4.寄り添う従士
町に一歩出てみると、さっき集まってきた人たちがまた、興味津々といった様子で僕に注目していた。それだけでなく、声を掛けてくる人も結構いたので、一つ一つ返事をするのに気を遣った。
勇者が現れたという話は、もう町中に知れ渡っているらしい。井戸端会議に勤しんでいる人たちがその拡散元だろう。ああいう話好きな人っていうのは、世界は違えど少なからずいるようだ。
「こんにちは、アミーさん。ええ、この人が町外れで倒れていた人です。今から食堂に案内するところなんですよ。……あ、リンさん。今日はどこかへお出かけですか? 気を付けてくださいね」
セリアは町の殆どの人と仲が良いようで、すれ違う人に挨拶をして、僕のことを紹介してくれる。そのおかげで、僕もそこまで話をする必要がなく、とてもありがたかった。
「そりゃ、町外れで倒れてた人が勇者様だったなんて話、皆びっくりして知りたがるわよね。普段なら大人しい人も、今日は色んな人に話しかけてるみたい」
「例がない、わけだもんね」
「うんうん。その上記憶喪失っていうのもなあ。話のネタとしては十分すぎるわ」
それは流石に自分でも分かっている。だって、通りすぎていく人たちは皆、尊敬の眼差しではなく、どちらかと言えば物珍しいものを見るような目で僕を見てくるのだから。……なるべく気づかないフリをしておこう。
住宅が並ぶ通りを少し歩くと、円形の噴水が中央にある、小さな広場に差し掛かった。ここが町の中心に位置しているようで、来た道を含めて東西南北に道が伸びている。近くには看板があって、市場までどれくらいの距離があるのかが記されていた。
……あれ。今更だけど看板に書かれている文字、普通に読めるんだ。言葉が通じているのと同じで、文字も自動翻訳みたいなことがされているのかもしれないな。
先へ進んでいくと、民家に混じって、少しずつお店が増えてくる。八百屋さんや肉屋さんもあるけれど、服飾店のショーウィンドウにはしばらく見惚れてしまった。まるで映画や舞台で使うような衣装が、普段着として飾られていたからだ。ボキャブラリー不足なので、格好いいなという感想しか浮かんでこなかったが、とにかく感動して、胸が高鳴った。
そして、その胸の高鳴りが最高潮に達したのが、まさにファンタジーの象徴とも言える店―ーそう、武器屋だった。
「ねえ、セリア。ちょっと覗いてみてもいい?」
「覗くって言っても、ここの武器屋はそんなに品揃えが良いわけじゃないわよ。いくら勇者誕生の地って言っても、辺境の町に変わりないんだし」
「構わないよ。どんなものがあるのか見てみたくって」
僕が興奮気味に言うと、セリアもそれ以上は何も言わず、一緒に店内へ入ってくれた。
店の中には、想像した通り、いやそれ以上に多くの武器が陳列されていた。ざっと見たところ、種類としては剣、槍、弓、手甲、そして杖の五種類。決して子供のおもちゃでないことは、そのキラリと光る刃や、はめ込まれたオーブなんかを見れば一目で分かる。これは、極めて実用的な品々なのだ。魔物を倒すという目的のために作られた、武具。
「いらっしゃい!」
いかにもと言った風体の男性が店主をしているようで、その筋肉質な腕を組みながら、僕らに力強い挨拶をくれた。僕はちょこんと一礼を、セリアは明るい声で挨拶を返し、商品の前まで進んでいった。
「おおーー……」
「そんなに驚く? 何の変哲もない剣なのに」
その、こちらでは何の変哲も無い剣が、僕の世界ではまずお目にかかれないものなのだ。
剣掛けに置かれてある剣を手に取ってみる。剣身は一メートルくらいあった。かなりの重量なので、両手剣なのかと思いきや、これで片手剣らしい。そりゃあ、竹刀とは全然違うよなあ。
初心者向けのような、簡素な作りの剣もあって、そちらは長さもほどほどで、さっきの剣よりはだいぶ軽かった。勇者の剣も、これくらい軽くないと多分思い切り振るえないような気がする。うーん……異世界転移の、理想と現実のギャップだ。
隣のコーナーには槍が数本立て掛けられていた。どれも長く、残念ながら日本人の平均ほどしか身長のない僕には自在に操れそうにない。その横に並ぶ弓にも興味はあったが、弓道をやったことはないので上手く扱える自信はなかった。
旅立つ前の冒険者って、今の僕みたいにワクワクしながらあれこれ考えるんだろうなあ。この世界に生きる人が羨ましい、と思った。だから、転移して来られた自分は幸運すぎるほどに幸運だ。
