庭料理、という見栄えのおかずだったが、どれも文句の付けようがない美味しさだった。


「……お腹空いた……」


 匂いに釣られたのか、そこでセリアが目を覚ました。とろんとした目つきでこちらを見て、しばらくの間ぽかんと口を開けていたのだが、すぐにぱちくりと瞬きをして、


「あー! ずるい!」

「あ、あはは……ごめんごめん」

「お嬢ちゃんも食べな。半分くらい残してくれりゃあいいから」


 愉快そうにおじさんは笑う。半分もお弁当を分けてくれるなんて、心優しい人だ。


「うん、美味しいー」


 ……でも多分、勢いづいたセリアは半分以上、弁当を食べちゃっているけれど。


「あとどれくらいで着きそうですか?」

「んー、そうだな……お嬢ちゃん、その辺で勘弁してほしいんだが。えーっと、あと二時間もすれば到着するはずだ」

「あ、すいません。えへへ……ようやく三分の二ってとこですね」

「ああ。天気も快晴で、馬の調子も良いし、遅れることはないさ」


 二頭の馬は、休むことなく一定のスピードで走り続けてくれている。働き者の馬だ。後でたっぷり人参を貰うんだぞ。


「着くまでは、また寝てくれても構わないからな。俺も疲れたときは、走りながら仮眠をとるくらいだ」

「信頼してるんですね、馬たちのこと」

「当然さ。俺が世話してる馬だからな」


 流石、ベテランという感じがして格好良い。自分の仕事に誇りを持っているんだろうなと思う。僕も、勇者と言う役割にもっと誇りをもって当たりたいものだ。

 お弁当でお腹を満たしたセリアは、他にやることもないのでまたすやすやと眠り始めた。その寝顔を見ているのも癒されるけれど、眠気はじわじわとやって来る。結局僕も、十分ほど抵抗してみたものの、心地よい夢の中に引き摺り込まれてしまった。


「……おーい……勇者様」


 おじさんに起こされる。気づけばおじさんは馬車を降り、外から僕に呼びかけていた。……そうか、もう到着らしい。


「ここが……ノナーク、ですか」

「ああ、長旅お疲れさん。俺はこのまま市場まで行くが、お前さんたちはここで下りとくか?」

「そうします。ここまで運んでくれて、ありがとうございました」

「いいってことよ。世界を救う勇者様には、頑張ってもらわねえと」


 そう言って背中を軽く叩かれる。


「セリア。ノナークの町に着いたよ、起きて」

「……んー……オハヨウ」


 細く目を開けながら、セリアはもごもごと言う。そんな彼女を半ば強引に起こして、馬車から下ろした。何とか半分ほど目が覚めたセリアも、おじさんにお礼を言い、笑顔で別れる。


「あー、殆ど半日くらい寝てるから、体がなまって仕方ないわ。頭もボーっとしちゃうし……」

「魔物にも遭遇しなかったしね。その方が良いんだけど」

「少しは体、動かしたかったってのもあるな」

「はは、そうだね。陽が沈むまでに魔物退治するのもいいかもしれない」

「ねー」


 そんなやりとりをしつつ、僕らはノナークの町の入口門を抜けた。位置的に、公都であるコーストフォードに近づいているからか、イストミアと比べて町の規模は大きい。ウェルフーズと同等かそれ以上のようだ。綺麗な建築物も多かった。

 そして、何より印象的なのが――


「あ……」


 ……ゴォン、ゴォン……。

 町中に鳴り響いた、鐘の音。

 町の中央にある、大きな聖堂と、その天辺に取り付けられた鐘。

 その鐘が今、荘厳な音色を町中に響かせているのだった。


「……教会の町、か」

「ええ。ここがカノニア教会始まりの場所。教会の町と広く認知されている、ノナークよ」


 カノニア教会。神様の伝承を民に広める存在。

 この町がその発祥の地というわけか。


「総本山ってわけじゃないけどね。大きな組織の殆どはグランウェールに行っちゃうんだけど、協会も例外じゃなくて。それでも、始まりの場所としてこのノナークの教会は、重要な世界遺産になっているの」

「規模じゃなくて、歴史だね」

「そういうこと。神様が遺したとされる、古代の碑文について調べている研究所もあるみたい」

「ふむふむ」


 碑文と言えば、前にセリアが話してくれたことがあったな。勇者について、『善き者に劔を齎す』と記してあったのだったか。今でも研究が続いているということは、碑文の全てが解明されているわけではないようだ。思えばリバンティア歴は三百数十年と、地球に比べて歴史が浅い。まだまだ解明されていない世界の謎は多いのだろうな。


「何はともあれ、今日の宿を確保しなくちゃね。どこにあるかしら」

「ぐるっと町を巡りながら探していこう。案内板もあるだろうし」

「はーい。行きましょ」


 僕らは並んで、町の通りを歩き出した。

 普通の服装をした人も多いが、やはりシスター服など、正装をした人もちらほらと通り過ぎていく。町の人たちは、そんな聖職者さんを見かけると、必ず挨拶を交わしていた。僕らもそれに倣い、軽く頭を下げておく。

 建物の外観も、こういう所では統一感が出るようで、同じような大きさ、色合いの家がずっと並んでいた。派手な色や形は町から排除されているのだろう。何というか、教会だけでなく町そのものが遺産になっていてもおかしくないなという印象を受けた。


「あ、ここね」


 住宅街の外れまで来たところで、セリアがその建物を指し示した。控えめながら確かに『INN』と看板が付いているので、宿屋で間違いないようだ。


「ここも景観に配慮してるって感じか。ま、とりあえず入ろう」

「ええ」


 民家のような扉を開いて、僕らは宿屋の中へ入る。内装はきちんとしたフロントになっていて、カウンターには受付の女性が座っていた。


「いらっしゃいませ。お泊りのお客様でしょうか?」

「はい。二人で、とりあえずは一泊。長くなるようならまた言います」

「かしこまりました。では、一階のお部屋をお使いください。こちらが部屋番号と鍵になってますので。料金は当宿を出る際に精算いたします」

「ありがとうございます」


 二回目ともなれば、宿での手続きもスムーズだ。心なしか初対面の人と話すのも抵抗がなくなってきている気がするし、戦闘面だけじゃなくて日常面でも成長出来ていると実感した。

 宿は一階と二階のみで、部屋も合わせて五部屋しかなかった。それほど他所から人が来ることがないのだろう。渡された鍵も一〇一号室とあったので、他の客は一組もいなさそうだ。

 部屋はそれなりに広く、綺麗に整えられていた。余計な装飾が一つもないので、逆に言えば少し寂しいような感じもする。ベッドのサイドテーブルには、教会の正典が置かれてあって、なるほど教会の町だと思わされた。前から読みたかったし、今日の夜にでも目を通しておこう。


「……さて、荷物も置いたし、どうする?」

「体がなまってるって言ってたし、町の人から魔物の被害がないか聞いて、付近の魔物を倒していくのもいいんじゃないかな」

「うん、賛成。どこも活発化してきてるだろうしね」


 ということで、僕とセリアはすぐに宿を出て、情報収集に向かうことにした。

 最低限の回復アイテムだけは、今日も持っていく。どんなときも、万が一のことを考えておかないと危険だ。

 宿から離れ、町の広場を目指して歩く。その途中、中央にあるノナーク聖堂が、町のどこからでも見ることができるほどに大きいのを、改めて感じた。

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