桜の木のしたで
egochann
第1話
3年ほど前の話をしよう。
そのとき僕は高校2年生で、将来の進路に悩んでいた。
公立高校で、進学校だったためクラスメイトのほとんどが大学に行くために勉強をしていた。
漠然とその波に乗って勉強をしていたが、まだはっきりとは先が見えない状態だった。
目先の摸試の点数ばかりに気を取られ、偏差値がいくつだの、豪各確率がいくつだのということばかりが頭をよぎっていた。
高校1年生のときからだ。
部活は何もしていなかったに等しいが、図書委員として本の管理に情熱を燃やしていて、もしかしたら自分は図書館の司書の仕事が向いているのかも知れないという思いは心の片隅にあった。
1年生が終わり、2年生の1学期が始まりかけたとき、駅までの通学路にある公園で桜の木を眺めているひとりの少女に出会った。
桜の木は、大きな公園の少し盛り上がった丘にひとつぽつんと植わっていて、ひとりぼっちの木だった。
公園の東側には桜の木の集団があり、北側の土手のように高くなっている道に沿って桜の木たちが並んでいいるにも関わらず、その木だけがただ1本だけ丘の上にあって、満開を迎えても、その木1本だけだったので、見に来る人たちもその木は素通りして、桜の木がいっぱいあるところに行って見上げていた。
朝、まだ肌寒さの残っている4月のはじめ、僕は丘の桜の木の前を通りすぎると、ひとりの少女がその木を見上げていた。
セーラー服を着た僕と同じ中学の女の子だった。
見覚えはなかったが、同じ住宅団地に住む子なのだろう。
駅とは反対側にある中学に向かう途中に桜の木を見るために立ち寄ったのだろうと僕は一瞥しただけでその日はそのまま歩いた。
次の日、またその丘の上の桜の木の下に彼女はいた。
今度は歩く速度をゆっくりとして彼女を観察した。
こちらから見ると彼女の横顔が見えた。
長い髪を後ろでまとめたポニーテールで、白いソックスが真新しかった。
1年生だろうかと思ったが、その割には制服の着こなしがまとまっていたので2年生か3年生かという想像をしながら通り過ぎた。
次の日もまた彼女はいた。今度は遠くからゆっくりと歩き彼女を観察した。
目が大きい子だった。
肩からショルダーのバックを下げて、手には別のバックを持っている。
多分部活の服を入れているのだろう。
僕もそうしていたからだ。
どんな部活をしているのだろうかと想像してみた。
バスケットか、バレーボールか。背が高そうなのでどちらかだろうか。
陸上という可能性もある。
そんなことを考えていると通り過ぎてしまった。
次の日も彼女はいた。
桜は最初に見たときは五分咲きだったのがほぼ満開になっている。
この数日間風が弱い日が続いているので散っていく花びらは少ない。
桜色が一面になって他の木よりほっそりした木の幹の上にピンクのボリュームが乗っている。
私はその色のボリュームにだけ気を取られて彼女の姿をあまり見なかった。
公園を出て駅まで歩く道で少し考えた。
彼女はなぜあそこであの木を見上げているのだろう。
毎日そんなに見ることなんてあるのだろうか。
もしかして、彼女は普通の子と少し変わっているのかも知れない。
それが何を意味するのかということは分からない。
単に不思議なパーソナリティーを持った子なのかも知れない。
それならそれでもいいが、もう3日間も彼女は同じ場所で同じ姿勢で桜の木を見上げている。
そんなのは人の勝手だ。
人の自由ではないか。
だが、気になる。
それはひとりの可憐な少女だからだろうか。
僕が男だからそう思うのか。
あれがおじいさんやおばあさんだったら何とも思わないか。
そんなことを考えていると駅に着いてしまった。
次の日も朝が来た。
家を出るときから頭のなかはあの女の子のことだけでいっぱいになった。
今日もいるのだろうか。
もしいなくなったらもう会えないか
。同じ中学なら会えるが、もう僕は高校生になっている。
通学路も正反対だし、会おうと思えば会うことは出来る。
すれ違うことは出来るかも知れない。
しかし、彼女がどこに住んでいるか分からないから探さなければならない。
そうなればほぼストーカーだ。
近所のおばさんに怪訝な顔をされるのではないか、そんな不安がよぎった。
僕がそう考えるのは彼女に恋をしたのか。
バカな考えだった。
自分で自分が恥ずかしかった。
そして公園に入った。
僕は公園の東側の住宅街の一角に住んでいるので、桜がたくさん植わっているところを通り過ぎていくと散りかけている木もあるけど、まだまだ満開の桜は色の淡さを競い合っているようだった。
青く抜けるような空に桜色がいい調和を保っている。
やがて丘が見えてきた。桜の木の先が見えてきた。
近づいていくと、そこにはあの少女が昨日と同じ姿で桜の木を見上げていた。
#2に続く。
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