最後に杖のコーナーも見て回った。これもゲームなんかと同じで、先にオーブのようなものが付いていたり、クルクルと渦巻き状になっていたりする。魔法を使うのに、これが合理的な形ということなんだろう。
何だか、こうもゲームと同じだと、僕以外にも異世界へ飛ばされて、その経験を元の世界で作品にした人でもいたんじゃないかと疑ってしまうな。
「トウマ、さっきスライムと戦ってたときに木の棒を武器にしてたけど、剣術士だった記憶は?」
「そ、そうだなあ……剣を振り回してたような記憶は、あるようなそうでもないような」
「でも、勇者は剣を使うものだもんね。きっと記憶を無くす前も剣が武器だったんだと思うわ」
「うん。それ以外はちょっと馴染まなさそうだ」
剣を使う人を剣術士というのか。なら、他の獲物だと弓術士とか魔術士とかになるんだろうか。セリアは間違いなく魔術士だよね。
「ありがとう。いい物が見れたよ」
「ちょっとは記憶を取り戻すきっかけになったり?」
「はは、まあそんな感じ」
ただの好奇心だったとは流石に言えないが、とにかくホンモノの武具を見られて満足だった。
店主のおじさんに感謝を述べて、僕らは武器屋を後にした。それからしばらく道なりに歩くと、『食事処』と刻まれた看板の立つ建物が見えてきた。どうやらここが目的地のようだ。漂ってくる美味しそうな匂いに、自然とお腹が鳴ってしまう。
「ふふ、じゃあ入りましょ」
「ご馳走になります」
食堂の扉を開けて、中へ入ると、取り付けられた鈴がカラカラと鳴る音がした。店の中には数人の男性がいて、仕事の昼休憩によく利用されている感じが伝わってくる。
「お、セリアじゃないか。珍しいね」
「ハンナさん、こんにちはー。今日も忙しそうですね」
「何の、昼と晩にちょっと人が押し寄せてくるくらいさ。それ以外は暇ってもんだよ」
「そう言えるのが凄いんですって」
ハンナという女性もまた、食堂や酒場にはお決まりといった雰囲気の女将さんだった。恰幅の良い体だがエプロンがとても似合う、まさに皆のお母さんといったところか。
「……ところで、そっちの子が……」
「広まってるんですね。彼はトウマ。勇者の紋を持った旅人です」
「えと、初めまして……トウマ=アサギです」
「礼儀正しい子だね、初めまして。記憶喪失だとか聞いたけど」
「え、ええ……。気が付いたら、近くの草原に倒れてました」
「おやまあ……」
不思議なこともあったもんだね、と呟いて、ハンナさんはそれまで拭いていたコップを食器棚に直してから、カウンターから出てきた。
「ま、ここへ来たってことはお腹が空いてるんだろう。色々不安はあるだろうが、まずは食べな。あんたが勇者様だってんなら、元気になってこの町を出発してもらわないとね」
「あ……ありがとうございます」
「いい人でしょ。私もたまに来て、元気づけてもらってるんだ。唯一の欠点は、日替わり定食しかないことかな」
「それが人気なんだからいいだろ、セリア」
「まーそうですけどねー」
年の離れた姉妹のように仲良く掛け合う二人を見ていると、それだけでちょっと元気をもらえた気がする。誰かといるときに楽しく笑えたのって、久しぶりかも。
「……でも、セリア。あんたの祖母ちゃんからこっそり聞いたけどさ……。あんたも、なんだってね」
「……もう、お祖母ちゃんたら。言わないようにってお願いしてたのになあ。ま、そういうことみたいです」
「そうかぁ……。この町で何度も繰り返してきたことだしね、仕方ないか。寂しくはなるけど」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいですよっ」
おや、何やらシリアスな話のようだ。セリアも町の決まり事で、重要な役どころを担うことになっているとかだろうか。
……あれ。そう言えばさっき、ちらっとだけ彼女自身からヒントになるようなことを聞いた気がする。勇者の伝統に関連して、セリアは確か……。
「……も、もしかして?」
「ほら、気づかれちゃったじゃないですか」
セリアは少しだけ照れたように、或いは困ったように僕から顔を逸らして、ハンナさんに文句を言った。
……と言うことは、つまり。
「ふう。……勇者の旅には魔術士が同行する。その魔術士は、町に保管されてる封魔の杖と共鳴して、魔王復活を感知した者って決まりになってるんだ。そして数日前、私は魔王が蘇ったのを、杖のオーブを通じて感じ取った。だから、私は勇者と一緒に旅へ出なきゃいけないのよ」
明らかにそれって、ヒロインポジション確定じゃないですか。
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